ファンクラブイベントの感想?そんなもんは察してくれ。いざ感想戦!
開演前。
いくら広大な横浜アリーナといえど、ドルヲタその他観客の有象無象が詰められる客席は前後左右、十分なスペースがあるとは言い難い。しかも、強いヲタクに限って、ふくよかな体型で在らせられるもんだから、さらに客席は左右に圧迫感があることが多い。多分俺の偏見だ、流してくれると助かる。会場内の雰囲気を伝えたかったまでだ。
かき分けて自分の席にたどり着くまでに、「失礼しまーす」と言いながら歩みを進める。
俺にだって周りの人間に迷惑を掛けないくらいの、ちょっとした気遣いくらいできる。
特に、自分の席の左右の人には丁寧にしておくのだ諸君。
ライブ中にテンションが沸騰して、腕やサイリウムが同志にぶつかってしまったとしても、このひと作法が「少なくとも悪い人間には思わせないコツ」だ。
いつも通り、俺は大人しく席に座った。
ファンクラブイベントともあって、集まる同志こと皆の衆の熱量も自然と高い人間ばかりだ。
皆、各自お熱の推し色に身を染め、大人しく開演を待っている。
ここではしゃぐ奴はまだまだ甘ちゃんだ。温かい目で見守ってあげよう。
決して終演後にSNSで叩かないように。余計な炎上を招くぞ?推しが悲しむぞ。
それより、「推し可愛かったー」とか言っとけ。
なるべく、SNSの運用はポジティブに。だ。
ステージに目をやると、会場の作りに合わせて、運営の美術さんが作ったであろう特別効果を誘発する舞台装置、”トッコウ”が目に入る。大きな会場であればあるほど、傍から見ても結構なお金がかかっているとわかるが、今日のトッコウは比較的簡素。
それもそのはずだ。今日はファンクラブイベント。KARENを心底愛するファンばかりなのだから、無駄な見栄は張らなくていい。それよりも、その運営費でメンバーたちに美味しいものを食べさせてあげてくれ、三上さんよ。
◇◆◇◆
ライブ中の出来事について、諸君に説明するつもりは毛頭ない。
なぜかって?理由は二つある。
一つ目は、今日も最高だったからだ。語彙力の低下が心配される。
コノミは家で、俺の妹、恋乃実として「レス贈るから!」って言ってくれたが、俺もハマさんと同じような天空席だから、見つけてもらえるはずがないと思ってた。
それでも、流石我が推し、流石我が妹だ。
会場内の観客を一人一人、確実に殺していく。
赤色を纏うファンが目に入ろうものなら見境なく手を振ったり、投げチューを贈ったり。
彼女の攻撃方法は多岐にわたる。
一撃必殺、こうかはばつぐん!だ。
例にもれず、俺は今日も、コノミに見つかった、はずだ。
目が合った瞬間にコノミの表情も明るくなる。
そんなに、わかりやすく嬉しくしちゃダメだって、妹よ。
そして、このレスが幻でないことを祈りつつ、家に帰ったら妹に聞いてみたいと思う。
家族特権は使える場所で使っておこうじゃないか。
少々、脱線したな。これ以上は黙っておく。
二つ目の理由は、この物語には特に関係ない要素だからだ。
自らを語り部にしていると、物語の展開速度が高められるとかなんとか、偉い人が言っていた。
かくいう、ファンクラブイベントは無事、大盛況の中、幕を閉じた。
晩飯の時に聞いた……もとい、今日初解禁のKARENの新曲や新しい衣装は、王道の可愛い系で攻めてきた。
昨晩の布団の中の妄想ではクール系だったが、残念と思う気持ちは全くない。
彼女たちがひた走る道こそが、我が信じた道であり、ついていく未来だ。
ヲタクは彼女たちの活動を全肯定すればするほど楽しめる、楽しんだもの勝ちの世界だ。諸君も見習ってくれ。
それとライブが終わったら、枯れた声で周囲の人と「お疲れさまでした~」だ。
これも覚えておいてくれ。
なーに、恥ずかしいと感じるのは一回目や二回目だけだ。
本当に疲れているであろう推しのアイドルをそっちのけにして、ただただ元気を貰っただけの存在で聞こえが悪いが、最高に気持ちがいい。
「今日も、お仕事、お疲れ様」の勢いだ。
実際に、推し事したんだもんな。
この自己陶酔はコノミも許してくれるだろう。
◇◆◇◆
会場の外に出て、先に待機していた輪に合流する。
ハマさんや雪さんがいる輪だ。
決まって、彼や彼女もライブ終演後は声がガラガラだ。
普段、普通の社会適合者をやっている”大人な”大人たちも、ライブ中くらいはガキに戻る。
ストレス社会に揉まれて頑張っている証拠だ。このくらいは生温かく見守ってくれると嬉しい。
「ヲッ、アヅマッダネ(お、集まったね)」
ハマさんの声が悲しく夜空に消えていく。
普段あんなにカッコいいイカしたオジサンも見ての通りだ。
「ワダジ、カイエンマエニィ、ヨオヤグジマジダシ、イギマジョウカァ!!(私開演前に予約しましたし行きましょうか!)」
もはや何を伝えたいのか、声ではわからない雪さんが目配せしてくれる。
そんなに容姿端麗美人さんが、その声では株が下がってしまうぞ?黙ってた方がいいんじゃないか?と思ったが、今日も満足げに目をキラっキラさせている雪さんに、心の声を明かしてしまうことは今は無粋だ。しかも結局、店を予約してくれたらしいし。
ここから先は、声が正常なものとして物語についてきてくれると嬉しい。
声優さんだって大変だ。なんの話をしているかわからないって?
今度、作者先生にメッセージやコメントでも送ってやってくれ。大変に喜ぶはずだから。
◇◆◇◆
雪さんが予約してくれた居酒屋にカラーギャング一行は到着した。
乾杯の音頭は俺ら界隈ではしきたりがある。
それぞれ、メンバーの挨拶をモジって発声するから、初めて感想戦に参加する一見さんにも配慮された素晴らしい掛け声だと自負がある。ハマさんが考えた。ぜひ聞いてくれ。
まずは、それぞれ、自分の推しのタイミングで名前を叫ぶ。5人分だ。最後に参加者全員で「今日も可愛かったよ~!」で杯を交わす。
嘘みたいだろ?でもホントの話だ。
まだ引くには早いぞ。第二話だ。ついてきてくれ。
俺が諸君に説明した乾杯作法を、初めて参加してくれたファンの同志に向かって指南したハマさんが、そのまま音頭を取る。
「せーの!」
『コノミ~!』
『アヤカ~!』
『レナ~!』
『エリ~!』
『ノア~!』
『今日も可愛かったよ~!』
「感想をぶつけ合う戦」と書いて感想戦の狼煙があがった。
◇◆◇◆
斜め前方に雪さん。
前方には初めましてのノア推し、青色のグッズで固めた新規のハンドルネーム”りんごちゃん”さん。
俺の横にはいつも通りハマさんが居る。
今日も気持ち悪い話を始めよう。
自己紹介もほどほどに、今日のライブの感想について語り合う。
いくら人見知りとて、自分の好きなことを好きなだけ語り合うことができる場だ。
一旦、ヲタクの人柄は不要な情報だし、何よりアイドルをダシにして飲む酒が美味い。
この一杯だけは仮にどんなに冷えてなくても、喉越し最高で美味いことを知っている。
ちなみに、俺はコノミと五歳差のお兄ちゃんなので、酒を嗜んで二年目の大学四年生だ。
ハマさんはオジサン。無問題。
雪さんはお姉さんという認識だ。年齢不詳。
りんごちゃんさんも一杯目はビールだったから多分未成年じゃない。
心配はご無用だ。
酒は飲んでも、飲まれるな。
それに、飲んだら乗るな、乗るなら飲むな。
ふざけた語り部なのだ。このくらいは社会に貢献しておこう。
「ノアちゃんが、新曲で落ちサビ歌ってるのが嬉しかったです!」
興奮気味のりんごちゃんさんが言う。
そろそろ、さん付けは無しにしよう。多分本人も、許してくれる。
「パート割が歴代の曲の中でも珍しく、後サンメンバーだったよね。フォーメーション的にも、ノアが目立ってて、可愛さの中にクールさがあったっていうか、静まり返る感じが良かったなぁ」
いつも、我先にレナの話をしたがるハマさんが、おそらくりんごちゃんの緊張を解くように話を合わせている。
こういうデキる大人が滲むから、俺はハマさんに安心を覚えている。いつもありがとう。
酔ったら「レナちゃん可愛い」が鳴き声になる動物に変貌するので今のうちに人間しといてくれ。
後サンと略されるのは、歌唱中のメンバーフォーメーションに習って、ファンの間で生まれた言葉だ。前ニ、後サンと二対三へ分かれる境目は、乾杯の時の順番で想像してくれると助かる。
「ずっと、コノミちゃん見てて全く気が付かなかった~。後ろ振り返って膝ついてる振り付け良かったなぁ。後サンメンバーと目配せしてコッソリ笑ってたのが、最高だった。そこ、クールに決めるところだから!!!って突っ込んじゃった。可愛いっ」
雪さんがえへへと笑っている。
その笑顔がズルい。
この笑顔に最初の感想戦の時点で、俺もやられたんだった。
(三話へつづく)
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