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恐竜原人の創造  作者: SHIRATORI TOSHIHIDE


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16/43

ーー不穏な言葉ーー


 やはり狙いは間違っていなかった。


座ってわずか二千円を投じたところで、画面は爆ぜるように眩い光を放ち、警告音めいた電子音が連続する。派手に点滅するランプ、赤く塗り替わる文字、群衆の歓声を模した効果音――いわゆる「熱い」と呼ばれる演出が畳みかける。

「今日は行ける」

胸の奥で昂る気持ちを抑えきれない。心臓の鼓動が演出と一体になったかのように速くなり、視界は画面の隅々に釘付けとなった。だが、そんな時だった。


あの音が、再び響いた。


(ん?……なんて? いや、これ……言葉じゃないか?)

青年は眉をひそめる。異国の祈りのような調子で、耳で聞くのではなく、脳に直接刻まれる。昼間に感じたものよりも輪郭がはっきりしていた。


 ――だが今は大事な場面だ。

呼吸を整える暇もなく、彼は音を追い払うようにして液晶画面に視線を固定する。


次第に期待度は下がっていく。派手に盛り上がった映像は、やがて尻すぼみに終わり、無情にも「ハズレ」を告げた。


(まじかよ……今のを外すのか)

胸の奥に重い落胆が広がる。熱が一気に冷水を浴びせられたかのように引いていく。

(いや、絶対あの音のせいだ……タイミングが最悪すぎる)

心の中で責任を押し付けてみても、当然返事などあるはずもない。


まだ始まったばかりだ。気を取り直して追加投資に手を伸ばす。


 ――だが、その後の二万円はあっけなく飲み込まれた。

玉は虚しく落ち、演出は盛り上がらず、時間だけが削られていく。夕方からの短い勝負、連チャンがなくとも、せめて初当たりは早めに欲しい。だが、その願いは叶わず、焦燥ばかりが募っていく。


青年の表情は不機嫌に歪み、指先は無意識にハンドルを強く握りしめていた。防犯カメラのモニターには、きっと拗ねたような顔が映し出されているに違いない。


(狙いを間違えたか……台を変えた方がいいか?)

そう考え、データランプを仰ぎ見た瞬間だった。


 ――音が響いた。


(え……確実に言葉だ。英語……だと思う。けど、分からない)

今度は明瞭だった。確かに「意味を持った発話」としか思えない。耳の奥を突くように連なり、鼓膜を経由せずに脳髄に直撃する。


言葉と認識できるその音に耳を奪われていると、目の前の台が唐突に派手な演出を始めた。


一瞬、意識が遅れた。だが、パチンコを打つ者にとって優先されるのは常に台だ。

慌てて画面に目を戻すと、始まりの演出は強烈に熱い――はずだった。だが続く展開はやはり弱い。


(これはダメだな……)

そう見切った青年は、逆に頭の中の音へと意識を傾ける。


演出の終わりを待つこともなく席を立ち、ホールの自動ドアへと向かう。

その間も音は止まらない。英語から、韓国語のような響き、さらにロシア語らしき声色へと次々と変化していく。


分からない。意味は全く理解できない。

それでも確かに、これは「言葉」だった。


そして――自動ドアが開いた瞬間。


外気が冷たい夜風となって頬を打つのと同時に、頭の中に響く声は、ついに日本語へと変わった。


(……と、繋がるようになります。この音声はすべての人間に向けて発信しています。ですが、限られた人しか受け取ることが出来ません。もし、この音声をあなたが受け取ったならば、声に出さなくて結構です。右手親指をこめかみに当て“受け取り完了”と心の中でおっしゃってください。それが確認出来ますと、繋がるようになります。この音声は……)


無機質な声が、脳の奥に直接、滴り落ちるように繰り返される。

機械の自動アナウンスに似た、一定の抑揚。感情が一切排されたその響きに、青年の背筋はぞわりと総毛立った。


心臓が不規則に跳ねる。胸の奥からせり上がってくる焦燥に抗えず、彼は店外のベンチに崩れ落ちるように腰を下ろした。膝が笑い、指先がかすかに震えている。汗ばむ額に夕方の風が触れたが、火照りではなく、冷たい震えが体を支配していた。


これは――ただの「音」ではない。


今まで鳴り響いていた電子音や動物の鳴き声は、彼と意思を通わせるために探っていた“前段階”に過ぎなかったのではないか。言語が通じることを確認したからこそ、今は各国の言葉で呼びかけてきた。


(つまり……俺以外にも、この声を聞いている人間が存在するってことか?)


青年は顔を上げ、辺りを見渡した。

通りには生活の音が溢れている。スーパーの袋を揺らす主婦、スマホを手に笑い合う学生、ネクタイを緩めて足早に駅へ向かう会社員。

その誰もが、日常を当然のものとして過ごしていた。

声に眉をひそめる者も、耳を押さえる者もいない。誰一人、自分と同じ体験をしているようには見えなかった。


(……やっぱり、俺だけなのか?)


脳裏に冷たい孤独が広がる。

あの日、唐突に始まった不可解な「音」。

ずっと錯覚だと自分に言い聞かせ、誰かに話せば笑い飛ばされる未来が見えたから、心の奥に押し込めてきた。


だが今、はっきりとした言語が届いてしまった以上、それはもう曖昧な幻覚ではない。

「選ばれてしまったのかもしれない」――その言葉が、喉の奥に重く沈んだ。


不安と同時に、胸の奥でふくらみ始めるものがあった。

それは恐怖に似ていたが、否、それ以上に熱を帯びた期待。

自分の平凡な日常が、音を立ててひび割れ、別の何かに繋がろうとしている――。


青年は両手を握り込み、息を深く吐いた。

日暮れの街のざわめきの中、彼の鼓動だけが異様に大きく耳に響いていた。



不安――。


だがそれは、未知の生物と繋がる可能性や、自らの命が危険に晒されることに対する恐怖ではなかった。


青年の心に、応答しないという選択肢は初めから存在していない。

現代の技術では説明できない方法で語りかけてくる存在。恐竜原人かどうかはともかく、間違いなく“未知のもの”だ。その誘いに応じることは、抗いがたい必然のように思えた。


では、彼を躊躇させている“不安”とは何なのか。

それはただ、日常のことだった。仕事、生活――現実の延長にある煩わしさだ。


もし呼びかけに応えた瞬間、どこかへ連れていかれてしまったらどうなるのか。

欠勤? 有給休暇を申請する暇なんてあるのだろうか。

上司にはなんと説明する? 「すみません、ちょっと宇宙人に呼ばれまして」とでも言うのか。

会社を辞めるなんて、到底できない。


(一日アブダクションされて、チップの一枚でも埋め込まれるだけなら……朝、電話一本で済むんだよな)


自分でも呆れるほど、現実的な心配ばかりが頭に浮かぶ。

非日常に対して身構えるよりも、翌日の出勤を想像して胃が重くなる。なんとも情けないが、それが現実に生きる人間というものだった。


結局、今は応答はせずに帰ることにしよう。

パチンコはもういい。

帰ってシャワーを浴び、冷蔵庫にあった残り物で簡単に夕食を済ませて、それから布団の中であらためて試してみればいい。

もしかしたら、深夜の静けさの中なら、もっとはっきりと“彼ら”の声が聞こえるかもしれない。


青年はそう結論づけ、ベンチからゆっくりと腰を上げた。

足取りはまだ覚束なかったが、気持ちは少し落ち着きを取り戻していた。

自分の遊戯台へと戻っていく。


――だが、その台には友人が座っていた。

煌々とした役物の光に照らされ、彼は満面の笑みでこちらを振り返る。


「どこ行ってたんだよ! さっきのリーチで当たったって!」

「代わりに打っててやったんだから、お礼頼むよ」


青年は思わず立ち尽くした。

頭の中で渦巻いていた不安や使命感は、一瞬で吹き飛ぶ。


――人生は本当に、本当に何が起こるか分からない。


さっきまで決死の覚悟で“未知”と対峙していたのが嘘のように、彼は拍子抜けした笑みを浮かべる。

そして、ごく自然に、決意はあっさりと撤回された。


やはり今日は、パチンコに興じることにしたのだった。


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