666の門 ― 混沌の果て
船の甲板 ― 霧の中の影
ルイフェルが甲板に出た瞬間、濃い霧が大きくうねり、闇の中から巨大な影が姿を現した。
それは――ドゥーム。黒鉄の鎖を引きずり、繋がれた霊の群れを従え幽霊船とともに現れていた。
ドゥーム(低く、不気味に笑って)
「……こいつが目当てか?」
鎖の先には、もがく一人の霊――リーザの父がいた。
苦痛に顔を歪めながらも、必死に鎖を引きちぎろうとしている。
ドゥーム(鎖を強く引きながら)
「こやつは我に逆らった……。ならば、魂ごと混沌に落としてやろうか……永遠になぁ」
(ニヤリと笑みを浮かべ、今度はルイフェルに視線を移す)
ルイフェル(怒りで体を震わせながら)
「……貴様……!」
その殺意を受け止めたかのように、ドゥームは愉快そうに肩を揺らす。
ドゥーム(飄々とした口調で)
「おっと……直接やり合うのは疲れる。今は、な……」
そう言い残すと、無数の幽霊を引き連れたまま、濃霧の中へと溶けて消えていった。
――不気味な鐘の音だけが、なおも海に響き渡っていた。
ルイフェルは身構え、霧の奥を鋭く睨みつける。
その背後で、アーシアが心配そうに声をかけた。
アーシア(不安げに)
「ルイフェル様……どうかお気をつけてください」
ルイフェル(肩越しに振り返り、にやりと笑って)
「りゃーかい! 大丈夫だって! ……無事に倒したらさ、また可愛い寝顔、見せてくれよ」
アーシア(顔を真っ赤にして、思わず声を荒げる)
「し、知らないですっ!」
(そのやり取りを見ていたひめなが、冷たい声でぴしゃりと言い放つ)
ひめな(無表情で)
「イチャイチャ禁止」
ルイフェルとアーシアは同時に肩をすくめ、
「はい……」と返すしかなかった。
だがそのやりとりの一瞬後、再び霧の奥から鎖の音が響き渡る。
戦いの幕が、確かに開こうとしていた。
ルイフェル(魔槍を構え、翼を大きく広げて)
「ひめな、飛ぶぞ!」
ひめな(短く、冷静に)
「了解」
――ガラガラ……ジャリン……。
鎖の不気味な音が霧の中から響き、船全体が大きくきしむ。甲板がぐらりと揺れ、海は黒々と波立っていた。
ルイフェルはひめなを槍の姿に変えると、迷いなく空へと飛び立っていく。
その頃――。
船内にいた船員たちが次々と甲板へ駆け上がり、結界の札や武器を手に体制を整えた。
エルフィナ達もその列に加わり、船員たちと肩を並べて戦闘の備えを固める。
女船長の声が響き渡り、緊張感に包まれた空気が一気に引き締まった。
一方その頃。
船室の片隅。
天使ちゃんはベッドに倒れ込んで、すやすやと寝息を立てていた。
天使ちゃん(寝言で)
「アーシアちゃ〜ん……だいふき〜……すやぁ……」
ノーム(呆れたように、杖の先をカタカタ鳴らしながら)
「……大物じゃのぉ。戦の前に寝られるとは……なかなか真似できん芸当じゃわい」
(船全体が揺れる中でも、天使ちゃんの安らかな寝顔は、逆に周囲の緊張を和らげているようだった)
甲板は激しく揺れ、船体がきしむ音が響く。
アーシアは必死に踏ん張りながら、両手を広げて叫んだ。
アーシア
「すごく揺れてます! このままでは転覆してしまいます……! 全体に結界を貼ります! でも、私一人じゃ無理です……ミャーリさん、天使ちゃん、お願い――!」
振り返ったアーシアは、仲間の姿を探す。
だが――。
アーシア(戸惑って)
「はい? ……天使ちゃん??」
ミャーリ(耳をぴくりと動かしながら)
「甲板に出る前、ちらっと天使ちゃんの船室を見たら……寝てたにゃ。急いでたからそのままにしてきたにゃ。ま、まだ起きてないかもにゃ……!」
アーシア(絶句して目を見開き)
「ええええええーーーー!!!???」
船が大きく軋む音と同時に、アーシアの叫び声が甲板にこだました。
甲板に響き渡るアーシアの声を聞きつけ、エルフィナが駆け寄ってきた。
ドレスの裾をたくし上げながら、真剣な眼差しで問いかける。
エルフィナ
「アーシア様、どうされましたの!?」
アーシア(涙目で、必死に)
「て、天使ちゃんが……寝たままで……! 今すぐにでも結界が必要なのに……!」
エルフィナは一瞬だけ驚いた顔を見せたが、すぐに表情を引き締める。
エルフィナ
「……わかりました! わたくしが起こしてきます!
メイ=スケはついてきて! ティナ=カクはアーシア様方を守っていて!
アーシア様は準備を整えてお待ちくださいませ!」
そう言い残し、エルフィナとメイ=スケは船内へ駆け込んだ。
――船室。
寝台のそばではノームが何度も声を張り上げていた。
ノーム
「おい! 起きんか! ええい、こんな時に……!」
エルフィナ(すぐに駆け寄り、毅然と)
「ノーム様、ご苦労様です! あとはわたくし達にお任せください!」
メイ=スケ(口元をゆるめて)
「……なるほど。例の“あれ”ですね?」
エルフィナ(ニッと笑い、指を突きつけ)
「そうよ! わたくしは脇を、あなたは足を!」
メイ=スケ
「了解〜! よし、せーのっ!」
二人が同時に手を伸ばし――。
エルフィナ&メイ=スケ
「それーーーっ! こちょこちょこちょっ!!!」
天使ちゃん(跳ね起き、涙目で爆笑)
「ぶははははーーっ! や、やめてくださいですぅーー!」
エルフィナ(得意げに笑みを浮かべ)
「ふふっ……やはり効きますわね!」
天使ちゃん
エルフィナ様、そんなことより早く甲板に行かないと!
エルフィナ 苦笑い
あなたがいいますか!?
メイ=スケ
以外に天使ちゃん図太い性格、くふふ
霧の奥で、鎖が唸りをあげた。
ドゥーム(低く、不気味に)
「……愚かな者よ」
鎖が鞭のようにしなり、ルイフェルへと襲いかかる。
ルイフェル(わざと魔槍に鎖を絡ませながら)
「よし……なら、力比べといこうじゃないか!」
ドゥーム(高笑いしながら)
「ふははははッ! 叶うと思うか?」
ルイフェル(自信ありげに笑みを浮かべて)
「充分だ! なんなら他の鎖もまとめて巻きつけて構わないぞ!」
挑発に乗ったドゥームは、両腕を広げ無数の鎖を一斉に飛ばした。
ヂャラヂャラ……ビューンビューン……!
音を立てて四方から絡みつく鎖。
ルイフェルの身体は瞬く間に鎖に覆われ、見えなくなる。
ドゥーム(嘲笑を浮かべ)
「クク……己の未熟さを呪うがいい」
だが――。
ルイフェル(ふっと笑みを浮かべ)
「……どうかしたか?」
全身に力を込めた瞬間、絡みついた鎖がバキバキと音を立て、あっさりと断ち切られていく。
ドゥーム(愕然として)
「な、なんだと……!?」
ルイフェルは魔槍に絡んだ一本の鎖を引き寄せ、力を込めて叫んだ。
ルイフェル
「そりゃあああッ!!」
鎖をおもいきり引き寄せた勢いで、ドゥームの巨体が霧の中から引きずり出される。
ドゥーム(額に汗を浮かべ、低く呻く)
「……ぐっ……!」
その時。
ルイフェル(魔槍を構え、静かに呟く)
「──“分身”」
ひめなの魔槍から放たれる魔力が、残像を実体化させる。
次の瞬間、三人のルイフェルが同時に姿を現した。
ルイフェルたち(三人同時に声を放つ)
「──魔槍三連突ッ!!」
三本の魔槍がドゥームを貫かんと迫る――が、その矛先は霊を繋ぐ鎖だった。
ザッシューーーッ!!
鎖が次々と断ち切られ、苦しげに呻いていた霊たちが解放されていく。
ドゥーム(慌てふためき)
「な、何をする!! しもべ達が〜!!!」
ルイフェル(ギラリと見据えて)
「おい! しもべだと? おまえにはしもべなど最初っからいない!! 無理やり操ってただけだろうがぁ!!!」
ドゥームは霧を噴き出し、その身を覆いながら再び逃げようとする。
ルイフェル(金色の瞳を光らせ、低く唸るように)
「……逃がさない!!!」
魔槍を振りかぶり、霧に覆われた空を睨みつける。
ルイフェル(魔槍を大きく振りかぶり、霧空を睨みつけて)
「――天を裂けぇッ!!!」
――ズバァァァァンッ!!!
空間そのものが悲鳴を上げるように裂け、眩い黒い閃光と共に亀裂が走った。
ルイフェル(高らかに叫ぶ)
「黒き門!!! “666の門”来たれ!!!」
灰色の霧空が真っ二つに裂け、そこから異界の裂け目が現れる。
空間そのものが悲鳴をあげるように軋み、黒き“666の門”が姿を現した。
ギィイイイイィィ……!!
門の開く音が不気味に響きわたる。
開かれた門の奥からは無数の漆黒の鎖がうねりを上げ、獲物を求めるように暴れ出す。
ルイフェル(槍を掲げ、怒声を放つ)
「ドゥーム! これが“本物の鎖”だッ!! 貴様の穢れた魂ごと、飲み込まれて消え失せろォ!!」
鎖の奔流がドゥームを絡め取り、抗う間もなく門の奥へと引きずり込んでいく。
ドゥーム(断末魔の叫びを上げながら)
「や、やめろぉーーー!!!」
ギィイイイイィィ……!! バターン!!!
門が閉じる音が重く響き渡り、海と霧の空気を震わせた。
リーザの船室。
静かな灯りの下、かすかな光の粒が揺らめきながら形を成す。
そこに現れたのは――優しい笑みを浮かべた父の姿だった。
リーザ(涙で滲む視界のまま)
「……お父さん……?」
父の霊は何も言わず、ただ小さな娘の頭に手を伸ばす。
温もりを感じるようなその仕草に、リーザは声を震わせた。
リーザ
「お父さん……よかった……ありがとう……ありがとうございます……」
父はゆっくりと微笑みを残し、そのまま淡い光となって消えていく。
リーザは両手を胸にあて、泣きながらその光を見送った。
――彼女の頬を伝う涙は、悲しみだけではなく、確かに安堵と救いの色を帯びていた。
船室に静寂が戻る。
リーザは涙で濡れた顔を上げ、小さな声で呟いた。
リーザ
「……さよなら……お父さん……」
その声は、波の音に溶けるように消えていった。
――つづく。
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