トライヤの闇
──時間は、アーシアたちの出発後にさかのぼる。
ルイフェルたちを見送った後、エルフィナは護衛のティナ=カクとメイ=スケとともに、馬と馬車を預けている広場に戻っていた。
そのとき──
???(息を切らしながら)
「あっ……エルフィナ様……!」
駆け寄ってきたのは、エルフィナが支援している施設のひとつで暮らす少女、クレアだった。
いつもより顔色が悪く、服もやや乱れている。
クレア(必死の様子で)
「施設の子が……行方不明なんです……!」
その言葉に、エルフィナの表情が引き締まる。
エルフィナ(すぐさま頷いて)
「乗って。すぐ案内して。――カク、スケ、準備を」
ティナ=カク(短く)
「了解しました」
メイ=スケ(つぶやくように)
「……なにか、嫌な予感がするね」
馬車はすぐに出発し、クレアの案内で施設へと向かう。
⸻
【施設前──少し後】
施設の中庭では、大人たちが子供たちを集め、あたりを見回していた。
どうやら、行方不明になった子を探していた最中に、クレアもいなくなっていたようだった。
そんな中、馬車が静かに門の前で止まる。
馬車から降り立つエルフィナたちを見て、年老いた女性──新しい園長が慌てて駆け寄ってくる。
園長(柔らかな笑顔で)
「まぁ……これは。ようこそおいでくださいました。ご迷惑をおかけしまして……クレア、おいでなさい」
クレアは少し身をすくめ、エルフィナの袖をぎゅっと握ったまま動かない。
園長(やや焦り気味に)
「ああ……えぇ、このひと月前に園長を引き継ぎまして。子供たちがまだ慣れていないのかもしれません。ふふ……」
エルフィナは微笑みを崩さず、視線だけを静かに園長に向ける。
エルフィナ(探るような声音で)
「そうですか? ……前の園長は、どうされたのですか?」
園長は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せると、曖昧な笑みを浮かべた。
園長(やや曖昧に)
「体調がどうとかで……辞められたみたいです」
その答えに、エルフィナは一拍も置かず、すぐさま問いを重ねた。
エルフィナ(少し語気を強め)
「いま、どちらで療養されておられるのですか?」
一瞬、園長の肩がわずかに揺れる。
園長(目を逸らしながら)
「さぁ……そこまでは……申し訳ありません……」
エルフィナは微笑みを崩さぬまま、静かに言葉を返す。
エルフィナ(穏やかに)
「いえいえ。お気になさらず」
──しかし心の中では、明確な疑念が浮かんでいた。
(報告もなく、園長が交代していた……)
(この施設には、私が寄付をしている。それなのに、何の連絡も……)
その不自然さに、エルフィナは強い違和感を覚える。だが、ここで騒ぎ立てるのは得策ではないと判断し、あえて追及を避ける。
(今はまだ……調べるのは後でいいわ)
彼女は静かに、けれど確かに決意を胸に刻んだ。
「クレアさん! 公爵様のご令嬢様にご迷惑になります、来なさい!」
突然、園長とエルフィナの会話に割って入るように、鋭い怒声が飛んだ。声の主は園長よりもやや若く見える女性で、その目は鋭く、怒気を含んでいた。
女は一歩前に出て、エルフィナに深く一礼する。
女(丁寧な口調に切り替え)
「これは、令嬢様。失礼をいたしました。わたくし、施設の子供たちの教育係をしております、コルクと申します」
そう名乗ると、コルクはちらりとクレアに視線を向け――冷たく睨みつけた。
コルク
「クレアがご迷惑をおかけしまして……」
(……また見たことのない顔。コルク? こんな職員、いたかしら?)
エルフィナの心の中に、不穏な疑問がよぎる。
(それにしても……)
目の前のコルクが、エルフィナを「どこかの公爵家の令嬢」と勘違いしていることは明らかだった。煌びやかな馬車、そしてティナ=カクとメイ=スケという護衛――そのどれもが、十分にそう誤解させる装いだった。
エルフィナは微笑みを保ったまま、静かに様子を伺っていた。
このままでは話が進まないと判断し、
エルフィナは静かに一歩前へ出た。
エルフィナ(やんわりと微笑んで)
「わたくし、この施設に継続的な寄付をさせていただいております。そして……改めて名乗らせていただきますね。わたくしは、この王国の第五王女――エルフィナと申します」
その言葉に、園長とコルクの顔色が明らかに変わった。驚きと戸惑い、そして焦りが交錯した表情。
エルフィナ(微笑を崩さぬまま)
「それでクレアさんは、今日は“わたくしのお客様”ということでお連れします。少し様子も見たいと思いまして」
にこりと微笑んでそう言った瞬間、園長が慌てて口を開いた。
園長
「い、いえ、エルフィナ様にご迷惑がかかっては……それは……」
すぐに続けるように、コルクもかしこまった態度で言葉を添える。
コルク(焦ったように)
「は、はい。な、何卒そのようなことは……お引き取りいただければ……」
エルフィナ(手をそっと振ってやんわりと)
「大丈夫ですわ。今日はクレアさん、少し興奮気味ですし、もしかしたら熱があるのかもしれません。王都の医師に診せますので、わたくしが預かりますわ」
園長
「い、いえいえ……そんな、滅相もございません。そのようなことをされては……」
その瞬間、ティナ=カクが鋭く前に出た。
ティナ=カク(凛とした声)
「王女様が決めたことに反対する――それは、不敬にあたりますが?」
その言葉に、園長とコルクは一瞬凍りつき、すぐさま頭を下げた。
園長・コルク(揃って)
「……わ、わかりました。お願い申し上げます……」
エルフィナは何も言わず、クレアの手をそっと取った。
その背中には静かな威厳が漂い、誰もそれを止めることはできなかった――。
つづく
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イラストはこちら(Pixiv)
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