第九話 柚季さんと密室でアレコレおっぱじまりました(〇前編/中編/後編)
3編構成で更新します。前編です。お楽しみください。
どうしてこうなってしまった!?
俺は雪さんがルームツアーを開始する中、頭の中で今の状況、流れを整理した。
まずは人物。
そのくらい焦っている。諸君も付き合ってくれ。
目の前に誰がいるのか、土台から整理する。
雪さんは自他ともに認める熱心なコノミヲタだ。
大きなライブには欠かさず参加しているし、毎朝起きたら必ずタイムラインの七時七分、コノミの誕生日の数字だけ合わせた時刻に「おはよう!コノミちゃん!」と一言添えてコノミの画像を貼り付ける健全なヲタク。
そんな雪さんは今日のゲリライベントの朝イチに俺の彼女、柚季さんになった。
お付き合いして癒してほしい、大切にされたいとのことだったがまだ実感は微塵も湧いてなかった。
ヲタクの間でも有名な可愛い系のヲタクだぞ?飲むとコノミ好き好きに拍車がかかるが、それを帳消しにするほど本人に魅力が溢れていて容姿も完璧。
まさか、今日のうちに実家挨拶まがいの夕食を共にして、コノミの正体は俺の実の妹の恋乃実であるとまで暴露した後、家中が寝静まる前のこんな時間に、俺の部屋で数々のグッズを物珍しそうに眺めている。
信じられるか?あの雪さんだぞ……?
ほんの十二時間プラス少々前までは「オニイさん」って呼ばれていた俺が、今は俺の彼女だ。
人生何が起こるか本当にわからない。
「すごいね!こんなに綺麗に飾れるんだ!!!……って、孝晴くん?どうかした?」
今日隣で寝るらしい客用の布団、雪さんが休息を取る寝具をぼんやりと見つめていると、雪さんから本名で話しかけられた。
「まだ雪さんが彼女になったって実感が湧かなくて、ぼーっとしてた」
素直に雪さんに視線を移しながら、なんだか照れた言葉が出た。
自分でも本当の意味で気持ち悪くて、目を覆いたくなる自信のない弱い言葉だった。
「あーっ!またっ!」
雪さんがはち切れんばかりに頬を膨らませて不満を表している。
「二人でいるときは柚季って呼んでほしいんだけど!!」
どうやら呼び名に不満があるようだ。
そんな些細なミスでも突っかかってくる雪さんと、こんな夜遅くに自分の部屋で会話ができていること。何度か夢見た光景だったので笑えてくる。
「ごめん、柚季さん。気を付けるから」
「それでよろしい!」
ご機嫌が直ってきたようで雪さんが頷いている。
「さっき。どうせなら恋乃実とお風呂行ってきたらよかったのに、あんなに否定しなくても」
血相を変えて雪さんが恋乃実とのお風呂を嫌がったので、話題にしてみた。
まあ、なんとなく推しと背中を流しあう、浴槽に二人きりで向かい合わせ。
何なら恋乃実の事だ。
手で器用に発射された水鉄砲を浴びながら、雪さんが平常心を保ってられるか?という姿が想像できないから、彼女が先延ばして逃げたことにも納得がいくのだが。
「だって。憧れの人だよ??孝晴君には妹かもしれないけど、私にとってはもう天使様みたいな」
恋乃実の二つ名が増えた。
太陽様、菩薩様の次は天使様らしい。
「そんなコノミちゃんの湯煙ぃ~な姿を拝んでしまったら、もう行くとこまで行っちゃう自信があるから、私なりに自重したんだよ!これから仲良くしてもらうお姉さんとして、人間の尊厳は保っておくべき!」
雪さんは時折、気持ち悪い笑顔を浮かべながら俺に懺悔した。
素直でよろしい。
恋乃実が彼女にメチャクチャにされなくて良かった。
「だね。じゃあ、心の準備ができた日にでも、また泊りに来てよ。きっと恋乃実も喜ぶからさ」
「うん。ありがと!」
笑顔で恋乃実のお姉さんになる覚悟を決めたらしい雪さんの顔を眺めて、俺は微笑ましく思えた。
と、ここまでは建前。
この雪さんが柚季として俺の横に今晩眠るのだ。
今夜は何が起きても不思議ではない。
今一度、諸君にはお伝えしておきたいが、俺は女性の寝込みを襲ってしまうような男としての甲斐性は無ければ、そんな度胸も心の準備もできていない。
だって、ほんの三十分前に柚季さんが俺の部屋で寝ることになったし。
当の柚季さんは母ちゃんや恋乃実から提案されたときはまんざらでもない顔をしていたが、俺の準備が何一つできていない。男としての彼女を部屋へ迎え入れる準備だ。
若い男女。ひと部屋。夜。
どれを想像しても、行きつく先は「行きつくの関係」なのだ。
そんな準備、俺だけの都合で話を進めるが、全くできていない!!
ぱっとできるような俺であれば、今頃、貞操観念は大いに破綻しているはずの、ふざけた語り部なのだ。
例えば、試供品お試しの「ゴム風船」が確か机の引き出しに……なんて安い物語の中だけの話だ。
第一、気軽に友人に避妊具を渡されて大切に机の引き出しに温めておくなんて世界線があってたまるか!大学生だからって女っけひとつ無ければ、ドラッグストアの棚も遠目で素知らぬふりをして、通り過ぎるくらいの紳士。健全だ。
そんなわけで、何があっても、アラレモナイ姿の柚季さんと一局、お手合わせを申し込むことはないので安心してほしい。
いや、諸君の中には期待するものもいたかもしれないが。
少なくとも、俺は。どうあがいても、俺は。
能動的に彼女と試合してドリブルして、ゴールを決めるわけにはいかない。
それだけは理性のあるうちに言っておく。
俺の人生で初めてできた彼女だ。大切にしたい。
いや、これは理性のあるうちの俺の本音であって、物語上の建前ではない。
信じてくれ。
そして、俺個人の主観であって柚季さんと示し合わせているわけでもない。
だから、柚季さんが何を考えているのかは実際、わからない。
諸君、安心してくれ。
(第十話へつづく)
次話更新は本日18:10を予定しています。
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