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その四十九

 二千四十三

 私が介護施設に入った父を見舞いに、仕事が済んでから毎晩訪問していた時の事です。或る雪の積もった寒い日、施設の職員の一人が私に言いました。

「ものすごい愛情で育てられたんですね」

 親が子を愛する気持ちは、恐らく私の父も母も、他の人と何ら変わらなかったのだと思います。其処(そこ)の差ではない。その後の、子たる私が色々と物事が分かる様になってからの父と母の人間としての立派さなのだと思うのです、違うのは。私はそれを知り、感じ入り、心から(つか)えたい尽くしたいと感じたのだと思います。

 私には到底、父母の真似は出来ません。私抔(など)の全く及ばぬところです。だから私の子が私にそんな気持ちを抱いてくれないのは分かっておかなければなりません。それを忘れた時に、私に深刻な罰が下るのだと思います。


 二千四十四

 毎日嫌な事つらい事があっても、同時に毎日慰めがないですか。嫌な事つらい事と並んで、慰めもあるのではないですか。此処(ここ)はよく視なければ、考えなければなりません。

 その慰めが何故毎日自分にあるのかをよくよく考えてみて下さい。屹度(きっと)その慰めがある理由として、自分が生きる事がまだ終わるべきではないという結論になると思います。私には、この事実の意味はそうでしたから。


 二千四十五

 人間の肉体的な成長が二十代で停止するのに対して、精神的な成長は死ぬ迄続きます。正確に謂うと『続く』のではなく『続ける事が可能』な訳ですね。物理的な生命が継続していると自動的にその人間の内面が成長するのではなく、成長したいと願うのであれば成長する事が出来る、なのです。一定の年齢以降自分が獲得する精神的なものが(ことごと)く、『世の中で生きて行く為にはどうすれば良いのか』という単なる手法、方法論だけだったとしたら如何(どう)でしょう。成長もへったくれもありません。一切の方法は、それへの対処が済んだら過去に消えて行き当人の記憶にも残りません。そういうものではなく寧ろ憧れ、願い、そういうものへの渇きを保っているからこそ、人の精神の成長は続くのだと思います。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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