家族というか、夫婦みたい
その日は風が強く、まだ雪は降っていないが、外は既に冷たい空気が漂い木々の枝がざわめいていた。
部屋の中では暖炉の火が揺らぎ、一人の影が壁に映っている。
私は火に照らされた美しい男の横顔をじっと見つめ、思わず問いかけた。
「……あなたは、いつから幽霊なのですか?」
一瞬、目を瞬かせ、それから困ったように頭をかく。
「うーん……覚えてないなあ。」
「覚えてない?」
「だって気がついたら、もうこの姿だったから。」
驚いた。そういえば、初めて会った時に自分の姿を聞いていた。
もしかして、何も記憶がないのだろうか。
何かヒントになりそうな話はないかと続ける。
「では……この国の今の王はアルドリヒ・フォン・ヴァレンシュタイン王です、ご存知ですか?」
「聞いたことない。」
「その前は……ウルリヒ王でした。」
「それも知らない。」
長い沈黙が落ちる。
ただ思い出せないだけか、それとも百年、いやもしかしたらそれ以上、彼はずっと、この森でひとりきり生きてきたのだろうか。
薪がぱちぱちと弾ける音の中、彼は笑って肩をすくめ、雰囲気を変えた。
「そんなことより、同じ部屋でこうやって暮らすのってさ、なんだか家族みたいじゃない?」
にやにや笑いながら、わざとらしく暖炉に手をかざした。熱さなんて、感じないくせに。
小さくツッコミを入れるも、私の顔は、火照ったように熱く、赤くなるのがわかる。
「父と娘?兄と妹?それか——僕が旦那さんで、君が奥さん?家族というか、夫婦みたい。」
「……なんだか、最近、あなたは狡いです。」
夜が更け、風が小屋を叩いていた。
私は粗末なベッドに横たわり、目を閉じても眠れずにいた。
夫婦みたい、だなんて。
ぽつりと告げられた男の言葉が、耳の奥で繰り返し響く。
“僕が旦那さんで、君が奥さん”——あの飄々とした笑顔まで思い出されて、胸がざわついた。
どうして……こんなに、鼓動が速いの。
異性の知り合いなんて殆どいない。
女の子として扱われたことも、綺麗だと褒められたことも記憶にない。
ましてや人として扱われるのも、久しぶりだった。
もう半年ほど、一緒に暮らしている。
意識しないほうが、難しい。
頬を布団に押しつけても、熱は引かない。
布団の中で身を縮め、両手で胸を押さえながら、ため息をついた。
幽霊なのに。人じゃないのに。
そう思おうとしても、彼の声や視線を思い出すと、なぜか安心してしまう。
寂しさに凍りついていた心の奥で、小さな芽のようなものが息を吹き返していた。
「……あなたは、誰なのですか。」
誰にともなく囁いた声は、夜の静寂に溶けていった。




