その四十
千八百八十五
かする、近い、惜しい。大切なものとの出逢いはそんなものではありません。予告も無く突然に、自分という的の中心を貫通して射抜かれるのです。自分の人生の、記念すべき刹那の一瞬です。そしてそれは、根本的に年齢には関係がありません。私が生きる事に望みを捨てられない理由がこれです。
ですがこの射抜かれる時を迎える為には唯一つ条件があります。それを求めている自分であるという事です。射抜いてもらいたしとて掲げている的を抑々(そもそも)自分がもっているという事です。
千八百八十六
落葉の樹木と綺麗で寒そうな青空。景観の土地を訪れている訳ではありません。いつも自分が暮らす街の通勤路の光景です。そして私は歩きながら、昔と今とを同時に体験しているのです。
何処に居ても旅をしている。勿論そうでしょう。生きている事自体が旅なのですから。
千八百八十八
耐える力よりは、見付ける力。並外れた根性よりは、気付く力、その資質。私はそれを重く見ます。それを考えて行くとどうしても何かの能力よりは、人の静かで清い清澄な心というものに思い至るのです。それが無いと、見付ける事気付く事が出来ない様に思うのです。
誰に言われた訳でもありません。自分で、ずっと昔からそう思うのです。
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