その八
三百七十三
人が遥かな旅路に憧れなくなるのは、永く身近にあってそれがなくなる事など想像も出来なかった大切なものが、ひとつまたひとつ無くなって行くのを、年齢と共に何度も経験するからでしょう。軈て無くなる身近なものを、いつも自分が居る場所で、今のうちに大切に慈しみたくなるからでしょう。
五百二十七
今迄に自分を励ましたものとは、どんなものだっただろう。自分に価値ある使命を示し与えた出来事、人の心からの誠実、他人と心の通った瞬間、そして自分が誰かの役に立って喜んでもらえた自分の行為。これこそ自分の価値観そのままという可能性を私に感じさせた思想、文学。
これら全部を包含する概念とは、これら全部に共通する要素とは何だろう。そんなものは無いと思う。共通しているのは、不変なものは、これらの方ではなくそれに拠って励ましを感じた私の方に在るのだ。私がこれら全てを自分の励ましにする事が出来た理由。それは、私が求める事を已めていない事、ただそれだけなのだと思う。
五百二十八
歌を唄うならば、自分の気持ちを表す歌を唄いたいです。自分が上手に唄える歌ではなく。ものを書くのであれば、自分の気持ちを表すものを書きたいです。人に高く評価されるものではなく。
一番最初に自分がその事の魅力として感じ取ったもの、それを貫く事はとても難しい事です。しかし其処から離れると、自分の今の居場所が分からなくなります。必死に守るのです、一番最初に感じた気持ちを。
五百三十
まだ誰も入った事の無い森の向こうに人間でないものが居て、人間の到底及ばない力をもつ。また誰も辿る事の出来ない険しい山道の先に楽園があって、其処では食べ物を得る苦労も寒さをしのぐ苦労も無い。そんな、昔の神話や伝説が何故生まれて来るのか。それはそういう厳しい大地に立つと分かる様な気がします。昔の人は、人力の及ばない先に人力を越えた力の存在を予想したのでしょう。何と自然で、人間らしい想像力の産物でしょうか。人間にそういう空想と想像、そして其処に込められた人間の想いが許される所にこそ、人間の健全な精神の成長があるのだと思います。
人間に一番近い力、その活動において一番基礎となる力、私はそれを思考する力ではなく、想像し想う力だと思っています。
五百三十一
忘れる事の祝福、知っています。そして決して忘れず生涯それを想い続ける祝福、これもよく知っています。
結局私は恵まれているのでしょう。この二つを知っているという事は、今迄に私が誰かに愛してもらったという事です。だからそれを知っているのでしょう。
五百三十二
本当の笑顔、それは何と尊く、人を休ませ傷み疲弊した魂を癒す事だろう。支えられているのだ。それが私を支えてくれるものだ。
それは私が力を得て何か困難な道を往く為に必要であるばかりではない。何もしていなくても、私が普通に冷静で心静かにしている為だけにも、これが必要なのだ。則ち、私が私で居る為に直ちに必要なのだ。
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