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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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17/43

ーー不安な心ーー


 久しぶりに大勝ちの予感がした。

席に戻ると、代わりに打ってくれていた同僚はすでに隣の台へと移っていて、モニターの光が顔を青く照らしていた。彼は肩越しににやりと笑い、片手を挙げて軽く合図する。


青年は声を掛ける。

「なあ、あの狙い台、どうだった?」


同僚は振り向き、半ば自慢げに言った。

「あぁ、ちょっとは出たよ。連チャン終わってから見に来たらさ、いないのに当たってるから慌てて座ったってわけ!」


「ごめんごめん、仕事の電話があってさ。うちの部署から出張者を出したいみたいでね」

「マジ? どのくらいの?」

「期間はまだ分からないけど、明日には内容が分かるらしい」

「そうなんだ。……じゃあ、その連チャン終わったら飯に行こうよ」

「OK。ちょっと待ってて」


やり取りは軽やかで、どこにでもある夕方の雑談だった。周囲の音、筐体の断続的な歓声、交換音の小さなシャワー。そうした現実の雑音が青年を包み込み、いっとき非日常の考えをそぎ落としてくれる。


しかし胸の内は静かに重かった。

会話を繋ぐ唇の裏で、彼は別の計算をしている。友人の笑顔はいつも通りだが、彼が知っている「明日」はもう以前とは同じでないかもしれない。帰ってあの声に応えてしまえば、文字通り生活のルーティンは崩れる。出社、会議、報告――どれもが遠い日の話になる可能性がある。


だから本当のことは言えなかった。

友人に「宇宙的な呼びかけを受けた」と正直に話せるわけがない。ましてや「もし消えたら連絡して」とか「有給使うかも」と口にするのも滑稽だ。世間の尺度で測れば、彼の懸念は馬鹿げている。だが胸の奥のざわめきは現実で、言葉にすれば簡単に砕ける。


帰宅後、あの声に応じてしまえば、二度と戻れない出来事が待ち受けているかもしれない。

もちろん、何も起きない可能性だってある。だが、もし自分が忽然と姿を消すことになったら――。


だから、友人にはせめて「姿を消すかもしれない」という伏線だけを残しておいた。

理解されやすい、現実的な嘘を添えて。


閉店時間が近づくころ、好調だった台にも、ふと翳りが差した。


パチンコ好きなら誰しも分かる、あの妙な「終わりの気配」。

液晶の演出がどこか淡白になり、図柄の動きも熱を失っていく。ホール全体を包む電子音の喧噪の中で、青年には確かに感じ取れた。

――連チャンが、そろそろ途切れる。

そんな空気が、ひたりと背後に立っているようだった。


隣の同僚も、爆発的というほどではないが、移動してからも時折当たりを引き続けていた。チラリと視線を送ると、同僚は肩の力を抜きながら、まだ小さな波を楽しんでいる。だが青年の胸中には確信に近い予感があった。

連チャンしそうな気配は、大抵裏切られる。だが、終わる気配は、ほとんど外れない。


予想通り、最後のリーチが空しく外れ、液晶は無情な通常時へと戻る。派手な照明も役物のきらめきも、先ほどまでの昂揚を嘘のように吸い取り、ただ静かに回る図柄だけが残された。


時刻も遅い。この時間でこれだけ出れば十分だ。

青年はそれ以上ハンドルを回すことはなく、深呼吸を一つしてからおしぼりで台を丁寧に拭き上げた。指先に伝わるアクリル板の冷たさに、熱気に浮かされた身体がようやく地に降りる。最後にパネルを軽く撫でると、勝利への感謝と別れの念を込めて席を立った。


同僚もまた、区切りの良いところで遊技を終えていた。

二人そろって勝利を収めるなど、滅多にない。メダルを流し込み、重さのある箱を店員に預ける仕草はどちらもぎこちなく、しかし満足げだった。今日は珍しく、上出来な一日だった。


外に出ると、夜風が火照った頬を撫でる。ホールの喧噪を背にした瞬間、耳に戻ってくる静けさが心地よい。駐車場の照明は蛍光灯特有の白さで、虫が群れをなしてまとわりついている。その下で二人は並んで歩き、互いの車に乗り込んだ。


「腹減ったな」

「牛丼でいいか」

会話は簡潔だが、どちらも勝ちの余韻に浸っているせいか声は弾んでいた。


青年はハンドルを握りながら、財布の中の厚みを指先でそっと確かめた。紙幣の存在感が、まだ信じられないようにじんわりと伝わってくる。

――これは、店からの餞別みたいなものかもしれない。


そう思うと、不思議と寂しさが胸に広がった。

明日からは、もうここに来られないのだろう。そう直感しながら、青年は駐車場を後にした。


牛丼チェーン店までの道のり。ほんのわずかな距離ではあるが、パチンコ屋の空調で火照った体を冷ますように、窓を少し開ける。夜気を含んだ寂しい風が流れ込み、額に残った汗をなぞっていった。


先ほどまでの光と音の奔流から解放され、途端に静けさが押し寄せる。ネオンの瞬きも、耳にこびりついた電子音も、フロントガラス越しには急速に遠ざかり、車内は不自然なほどに静まり返っていた。だが完全には抜けきらず、リーチ音や玉の弾む軽い衝撃が、まだ鼓膜の奥で残響のようにくすぶり続けている。


財布の中の増えた紙幣の重みを思い出すと、自然と口元が緩む。今日に限っては、運命がこちらに微笑んだのだろう。

けれど、次の瞬間、その幸福感を押しのけるように、あの“音声”が頭の中へ蘇った。


 (……と、繋がるようになります。この音声はすべての人間に――)


冷たい機械音の抑揚が、窓から差し込む夜風に混じって甦る。実際にはどこからも流れていないのに、エンジン音に紛れるように確かに聞こえる気がした。


青年はハンドルを握り直し、無意識に唇を噛む。

財布の厚みは現実そのものだ。だが、耳奥で再生される声は、確実に日常の外からやって来ている――。


フロントガラス越しに見える街は、昼間の熱気をすっかり失い、街灯の下に長い影を落としていた。コンビニの明かり、赤く瞬く信号、疎らに走る車。いつもと変わらない景色のはずなのに、ひとつひとつが妙に鮮明に目に焼き付く。


やがて牛丼チェーンの看板が視界に飛び込み、青年はウインカーを上げた。

――まだ、この時間は続いている。

そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと駐車スペースへと車を滑り込ませた。



 店内のボックス席に腰を下ろすと、青年は笑みを浮かべて言った。

「今日はどれでも好きなの頼んで!」

「アザース」

同僚も気楽な調子で応じる。


湯呑を手に取ると、渋みの効いた熱いお茶が口いっぱいに広がった。乾いた喉を潤す感覚が心地よく、二人は思わず小さな溜息を漏らす。

運ばれた湯呑を卓上に戻し、二人は揃って盛大に注文を始めた。厨房へ通された声を聞き流すように、無表情な店員が淡々と注文を復唱する。

この牛丼チェーンはパチンコ店の近くにあるせいか、客の喜怒哀楽にはもう慣れ切っているのだろう。勝者の浮かれ顔も、敗者の沈んだ背中も、ただの「風景」の一部に過ぎなかった。


青年は湯呑を指で転がしながら、何気ない調子で切り出す。

「そういえば、あの地底人のこと覚えてる?」

「あぁ、あったね、そんなこと。」


「なんで誰も興味持たないんだろうな。」

「実際、怖がる人もいなかったじゃん?」


「うーん……たしかにそうだね。」

同僚はしばし視線を落とし、言葉を探すように続けた。

「なんとなくだけどさ、あの映像見ても怖さは感じなかったんだよね。不思議と。むしろ身内というか……別の国の人みたいな。最初は驚いたけど、攻撃してくる感じは全然なかった。」


その感覚は、自分も同じだった――。

青年は心の中で頷いた。


「たしかに、そんな感じだったかもな。」

「何なんだろうね、この感覚。」


「まぁ、目の前にいたわけじゃないし。映画みたいなもんだよ。」

同僚は肩をすくめた。ちょうどそのとき、料理が運ばれてきた。

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