雪さんとの一日デートだもんな!!!まずは全力変態ストーキングの為の下準備!!
我が家の玄関で、自動照明が今日も俺を迎える。
さっと開錠を促すようにスマホをドアノブに近づける。
この紋所が目に入らぬか!!!
ドアが観念したように、ガチャリと機械音がした。良かった。俺はこの家の子だ。
リビングではコノミは恋乃実に戻って、プリンを食べていた。
「あ!!おかえり、おにぃ!」
スプーンを口に咥えたまま、こちらに気が付くと元気いっぱいの声が飛んでくる。
恋乃実の笑顔が眩しい。
口の中は飲み込んでから話しなさい!と諭す大人たちもいるだろうが、恋乃実の場合はこれでいい。
天真爛漫を絵に描き、雪さんに太陽、菩薩様と言わしめた可憐なアイドルだ。
そもそも、清楚さで我が妹は売ってないから、このくらい無邪気な方がリアリティがあるだろう?諸君。そのイメージに違うことなく、コノミは今日も元気いっぱい「みんなのおりひめ」だ。
恋乃実が今日どんだけ疲れてるかくらい、あのステージを拝んでいれば、想像に易い。
今はリラックスモード全開で、ぜひ明日から始まる激務に備えてくれればいいものの、ヲタクたちと騒ぎ散らかした駄目な兄貴にまで、そんな笑顔もったいない。取っておいてくれ。
「ただいま。ライブおつかれ」
全国のお兄ちゃん諸君。可愛い妹は幻想だというデマカセはやめてくれ。生まれてこの方一度も、恋乃実に「可愛くない」と思った瞬間がない。それは妹がトップアイドルをしているからという珍しい家庭環境だからではない。
可愛かった恋乃実は、なるべくしてアイドルになったし、努力してトップアイドルになれた。
心得が備わらずんば、トップアイドルになれずってやつだ。
用法が正しいかは後で部屋に戻ってコッソリ調べる。間違いだったら教えてくれ、言い直すから。
「ちょっと待って!」
恋乃実が俺の第二声を静止して、おでこに手を当てて、何かを考えている。
俺はこの光景、恋乃実が何をしているのかわかるが、諸君も見守ってほしい。額じゃないぞ?おでこだ。一緒だが。
「ステージから向かって右側……スタンド席、ちょっと上の方だったねぇ?赤色見えたけど、たまたま周りに赤色が少なかったから覚えてるかも!!どう?」
帰ったら妹に聞いてみようと俺が口走っていることを覚えているか?
そして今、コノミからいただいてしまったレスが幻でないか答え合わせをすることができた。
どうだろうか、アイドルと目が合うっていう感覚もまた幻想ではないのだ。感謝感謝。
「正解!」
「やったっ!」
家に帰ると日本のトップアイドル、コノミは俺の妹。
いや、俺の場合、俺の妹がたまたまトップアイドルになっただけ。この言い回しはテストに出るぞ?諸君。
◇◆◇◆
時刻はシンデレラの魔法が解けるくらい。
明日はコノミは朝一番から、新アルバムのゲリライベント回り。
メンバー全員が一人ずつ全国に散って、突発の販促活動を実施する。
そんなに遅くまで起きていて大丈夫か?と思ったが、リビングのテーブルに家族団らんしているだけで、ネットに描かれていない情報が否応なしに聞えてくるのだ。
俺のケツは椅子に根を生やした。
「でね~、レナちゃんが一個多く食べちゃったの!ノアちゃんは気にしてないみたいだったけど、あれは食べたい時の顔だと思うから。お母さん、またあのレモンのフィナンシェ買ってきてほしい!」
「は~い。今度は沢山用意しておくわぁ。ノアちゃんが悲しまないようにね」
「うん!ありがと!」
これが、我が家の母娘の会話である。このおっとりした母ちゃんにこの娘あり。
妹は愛情たっぷりにスクスク育ってしまった結果、反抗期すらない。
おとぎ話もいいところかもしれない。そしてこのフィナンシェのくだりは喋っちゃいけない情報。どれだけネットサーフしても出てこない機密情報。諸君も秘密で頼むぞ?
「今日は新曲歌ったんだろぅ?お父さんも聴きたかったなぁ」
「え!今から歌おうか??」
しょぼくれて仕事から帰ってきた父さんの目に色が戻る。
「いいの?疲れてない?」
「一曲だけだもん!さぁ!ソファー!ね??」
父さんは恋乃実に連れ去られてしまった。
これが我が家の新曲を聞き逃した父さんだけが受けられる特権。
生みの親に、育ての親なんだからこのくらいは許してあげてほしい。
「じゃあ、いくね~!」
恋乃実の声がリビングに響く。恋乃実がコノミになる。
もちろん、今日のライブで初解禁された楽曲は、まだ世間で自由に聴けるよう音源化されてない。
アカペラでたった一人の観客に笑みを向けると単独ライブが始まった。
俺は、聞き逃してしまった歌詞を脳裏に焼き付ける。明日の雪さんとのイベント回りの話題にするために。
◇◆◇◆
「恋乃実は関東近郊って読んでる」
兄と妹なら何ら不思議でない言葉。
ファンとアイドルであれば問題が出てくるので「実の妹」へ向けて発した。
「おにぃにも言えないんだ~。残念!」
さすがはトップアイドルの妹だ。本当に口を割ってはいけない情報には歯止めがかかる。
でも、今日はその高い壁を越えてゆかねばならぬ。許してくれ、恋乃実よ。
「車で走って、首都高使える場所で追い込み。お店を回りまくるって読んでるから~朝イチはやっぱり遠い23区外の場所かな?だとすると……」
「駄目だよ!!それ以上は!!!」
恋乃実が手で顔を隠す。完全に目が泳いでいる。
「新宿と原宿は、夜に回すと大変だから、流石に昼かなぁ?でも、渋谷はさすがに行くだろう?」
「いえない!いえないって!おにぃちゃん!!!もうやめてぇ~~!!??」
何も手を出しているわけでは無いのだ。
このくらいの意地悪くらい、可愛い妹に対する兄の特権だろう。
「じゃあ、にらめっこしよう。お昼に行きそうな、店名。言っていくから」
「負けないもん!!!」
正直で真っすぐに育ってくれた妹の顔に、「昼に新宿でイベントを実施する」と書いてあった。
◇◆◇◆
寝る前にメッセージを確認すると雪さんから待ち合わせ場所が指定されていた。
「とりあえず、代々木付近で待ち合わせしよう。朝六時。早いかな?」
さすが雪さん。理解している。雪さんの意見に異論なし。
「ありがと。賛成」
メッセージを返信して泥のように寝た。
◇◆◇◆
「行ってきまーす!」
翌朝、五時。
恋乃実の声がニワトリのように家中に響く。
インターホンはならない日。日本全国一日店長ツアー。ゲリライベントの日。
諸君も思い浮かべてくれ、あの情熱的なテーマ曲。
『ヲタクの朝は早い』
ごほんっ。失敬。一度やってみたかった。
俺にはやっておくべき確認がある。
恋乃実が家を出た。ドアが閉まった音がしたその瞬間から既にヲタクの情報戦は火蓋が切られている。
俺は、勢いよくベッドから起き上がると、照明をつけ、自室のカーテンを開けに向かう。
気持ちの良い日差しを浴びたいわけでは無い。
秋だし太陽は非ヲタのお寝坊さんだ。まだ昇ってきてない。
シャッっと勢いよく開けるのがポイントだ。
きっと、恋乃実……コノミが振り向く。
俺は、カーテン本体と、遮光カーテンの二枚を掴み、勢いよく音を立て開ける。
窓の外。
下で、三上さんに連れられ歩く、トップアイドルは予想通りこちらを振り向く。
辺りは闇に包まれているが、俺も諸君も、我が家の自動照明が仕事をするのを知っている。
ステージの照明でも玄関の照明でも、光り輝く我が推しのアイドルはこちらに笑顔で手を振っている。
これは、兄貴特権。最高だろ?
その笑顔はもちろん拝んでおくし手を振る必要があるが、本筋はそこじゃない。
背後に控える車両。
本日、コノミが一日中お世話になる車両とナンバープレートが最重要。
関東近郊だから、レンタカーではなく運営車両だろうと予想していたが、全く違う。
確認しておいてよかった。見慣れた車両ではなかった……。
売れて無い頃、メンバーを日本全国連れまわったワンボックスタイプの練馬ナンバーではない。
そこに居たのは、品川ナンバーで「わ」が表示された白色のファミリーカータイプの車。
ナンバーには電飾が施されており、数字を正確に確認できた。
アイドルとして順調に売れてくれてよかった。
一日だけという少しの時間でも、遠慮なしに車は借りることができるらしい。
あれなら一日車内で揺られてもコノミの身体へ負担は少なそうだ。
俺らの汗水の証こと、巻き上げたお金は有意義に使ってほしい。
話が逸れた。
品川ナンバーということは、レンタカーは一日イベント終了後、即返却だろうか?
ゆえに本日のゲリラ最後の店舗。第一候補はKARENの聖地、渋谷。
それくらいなら、他のヲタクでもたどり着けそうな、容易な解な気がしたが今はそういうことじゃない。
どれほど、下準備を進めて、自信をもってイベントに挑むかということが大切だ。
三上さんが一礼してこちらに挨拶してくる姿が見えた。
軽く、こちらも一礼しておく。
どうか、コノミを安全運転でCDショップへお届けしてほしい。
二人の意識がこちらから逸れて、車に乗り込む。
俺はそっと、携帯を取り出し、車種とナンバーをメモしておく。
さあ、雪さん。
俺らチームは日本一のアドバンテージを得た。
法律に抵触しない変態ストーキングができる系の超キモいヲタクだ。
昼は新宿、夜は恐らく渋谷。
この物語を楽しむ諸君。
六時に代々木で会おう。
(六話につづく)
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