その三十九
千七百四十
自分が打ち込む事が出来るものが見付からない時というのが、一番つらいものです。傍目には何もしておらずただ苛々(いらいら)しているだけの様に見えるので、自分の苦痛も他人に理解してもらいにくいものですしね。却って打ち込むものが見付かった後、それに懸命に頑張っている時に他人は賞賛してくれるのです。実はその時は自分はそんなに頑張っていないのに。それが見付からなかった時よりも、ずっと苦痛が少ないのに。
これは仕方が無い事です。相手からは見えないのですから。見えないから、本当に有るのか無いのか判らないのです。だから、自分が何もまだ形に出来ずに苦しんでいる時に自分の苦痛を理解してくれる人が居たら、手放してはなりません。絶対にです。その人こそ、一生大切に付き合うに値する人間だと謂えるでしょう。その人は見て知ったのではありません。見えないのに、信じてくれたのです。だからその人を大切にしないといけないのです。
千七百四十一
夕刻、日が暮れて行く中親と小さな子が手を繋いで家路を急ぐ姿、良いですね。微笑ましく平和で、また温かいです。私は思いました。『これも真実だ』と。
真実はいつも厳しいものですが、優しい真実もあるのですね。私は嬉しかったです。
千七百四十二
人を酔わせる事は出来ても、育てる事が出来ないもの。私がそういうものに気付く様になったのは、いつ頃の事でしょうか。何歳の頃からと分かるものではありませんが、いつの頃からかそういう事を意識する様になりました。人を酔わせようとしているものの、如何に多い事か。逆に、人を養い育てようとしているものの如何に少ない事か。自分が探し、求める目をもっていなければ、それは絶対に見付かりません。
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