第十三話 初デート!立てばコソコソ。座ればヒソヒソ。歩く姿は不審者二名。
アイドルの彼女を持つというのはこういうことか。
地元で地方アイドルをやっている俺の彼女、柚季さんは、初デートの場所に選んだ「江の島」の入り口でファンの影を発見するなり、サングラスを装備した。
彼女の熱心なヲタクということは、地方アイドルをもチェックを欠かしていない、相当なヲタク力が見込まれる猛者なのだ。SNSで吹聴されれば、俺の彼女のアイドル人生が破綻しかねない。
まあ”ガチ恋”であればの話ではあるが、見たところいい年をこいたオッサンだったので、所謂「過激な派閥に分類されることのない大人しめなヲタク」に見える。
「柚季さん。あの人はどんなヲタクなの?」
俺は柚季さんに問いかけた。
柚季さんにとっては大切なファンであることに違いないのだが俺にとっては、彼女を困らせる危険分子になりかねない人物。
決めつけは良くない事くらい俺にもわかってる。
でも、初めての彼女とのデートは、彼女以外の事は考えたくないじゃん?
せっかく叶った恋の一歩目から躓くわけにはいかなかった。
「さっき説明した通り、KARENではコノミちゃん推しだけど、私の大阪のアイドル活動にも足を運んでくれてて、接触イベントとか熱心な人。話した感じは、優しい人だとは思ってる」
「なるほど。じゃあ、そこまで心配いらないけど、柚季さんの心配はあくまで”あの人”を悲しませるかもしれないから。ってところ?」
「そうそう。私は別に恋愛禁止でもないけど、流石に昨日できた彼氏をSNSで”彼氏ができましたー!”なんて報告しないしね」
「そうだね」
えらく真顔で言うものだから吹き出しそうになる。
そりゃ彼氏ができましたって報告をするアイドルを見たこともなければ、逐一SNSで報告義務があるわけでもないので、彼女の言ってることは妥当なのだが。
それで反省の意を証明して、《《頭を丸められて》》も困る。
「人気の観光スポットだしね。あの人も昨日はコノミのゲリライベントに参加してて、今日はゆっくり江の島散策してるんだろうと思うし」
「横にいる同年代の女の人とはどういう関係なんだろうね?」
柚季さんがポツリと言う。
確かに、オジサンが仲良く話し、同伴している女性が一人。
オジサンは今日、全身をコノミのカラーである赤で纏めているわけでもなく、一般人に完全に紛れ込んでいる。
よくそんな彼を見つけられたものだなと、俺は柚季さんの記憶力に鼻高々なのだが。
遠目から「もしかして」と思い、彼の左手の薬指を追う。
やっぱり……。
これは朗報だ。柚季さん。
「柚季さん?やっぱり、そんなに気にしなくていいかもしれないよ?」
「えっ?どういうこと?」
「あのヲタクの左手の薬指に指輪を発見しました」
「ってことは?」
「既婚者だ。ヲタクの夢は決して壊れない」
「そっか、ガチ恋じゃなかったんだ」
少し残念そうな顔をしている柚季さん。
「なんで残念そうなわけさ」
俺は思わず彼女に聞いてみる。
「そりゃ私だって本気で私に惚れさせるつもりでアイドル活動してるからね」
えへへと笑いだした柚季さん。
年上好きの可能性を心配したが杞憂に終わったようだ。
まあ、俺が正真正銘、柚季さんの彼氏なわけだから心配するほどでもない。
だが、昨日の今日で柚季さんが俺の彼女になったのだから、柚季さんに対する俺のまだ消えない「他の人間に取られてしまう嫉妬」や「独占欲」みたいなもので、オジサンを勝手に敵視してしまっていたことが妙に恥ずかしい。
「念には念を入れて、コソコソしてようか」
「そうだね。秘密の方がユズキにとっては、きっといいし」
彼女が自身の名前を呼び捨てにした。
多分これは、一般人柚季さんがアイドルユズキへ宛てた発言だ。
俺は柚季さんの手を引いて、なるべく理解のある彼氏であろうと心を改めなおした。
◇◆◇◆
「まずは整理券取ってから、神社の方行ってみる?」
「え?神社があるの?」
「そうそう。江の島神社」
「海の中に神社って、神様も不便な場所に住むんだねっ」
「ロマンチストなのかもしれないよ?」
「チャラ神様」
「こら、怒られるよ?」
「あとでお参りの時に謝っとくって」
この笑顔なら神様も許してくれそうだ。
俺たちは順路に従って坂道を歩いていく。
流石は観光地。
両脇には土産屋が所狭しと軒を連ねている。
そんな中に、今日の目的地の一つ、採れたての海鮮を取り扱う有名店の店頭で自動発券される整理券を二枚ゲットする。
番号は「三番」と「四番」
嫌な予感がしている。
まさかとは思うけどね?そんなぁ、まっさかぁ……。
お互いに大切に手持ちにしまいこんで、朱色の大きな鳥居をくぐる。
ここから先は神社まで階段が続く。
「ねえ、孝晴君。グリコでもやりながら上がる?」
「提案は可愛い彼女としても、アイドルとしても、百点満点だけど、めちゃくちゃじゃんけんしなきゃいけなくなるよ?」
「そんなに長いの?これ」
「そう。俺はこのまま手を繋いで、ゆっくり上りたいんだけど?」
「手ぇ、繋いでたいんだ??」
柚季さんが答えを知ったうえで確かめてくる。
なんて悪い女だ。
昨晩めちゃくちゃにしておけばよかった。……冗談だけど。
「そうだよ。こんなかわいい彼女、自慢したいし」
「明け透けなく言うよね。流石、熱心なヲタクさんだぁ」
「伊達にアイドルヲタクやってませんから」
「そういうとこ好きだよ?」
「ありがと」
「チューでもしとく?」
「今度にとっとく。周りに見せつけるの好きじゃないし」
「恥ずかしがり屋さんだぁ?」
「さっきまでの、こっそりデートするっていう気持ちはどこにいったのさ?」
「わたしだって初めての彼氏にどうしていいかわかってないんだよぅ……。正論は受け付けません!!」
うるうる目元を涙ぐませ、にらみつけたかと思うと……。
手を「ぱっ」っと離して、柚季さんは階段を駆け上がっていってしまった。
……。
…………。
……。
あああああああああああああああああああっーーーーー!!!!!!!!可愛い!
俺の彼女、可愛いって!!!!!!!!
何??今の顔なに???
決めた!!!
彼女のアイドル活動、俺もヲタクとして全力で応援する!
早速、今度。
一回くらい大阪の現場に行ってみる!!!決めた決めた。今決めた!
そしてヤバい!!!
そんなに駆け上がっていったら、コソコソしている意味が何もない。
下手したらヲジ達とエンカウントしてしまう!!!
「雪さん!!!ちょっと待ってって!」
ここで便利なヲタクのハンドルネーム。
”柚季”なんて口走ってしまうと、柚季さんがユズキだとバレかねない。
ばっ!!っと振り向いた柚季さんがこちらを見ているが、目と鼻の先にヲジ達にも追いついていることがわかると、俺は全速力で階段を駆け上がる!!!!
「孝晴くん!?!?なー!まー!えー!間違って呼んでる!!!!!!」
「ちょ、ヤバい!!!」
「わー!たー!しー!は!!!ゆーーーーーーーーーーーーーーー!!んっ!!!!!!」
何とか彼女の口を塞ぐことに成功した。
「ゆ」の口が、「ソレ」を行うとき、都合が良くて良かった。良くて良かった語彙力消失。
手で押さえたって柚季さんの大声は収まりそうになかったから!
周りの目は気にせず最終手段だから!
これくらいしか思い浮かばなかったし、可愛い彼女を見た後で、やっぱり俺の彼女最高じゃん!っていう気持ちが抑えられなかった……。
唇を一瞬重ねて、彼女のご機嫌を取る。
そこに痺れて憧れて、ズッキューーーン!!!!的な効果音で頼む。恥ずかしいし。
「(バレるでしょ?わざとだから!!!)」
俺は小声で彼女を嗜める。
「いきなりは反則だって、何考えてるの??」
「さっきチューでもしとくって言ったのは柚季さんでしょ?」
「あれは照れ隠しだから!!!女心も私で勉強していこうねっ!!!????」
私で勉強していこうね?だって??
なんてえっちな言葉なんだよ……。
(第十四話へつづく)
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デート編始まりました。
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