その五十八
二千四百七十六
遊園地の、ただその中に入るだけの入園料が大人一人七千円。ふざけんなと言いたいです。何だ、其処は。貴族が遊ぶベルサイユ宮殿か。プチ・トリアノン宮か。まだぴりぴりした鉄火の空気の中で真剣勝負の博打に遣った方が人生の実りがありそうに思います。
子供にとっての『遊ぶ』という意味を完全に間違えています。そんな事では『遊び』にはなりません。私ならもっと淋しい光景を見せるでしょう。そういう場所に連れて行くでしょう。例え往復の汽車賃と安宿に泊まる宿泊代、質素な食事代の合計がその入園料を超えるとしても、そうするでしょう。子供には、見なければならないものがちゃんとあります。子供のうちに見ておかねばならないものがあるのです。私はそれを見せておきたい。馬鹿馬鹿しいプチ・トリアノン宮など論外です。正に有害極まる。
二千四百七十七
『きょうび、親に送金する子供なんて滅多に居ない』、本当でしょうか。私は耳を疑います。詰まらない自分中心の親だったならば兎も角、そうでない親なら年齢が行ってから仮令少額でも子が親に送金するのは当たり前の事ではないですか。
慥かに私は自分と世の中の人間との感覚のずれを意識する事はありますが、斯んな事でそのずれが生じるとは思いもしませんでした。しかしずれているならずれているままで、私は自分の感覚や価値観に相反するものをラッセル車の様に押し分けて進みます。そんなもの、多くの人がそうしていないからといって自分もしないと諦めて仕舞えるものとそうでないものがあります。そういう時、私は『常識』とも戦いたいです。
二千四百七十八
私なら日常の生活の中で泣く事が少ないという事だけでも、自分があまり望ましくない生き方をしているのではないかと自らを疑いたくなります。自分の事でも、他人の事でも、真面目に考えたら嬉しくて、悔しくて、悲しくて、不安で、泣きたくなるのが本当だと思うからです。自分が暮らしの中であまり泣かないのは、そういう真剣な問題を真面目に直視していないからではないかと思うからです。
時間を無駄に過ごさない、それは何かに真面目に、真剣に相対するという事だと思います。
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