第四話 雪さんと疑似デートの約束
カラーギャング達一行は、酔い散らかして居酒屋を後にすると、近くのカラオケ店に入店した。
大体、ライブが終わるとオフ会まで参加するヲタクたちは当日中に家に帰ったりしない。
地方から今日の予定に合わせて遠征して、ホテルで一泊した後、ゆっくり一般社会に帰っていくタイプの人間が多い。
俺はどちらかというとこの意見には否定的な立場だ。
自分の身体を労わってホテルにお金を落とすよりも、一部でも多く生写真は積みたいし、トレーディング要素のある缶バッチだって、推し色の赤、コノミのものを入手できるように、積極的にSNSで交換希望を出すタイプのヲタクだ。今度収集したグッズを見に部屋に遊びに来てもいいぞ?
話が逸れたが、汗水流してバイトで稼ぎに稼いだお金は「自分に使うお金より、推しに使うお金だ」ということで理解してくれ。ファンの鏡だろう?異論は認める。大いに談議しよう。
実はオフ会で酔い散らかした後、参加するカラオケ大会もまたオツなのだ。
ヲタク仲間の歌が上手な女子に、KARENの曲をカバーさせて、歌唱中は各々、コールの練度を高める。大切な時間だ。
もちろん今日も、酔いが一旦冷めた雪さんがマイクを取る。
今日はりんごちゃんも一緒だ。その歌唱力が気になるところである。
ここまで話に付き合ってくれている諸君なら、「あれ?雪さんって声枯れてるんじゃないの?」と思ってくれた方が居ると思う。第四話目にしてこの作品の大切なファンだ。ありがとう。これからもよろしく。
雪さんは、ライブの後、喉は枯らしているのだが、なぜか歌唱に影響がない。
ここが彼女のミステリアスな部分と言って差し支えない。
あれほど、綺麗な顔で汚い声を発していたヲタクが、マイクを握る瞬間だけは、喉が戻る。
美声が響いてくる。
人間だし、同じ声帯構造を有しているはずなのに原理が理解できない。
ぜひ諸君も、雪さんの生歌唱を聴いてみてほしい。
今日。俺は、喉をこの上なく枯らした。
仕方なくサイリウムを点灯して、推しの名前が大きく書かれたタオルを頭に巻いた。
後は他の皆が先導してコールを始めるはずだ。
「りんごちゃん!!二人で、”七夕”歌おう!!」
雪さんは、マイクをデッキから二本抜き取ると、そのうちの一本をりんごちゃんに渡しながら笑顔を振りまいている。
決まって一曲目は、”七夕”が歌われる。
KARENの中でも、屈指の人気曲。
恋をした女の子が意中の男性に振り向いてもらうため、七夕に画策して恋を成就させるという何ともアイドルらしい一曲だ。
雪さんが好むのも無理はなく、とことんコノミがセンターで目立つ。
プロフィールから想像しても、コノミのために書かれた曲だと思っている。
イントロが流れ始めて、他のヲタクたちも狭いカラオケルームで適度に距離を取り、ウォーミングアップを始めました。
話を戻そう。この会ではコールの練度を高める。
つまりは「ライブの余韻に浸りながら、掛け声の練習をする会」といった方が伝わるだろう。
過去曲に関しては、新規のファン仲間同志にわかりやすいように復習がてら聞かせる。
自らやって見せる。そのあとは、言って聞かせる。そのあとはやってみているのを見守る。
そうしてようやく新規のファンは、我々の心強い同志となる。誰かの言葉みたいだ。スルーしてくれ。
新曲はライブ披露で次第に会場から湧き上がってくるコールが自然と定着する。
それもそのはずで、全国には俺らと同じファン仲間が同じようにオフ会を開催しているし、その中で曲を楽しむため、推しのアイドルへ愛を伝えるために、新しいコールを考える。
話が長くなるので自重したいが、新曲のコール議論ほど、界隈が荒れるものはない。
いや、週刊誌に推しのアイドルが熱愛報道をすっぱ抜かれる次、くらいに荒れるくらいだった。くらいって二回言った。すまん。
下品なコールは次第に歴史の中で淘汰されていく。
あくまで我々が愛してやまないのはKARENであり、他のアイドル現場で使用されるMixやコールが流入してきても、俺がしらみつぶしに正しいコールで潰してまわる。
次第に統率の取れた上品なコールが完成するのだ。
こちらに関しても、異論は大いに認めるので、今度談議しよう。
要は、コールは推しへの愛の恩返しであり、彼女たちが望まないバカ騒ぎを助長するものではないということだ。彼女たちに常日頃いただいているパワーを、ライブ中リアルタイムで彼女たちに声援という形で恩返しする。会場は一体感に包まれて、ライブが完成する。
俺は本気でそう思っているから、今日も本気で喉を枯らした。もっと腹から声を出せばよかった。
雪さんがいつも通り、俺の鼓膜を美声で揺らす中、続くりんごちゃんの歌唱力も目を見張るものがあったのは諸君にも報告しておく。
この後、カラオケルーム内の小さなステージを一人で任されたりんごちゃんが居てくれたおかげで、雪さんと二人きりで話すことができたのだから――
感想戦を締めくくる第二回戦はこうして始まったのだ。
◇◆◇◆
今日集まるヲタク仲間たちは、俺を入れて男性四人、女性三人の七人だった。
先ほどから話題に出てくるハマさん、雪さんを除くと、りんごちゃんは感想戦で同卓で打ち解けたとは言え、他の四人に関しては初対面の方ばかりだった。
今は必要ないので、この大きなコール合戦に便乗して説明するのはやめておく。
多分諸君にも爆音の最中、このガラガラ声では説明は聞こえないし、一番問題なのが今後この物語に登場するか怪しい。本作のあらすじでも説明しただろう?
アイドルヲタクは熱しやすく冷めやすいので、次回のオフ会に参加してきた時が、俺の信頼を得る一種のステータスということにしておく。
まあ、今日はファンクラブイベントだったし、二回目の出場も夢ではないと思ってるし、今後笑いあえる関係性になれたら、俺は嬉しい。俺を通り越してきっとコノミも喜んでくれるはずだ。
時刻は二十二時を過ぎた。もうそろそろ、関東近郊のメンツの終電がなくなってくる頃である。
ライブが終わったというのに、アイドル本人が居ないカラオケルームの一室でヲタクたちは息を荒くしていたのも、治まって今は談笑の時間だ。
俺は空になったコップを持ち、飲み放題のドリンクを求め、一度カラオケルームから出た。
ガヤガヤとしていた一室から廊下に出ると、静寂に包まれる。
何を隠そう、明日は月曜日なのだ。
こんな時間にお家で寝んねしてない人間は、社会不適合者というレッテルを貼られても文句は言えないはず。
盛り上がっている別の扉の奥は、せいぜい一限目をサボる気満々の大学生くらいだろう。
俺も大学生だが交友関係は、大学の友達より、今日諸君に見てもらった通り同年代の若者よりも、オニイさん、オネエさん、オジさんが多い。でも楽しければいいよね。
ドリンクサーバーの前で、酔い覚ましのソフトドリンクを吟味していると、廊下の奥から眠たい顔をこすりながら、雪さんが出てきた。
すごい。感心してしまったが、あのまつ毛はメイクじゃない。
目をこすっても、崩れてないから。
そのくらいの知識はアイドルヲタクをやっていればよくわかる。
アイドル達がSNSでアップする写真を毎日隈なくパトロールしている俺だ。
ここだけの話、気持ち悪いヲタクほど、写真一枚で何時間も話を続けることができる。
「新しいメイクに変わった」だとか、「推しのビジュが最高!」だとかなら、まだ健全な方で、推しの瞳をアップに拡大してスマホいっぱいに引き伸ばしすると、アイドル本人の黒目に反射するカメラ外の様子から、画像に切り取られた事象以外のことを推察するまである。
ちなみにさっき、コノミがアップした画像「今日もありがとね~!」という文言とともに、ライブ後の楽屋の様子を、同じくメンバーのレナと映った世界一可愛い一枚の中のコノミの瞳には、異常は発生していなかった。兄としても、アイドルをやっている妹が清廉潔白な様子に安堵できる。異常があれば、家族のlineグループで緊急地震速報より先にネット界隈の震源を知らせるため、警備は欠かせないのだ。
少々無駄話が過ぎた。
アイドルヲタクは自然とメイクの知識くらい付いてくるし、あれは付けまつ毛でもない。
雪さんの地毛だと理解するまで、瞬間一秒くらい。行間の長い説明はナレーションでコメディちっくに理解してくれると助かる。
雪さんもまた、手には空になったコーヒーカップを持ち、こちらに近づいてくる。
コーヒーカップにチョンとつくリップの赤が、妙に艶やかで色っぽい。
「オニイさん、明日のイベントはどんな感じ?」
雪さんは最後の一杯をカプチーノにしたらしい。
さっきまで焼酎かっ食らって溶けていたとは思えないギャップだ。
「新アルバムの行脚はさすがに読めないっすよね。取りあえず、新宿とかで張り込もうと思ってますけど、三上さんのポスト次第って感じです」
「そっかぁ」
今日、ファンクラブイベントで歌い踊り狂ったKARENの五人は、明日朝イチからこれまた元気に先日発売したアルバムの販促活動のため、全国を行脚してCDショップの一日店長ツアーを実施する。
実際のところ、メンバー一人一人にマネージャーが同行して全国各地に散らばっていくし、ランダム要素が強めのゲリライベントなので、まずどこの店舗に、何時に、誰が出現するかわからない。
熱狂的なファンであるほど、普段ステージ上でしか見られない推しの姿を至近距離で拝めるので大切にしたいイベントの一つではある。
当の俺はこの後、風呂上がりくらいになったコノミを恋乃実として家で見かけることになるので、いざ予想を外して、仮に会えなくても何一つ困らないのだが。
「さすがにオニイさんでも、コノミがくるショップまではわからないよね?」
華奢な雪さんが、横で俺の顔を見上げながら残念そうにしている。
この顔はひどく、心苦しいものがある。
「コノミはセンターだし、流石に関東近郊ではってればワンチャンじゃないですかね?」
率直な意見を雪さんに投げておく。
「明日、私、活動無いんだ」
おそらく、自身のアイドル活動の話だろうか。
つまりは雪さんは明日、地元に帰らなくてもいいのだと、少し期待した。
「マジっすか、コノミ追いかけたい放題じゃん」
気分が高揚したが、あくまでヲタクとしての彼女の活動を一緒に喜んだまでと理解してほしい。
「そうなの。このまま、珍しくホテルで一泊して、明日はコノミを追っかけようと思ってるんだー」
カプチーノの出来上がり。ゴーっといった噴出音が鳴りやむ。
嬉しそうな笑顔とともに、コップを手に取った雪さんが言う。
「よかったら、明日一日、一緒に行動しない?私が車借りとくからさ。オニイさんはSNSで監視して、一緒にイベント参加出来たらなって思ったんだけど」
胸が一瞬騒めいた。何、雪さんとドライブデートもできるの?明日?
行く!行く!絶対行く!!何時間だってついていきますとも!!!
「めっちゃ楽しそうっすね!賛成、今夜中に関東近郊でお互い、出現予想立てときましょ」
俺の言葉に安堵してくれたのか、雪さんの笑顔が更に明るくなる。
「よっしゃ、コノミ推しなら、そう来なくっちゃ!明日の待ち合わせは深夜、連絡入れとくね。よろしく」
ガッツポーズで決める雪さんがなぜかとても頼もしく見えた。
これは、全力でストーキングを始める前のヲタクの顔だ。
差し出すグーがグータッチを求めている。
コノミの決めポーズだ。
「了解です!よろしくお願いします!」
俺は雪さんにグータッチで、協力を表明する。
――ああ、ファンとアイドルの一線を越えないつもりだったんだけどなぁ。
雪さんの頼みとあれば、仕方ないのかなぁ。
もっと、喜んでほしいし笑っていてほしい。
何しろ、一日中車内でデートみたいなもんだろ、これ。
帰りの電車に揺られながら、トップアイドルの妹からまだシークレットであるはずの行脚の場所を、それとなーく聞き出す言い回しについて考えていた。
(五話へつづく)
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