柚季さんと密室でアレコレおっぱじまりました(前編/中編/〇後編)
本日三話更新の最終話です。お楽しみください。
「どうぞ」
「どうもっ」
信じられるか?諸君。
みんなのおりひめを推す、アイドルの雪さんが、今、柚季さんとして俺のベッドに入ってきた。
母ちゃんが用意してくれた寝具から、枕だけ拾い上げた柚季さんは、のそのそと俺の横で定位置を見つけようとしている。
「なんかふしぎだね、孝晴君。今日、私、彼女になったばっかりなのに」
心当たりのない君たち諸君は、第一話から中編までを参照とのこと、作者先生が語り部こと俺に言づけたメッセージだ。それはさておき。
俺は率直な感想を柚季さんに漏らす。
「ふしぎだね」
「でも、知ってる?ふしぎだねって予測変換すると、一番最初にカタカナになるんだよ?」
たわいもない話を彼女がしている。
枕を抱えて、俺はぺたんとベッドに座った彼女に見つめられた。
正直反応に困ってしまうが、湯上りの彼女に見つめられて、どうでもいい話をされているのだ。
しかも、補足情報だが風呂から上がった柚季さんのビフォーアフターは劇的でもなんでもなかった。
化粧を落としても、いや、化粧が落ちた柚季さんは母ちゃんや恋乃実と一緒の種族らしく、変化が全くと言ってなかった。
でも、その感想をぶつけることはタブーだと俺は知っている。
男としてはレディーへの最高の誉め言葉なのに「化粧をした努力がないがしろにされたみたいで嫌!」と恋乃実に以前、言われた。
今はそんなことどうでもいいな。すまん。
いつもコノミにまつわる話しかしたことが無かった俺らにとって、このひと部屋での日常感が、逆に日常ではない非日常で、急に感慨深くなる。よくこんなシチュエーションまでたどり着けたな、俺。
「あれ、面白くなかった?」
「いや、そんなことないよ。ちょっと考え事してただけ」
「なにぃ?私に話せない事?」
先ほどキスまでしてしまった仲だ。
もう、心の内なんて見透かされても良い。
「いや。柚季さんとさ、コノミの話しか今までしてこなかったじゃん?でも、今こうして普通に喋ってるのが不思議だなぁと思って」
「ふしぎだねぇ」
朗らかに見つめてくるこの人に、今まで密かに、もっといろんなことを知りたいと思っていたし、これからの幸せな未来を想像するだけで、これは手放したくない現実なのだと思えた。
「もっといろんな柚季さんが知れると思うと嬉しいよ」
「ありがとっ。わたしも!」
ゴロンと寝転がって、柚季さんは枕の準備を始めた。
柚季さんからふわっと香ってくるシャンプーの香り。
いつも風呂上がりに、恋乃実や母ちゃんが漂わせている高級シャンプーのいつもの香り。
二人でお金を出し合いっこして、入手しているらしい。
柚季さんは今日、我が家のお湯を頂いたのだ。
いや、頂くのは柚季さんだから、お湯を……食べた?……貰うだ。貰うの謙譲語だから。
これも今はいいな。諸君、すまん。
最早、ドキリともしないこの香りが柚季さんからして、逆にドキッとした。
自分を構成する人間関係の一部。
柚季さんが家族同然の存在になったことに。
「あー。孝晴君の匂いって洗剤とか柔軟剤の匂いだったんだ」
「え?」
「布団から同じ匂いがする」
くんくんと嗅いでいる柚季さん。
やることが動物と一緒で笑えた。いや、人間も動物の一種だ。
そして、互いに匂いの事を考え、匂いの話を始めたことに、もっと笑えた。
「恥ずかしいからやめてよ」
「大丈夫だって、大好きな匂いだから」
そう明け透けに話されてしまうことに慣れてないから、初めてのキスを終えたとて、ドキドキした。
「どうぞ」
トントンと、ベッドを叩いて寝転がれということなのか、柚季さんが誘ってきた。
「俺のベッドなんだけど」
笑いながら返すと、柚季さんも笑ってくれた。
「電気消すよ」
「うん」
リモコンを操作する。
煌々と照らされていた部屋が、ジワリと暗くなる。
柚季さんの表情が月明かりに照らされて、暗闇でも見える。
この部屋が真っ暗な状態で寝れないことを常々不満に思っていたが、この顔が眺められるのであれば、今日の為なのだろう。改善しなくて良かった。自堕落万歳。
カーテンから洩れる月明かりを頼りに、彼女の横に寝そべった。
「たかはるくん。おはなししよ?」
小声で話しかけてくる柚季さん。
今から彼女と夜を共にするのだ。
たまらない。
俺は自分の右腕を枕にした。
左腕で自分と彼女に掛け布団をかける。
「可愛い」
思わず、自分の口から出てきた言葉。
「もっと褒めて」
柚季さんがもぞもぞと近づいてくる。
「綺麗」
「わたし、可愛いって言われる方が好きなの」
柚季さんがもぞもぞと遠ざかる。
「あれ。正解しないと近づいてくれないの?」
「正解」
柚季さんが近づいてきた。
小動物みたい。少し笑った。
「寒くない?大丈夫?寝づらかったら起こしていいからね?」
柚季さんは近づいてくる。
「寒さは無いかな。くっつけばいいし」
しなやかな身体が俺に触れてきた。
「幸せだ」
柚季さんが軽く左腕に抱き着いてくる。
「わたし、彼氏ができたらやってほしいことがあったの」
「なに?」
聞いてみる。
「腕枕してほしい」
俺は返事をする前に枕にしていた右手を彼女に差し出す。
二の腕に彼女の頭がおそるおそる降ってきた。
「いいかんじっ」
柚季さんはこちらをじっと見つめている。はず。
こんな状況に出くわしたことが無かったから気が付かなかったが、男側は見知った天井を眺める羽目になるので柚季さんの顔を見ることができない。勿体ない。
でも、全身でくっつく柚季さんの体温を感じることができているので最高だ。
「天井ばっかりで、顔見えないのさみしいんだけど」
「もうちょっとだけ、こうしてて」
彼女の望みとあれば、右腕が痺れてこようが、取れてしまおうが、今はいいや。
横目でちらっと彼女の顔を見てみる。
思いのほか、真顔でじっと見つめられていることに気が付くと、髭の剃り残しとかないかと、不安になってくる。
でも、彼女の真っすぐな眼差しも綺麗だ。
「寝心地はいかがですか?」
「硬くていいね。好み。でも、コノミちゃんの膝枕には敵わないかな」
彼女の笑った時の吐息がかかる。
よもや、吐息まで気を遣って、不快でないクリアな香りの女子力の高さたるや。
「でも、二つの夢が叶って嬉しい」
「コノミの膝枕と、彼氏の腕枕?」
「正解」
耳元で響く小さな声が愛おしい。
ちょっと近づいた。まだそのルール、適用だったんだ?柚季さん。
頭を乗せた心地の良い重みが腕から引いていく。
「もうちょっと、そのまま。ごめんね」
「どうぞ」
次はなんだと思ったが、すぐに柔らかな感触が二の腕に続く。
柚季さんの頬が腕にすりすり。
すりすり。ぷにぷに。
自分の二の腕を食べようとしている。
頬でご飯は食べられない。口で食べる。
でも、食べようとする勢い。
「あー。これ。これ好きかも」
小さく漏らす声の主がいよいよ、哺乳網食肉目ネコ科だ。
すべすべとした肌を二の腕で味わう。
時折、垂れる髪が腕を擽る。
「くすぐったい」
「ごめんね」
こそこそ笑う笑い声は、布団の中で消えていく。
自分にしか聞こえない。
二人だけの秘密。
「元気がないとき、これからこうやってパワー貰おうかな……」
俗にいう、充電というやつだろうか。
なるほど、確かに元気になるかも。給電側も幸せだ。
「ありがと」
「いえいえ」
こんなことで満足したらしい柚季さんは腕から離れていく。
「次はおにいさんの番だよ?」
「え?」
小さく縮こまった柚季さんが布団の中で俯いている。
「つぎはおにいさんのばん」
そんなこと言われてしまったら、今すぐにでも彼女を、俺の好きなようにしたくなる。
でも、大切にしたい気持ちの一心で下半身の疼きを押さえつける。
そして、少しでも安心してくれればと思い、ムードに気が付かないふりをした。
「ハンドルネームに戻ってるよ?」
「違うよ?これは……男の人の敬称……だよ?」
なおも、顔を合わせてくれようとしない。
今すぐに抱きしめたい気持ちが逸ってしまったが、今はそうじゃない。
「柚季さん、誕生日何月?」
「え?」
ゆっくり、顔を上げて、こちらに目線をあわせてくれる。
やっと目が合った。嬉しい。
「十二月二十八日……です」
「俺は九月二十三日」
「やっぱりおにいさんじゃん」
「やっぱりおにいさんだったね」
しまった。
「柚」というくらいだったから、少し張り合えるかもと思ったのは、俺の思い過ごしだった。
でも、少しクスッと笑ってくれた柚季さんの顔を見て、俺のクエストが達成されたことには安堵した。
「柚季さん。恥ずかしいけど、言っちゃうね」
「うん」
今はまず、言葉にしておくことが大切だ。
「今日は用意がなくてね。色んな用意。気持ちを傷つけてしまうかもしれないけど、最後まで出来ない」
「……うん。わかってた」
「え……?」
どれほど、これから続く言葉で包み隠さず伝えられるかと考えていたが、彼女はさらりと返してきた。
「これは実技試験なの。私の事を大切にしてくれるかどうかっていう試験」
「合格?」
「孝晴君が合格しないわけないと最初から思ってたよ。試してごめんなさい」
布団の中で俯いた彼女が言う。
「でも、最後までしなくても、ちょっとくらい悪戯していいよ?」
そんなこと言いながら、とろっとした目で顔を見つめてくる柚季さん。
悪戯かぁ。可愛い言葉だ。
白く透き通った肌が、暗闇で良くは見えないけど、火照っているのがわかる。
同じ布団に包まっているのだから。
二の腕に感じた体温を、まだ忘れてはいない。
多分一生、忘れない。
「初めてだから、色々、優しくしてね?」
その言葉を最後に柚季さんは黙り込んでしまった。
あまりに愛しい視覚情報が脳天に直撃してくる。
俺は彼女を傷つけてしまわないように、彼女を求めることにした。
自分の胸の前には抱きやすいような身体を持つ華奢な女性。
左腕を彼女の身体に回して、包み込むように全身で抱く。
彼女の呼吸。
身体が波打っているのがわかる。
「俺はこれを充電にしたいなぁ」
すっかり包み込まれてしまった彼女が身震いさせて、もっと近づいてくる。
胸に顔を埋めた彼女が一言。
「私も充電されちゃうけど大丈夫……かな……?」
「腕枕とお互い様でしょ」
「そうかもね」
安心してくれたのか、柔らかな肢体の力が引いていく。
次は左腕で彼女の頭を抱えて撫でた。
収まりがいい。
男女の身長差はこういう時に発揮されるのか。
ぬいぐるみを抱えて眠る赤子の気持ちが良くわかる。
安心する。充足している。
先ほどから感じないでもない彼女の豊満なある感触に気を取られる。
でも、自分から触れたいとかそういうのではない。
包み込まれたい。
少しくらい欲を出しても彼女は許してくれそうなのだから。
まあ、何を言ってもカッコつかないな。
男の夢だ。
「柚季さん。今と同じこと、俺にしてほしい」
「さん付け、辞めてくれたらしてあげる」
胸の中で少し呆れたようにも思える笑顔で言ってきた。
「柚季……さん。お願いします」
「”さん”ってつけたの聞こえたよ?やり直し」
額を胸に擦りつけてやり直せと言ってくる。
「おねがい。柚季」
「はい」
自分の胸から離れていく柚季さんに気が付いて、腕の力を抜く。
目前に彼女の胸元がやってきたかと思うと、間髪入れず、顔を捉えられ彼女の腕に包まれた。
しなやかな弾力。例えようもない、新しい感覚。
脂肪の塊?そんな夢のない喜びではない。
俺は幸せの弾力と言い表そうと思う。
「どう、幸せ?」
少し声が上ずって聞こえた。
「シアワセデス」
彼女の胸の中でパジャマに声がかき消された。
「なんて?」
優しく聞いてくれるが、締め付ける力が強くて、彼女の胸元に更に押し付けられる。
「しあわせ」
それ以上、こちらから要望することはなかった。
なんせ今日、柚季が俺の彼女になったのだから。
少しずつ彼女と幸せを噛みしめていきたいのだから。
「もうちょっとエッチなこと……してもいいんだよ?」
彼女が声にならない声で耳元に囁く。
「大切にしたいじゃん。ひとつずつ、ひとつずつ」
「今……”ふたつ”使ってるから、説得力無いね」
俺は彼女の胸元で埋もれながら、幸せを噛みしめた初めての夜だった。
(第十二話へつづく)
お読みいただきありがとうございました。
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(次話から初の恋人デート始まります)
好評頂けましたら、執筆スケジュールをリスケします。




