その三十三
千五百九十四
黙る事もまた修行だと思います。自分が黙ろうと思って意識的に黙るなら、それは自分にとって何か良いものを齎す事になるでしょう。黙らねばならない時というのもありますから。そういう時に、無理無く自然に黙る事が出来る様になります。
語らねばならない時、黙らねばならない時、共に自分の誠意を表す手段になり得ます。黙る時には、そう思って黙るのです。
千五百九十五
仕事や他人との関係に疲れたら、それこそ人っ子一人居ない原野迄行って際限も無く其処を歩き、或いは座り込んでみるのも可いでしょう。無論、命の危険の無い範囲で、ですが。しかしそういう自分で創った『人と隔絶された世界』というのは、自分に完全なる隔絶を齎すものではなく、それに自分が拘る事が不必要な関係だけを消去し、本当に自分にとって不可欠なものだけに『精製』する役目を果たすのです。原野に限らず、人が時に孤独を必要とする一番の根拠は、私はこれだと思っています。自分の経験を思い返してみて下さい。そうではないでしょうか。
何度も何度もそういう経験を繰り返して行けば良いと思います。それに拠って自分に絶対に必要なものが、有無を言わせずはっきりと分かって来る事でしょう。そして抗えなくなって、それを認めたら良いのです。
千五百九十六
厚い黒雲が彼方で切れている。其処には明るい空の色、雲の上から射す陽光が降りて来ている。其処でこの重苦しい空気が途切れている。その明るさが希望か。それともそれが見えようが見えまいが抱く事が出来ていてこそ本当の希望か。
雨があがる空一つとってみても、私は何かが私に問い掛けて来ている気がするのです。
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