馬鹿だなあ
最初に出会ったときの彼女は、幽霊の僕が怯えてしまうくらい、死人のような姿をしていた。
骨と皮だけの体でふらふらと歩き、瞳には光がなく、声も風に消えそうに弱かった。
最初は、そのひどい姿に、哀れみのような、面白半分の興味のような、そんな感覚で世話を焼いていた。
けれど、今は違う。
老婆のようだった白髪は、今や透き通る月のような銀色に輝きはじめている。
あまり感情を出さない彼女がふと笑うと、紫の瞳は柔らかな光を宿す。
それを見るたびに、自分まで心の奥があたたかくなるのを感じた。
体つきだってそうだ。
まだ細く華奢で、十五にしては幼さも残る。
だが、しっかり食べ、泉の水を飲み、森を歩くようになって、ほっそりした身体に、確かに女性らしい輪郭が芽生えてきている。
彼女は変わった子だ。
ある日、彼女は森の花を胸いっぱいに抱えて帰ってきた。
「……この森に、こんなにお花が咲いているなんて。」と、小さく、優しく笑って。
毒のある花が混ざっていることを伝えるも、そのまま、静かに微笑むだけだった。
森で暴れる獣に出くわしたこともある。
僕が宙に浮かんで笑っていたのに、彼女はとっさに僕を庇うように前に立ったのだ。
僕が獣を殺した後に「幽霊を庇うなんて」とまた笑い飛ばしたが、彼女は静かに獣の死体を見つめるだけだった。
……彼女は確実に、死の機会を狙っている。
笑っていても、花を抱えていても、瞳の奥には影があって。
どこかで死ぬことを望んでいるような瞳だった。
それも、ただ静かに待つのではなく、「終わらせよう」と焦っているように見えた。
なぜ、そこまで死にたがるのか。
彼女の背中を押しているものは、何なのか。
そして、
彼女に問われた言葉が頭に残っている。
——いつからここにいるのか。
——ずっと一人だったのか。
考えたこともなかった。
幽霊は眠らない。
腹も減らない。
暑くも、寒くもない。
気がついたら、この森にいて、気がついたら、時が過ぎていた。
季節が巡り、木々が生まれ、枯れ、また芽吹く。
迷うものもいれば、勇敢に進むものも、死ぬものもいる。
その度に、ただ見ていた。
火を見つめると、胸の奥で何かが軋む。
ぱち、と爆ぜた炎に、断片がよみがえる。
鉄の匂い。
甲冑の重み。
血に塗れた手。
そして、視線。
無数の人間の、冷たい目。
縛られた手。
足元に積まれる薪。
——熱い。
勢いよく燃え盛る火と、優しい暖炉の火が混ざり合い、全てが途切れた。
彼女は寝る時も、暖炉の火を絶やさない。
幽霊の僕には不要なのに——それでも「今日は寒いですから」と言い、当たり前のように絶やさない。
「馬鹿だなあ。」
そう呟き、優しく燃える火を眺める。
僕は初めて、人間に、彼女に触れたいと思った。




