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その四十四

 千八百九十七

 私の実家の近くには、昔から続く市場がまだ残っています。廃業して一軒の店も開いていない真っ暗な『市場の跡』も在りますが。生きている市場には、今も普通に人通りがあります。これは私にとって、非常に嬉しい事なのです。そして私は今も、母に頼まれた品を買いに時々その市場に行くのです。

 私の子供の頃から何代も代わって仕舞った店もありますが、本当にずっと続いている店もあります。もう五十年以上、いやもっと続いているのです。凄い事だと思います。店の経営者にしてみれば、正に自分の一生そのものでしょう。『頑張れ』という気持ちになります。そういう今も続く幾つもの店の前を通る時、私は自分が昔と全然違わない自分である事を確認出来ます。懐かしさと淋しさと不安と安心、皆其処(そこ)で交錯します。もうずっと前に閉店してシャッターが下りている店の前では、その店に居た主人のおじさんやお婆さん、そして自分自身の一生を顧みます。顧みざるを得ないのです。他に何も想う事が出来ません。人間でなくても、それが建物や道であっても、私は自分が何か親しい者に囲まれている気がするのです。それらは何も語りませんが、いきなり私の内側に無数の言葉を生むのです。それは会話している以外の何ものでもありません。完全に対話しているのです。私はそういう対話を愛します。だって実際に私は慰められるのですから。

 私の一生。まるでその市場は私の隣人の様に、私と友人で居てくれるのです。若しかしたら私の最後の外出先はこの市場になるのかも知れません。だとすると、私は満足です。(とて)も満足です。そう思える自分を私は幸福であると感じます。

 主人が遠い土地から此処(ここ)にやって来て故郷の名をそのまま名付けた『くにさき』という、この市場の一角の二階だけの小さな喫茶店で珈琲を味わいつつ。

 ブログは毎日更新しています。

https://gaho.hatenadiary.com/

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