その三十一
千五百八十七
複々線の国鉄の本線上を単線の高架で渡っていた、一日二往復の国鉄支線。その本線に接した橋梁の直ぐ脇にその支線の無人駅が在りました。築堤で高度を稼ぎ本線高架の高さに達した、都会の街中に在る不自然な、見晴らしの良い異様に淋しい駅。今その橋梁は勿論築堤そのものがありません。整地され、全て平地となって現在の町の風景に溶け込んでいます。もうその場所は地上から消えて無くなりました。建物だけではなく、場所そのものが最早無いのです。私の我儘ですが、場所そのものが無くなるのはやめて欲しい。悲しいのです。
千五百八十九
私なら、人を愉しませようとしている何かよりは、人に教えようとしている何かに接したいと思います。無論、教えてくれるその何かが実は自分にとって何らの意味の無いもの、或いは明白に下らない次元のものである事も大いにあるのですが、それでも一度接してそれが何者かを見てみる価値はある様に思います。最初から、『万人の表層に共通する』程度の何かを標榜して、これは面白いからおいでなさいと旗を振っているものよりはマシです。それらは殆どの場合愚にもつかない値打ちの無いもので、私にとっては時間潰しにもならない代物です。
本当に真剣なものに接する機会は多くありません。と謂うか、自分が黙って座っていて向こうからまず来ません。そういうものに出会う為には、此方から出掛けないと、此方から動かないといけないのです。
千五百九十
自分の心を震わせるものであれば、仮にそれが他人の心を全く震わせないものであっても、何もその事を気にする必要はありません。自分の大切なものが他人にとっても大切なものである訳では、必ずしもないからです。私なら寧ろ、その事を喜ぶでしょう。其処に、私が他の人間ではない証拠が、則ち私という魂の完全な個性が判然と現れているからです。それが形になって露出するからです。それに拠って、自分が実は如何なる人間なのか、驚きとそして喜びと共に、その事を知れば良いのではありませんか。
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