その二十三
千百八十二
行った事も無い場所が、何故これ程に懐かしいのか。行った事は無いけれども、永く永く憧れて来たからだろう。其処から見える情景を想像し、その場所の匂いまでも造り出し、その場所で想う事さえももう決まっている。
憧れは非常に大切で重要なものを創り出します。それは文字通り、ゼロから創り出すのです。その大切で重要なものとは何でしょうか。私は希望だと思うのです。本当に有るか無いか判らない、しかし無いと誰にも断言出来ない、そういう希望を創り出して、自分にくれるのです。それは如何なる事実も私にくれません。なのに私は満たされるのです。私は憧れに拠って生きているのです。
千百八十三
躱していても、自分の成長には繋がりません。そして成長しなければ届かないのです。何に届かないのでしょう。自分の納得出来る人生にです。顧みて自分を励まし支えてくれる人生にです。身体が動かなくなり心にものを想う事しか出来なくなった時に、自分に一生の感謝の気持ちを起こさせ且つ正気で居る事を許す充実に、です。
これに届かない、ではいけません。いけない? いや、困るのです。堪えられないのです。
千百八十四
重い荷物を背負って歩いていた時の事です。両手にも鞄を提げています。階段にさしかかりました。かなり重いです。その時、私はだしぬけに思うのです。
「斯んな事で弱音を吐いていては不可ん。もっともっと、大変な時が来るんだ」
すると力が湧いて来て、意地を張って頑張るのです。笑えます。しかし、笑えない要素も入っています。
この場合の笑えない要素、それは、そういう実際に来てもいない、しかし多くの人の人生に於いて必ず来る困難というものの現実性を、完全に日頃から予想しているという事です。それは、『来なければ良いな』ではなく『必ず来る。いつか判らんけど、必ず来る。来ない訳が無い』と、恰も眼前にその危険が迫っているかの様に受け留めているという事です。よくまあそんな、荷物を持って階段を登る時に迄そんな事を思い浮かべる事が出来るものだと笑うならば、その笑う人は笑いながら心の奥底で必ず背筋に冷たいものを感じている筈です。そう、この事は笑える性質のものではありませんし、また笑って良いものでもありません。笑ったら侮辱だと迄は謂いませんが、それでも事柄の本質として寧ろ厳粛で、極めて真面目な話です。
他人が如何なる態度を表明しても、自分の背筋が薄ら寒い。ならばその薄ら寒い感覚の方が本物です。深刻なものを含んでいる感覚は、はっきりそうでないものとの差を感じさせるものです。
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