誘拐
「おい!あいつ……さっきの亜人じゃねぇか?」
市場の裏路地で、交換屋の主人がミャーリに気づいた。鋭い視線が突き刺さる。
「やばいにゃ……」
ミャーリは身をすくめ、足早にその場を離れようとする。――が、すぐに後悔が頭をよぎった。
(ウルワと別れなければよかったにゃ……)
香辛料屋のスパイスにくしゃみが止まらなくなったウルワを気遣い、ミャーリは一人で買い物を続けていたのだ。
「逃がさねぇ!」
背後からガサリと大きな音。振り返る間もなく、巨大な影がミャーリを捕まえた。リザードマンの男が、首根っこを掴んでミャーリを軽々と持ち上げる。
「こいつ、見てたぞ。気をつけろよ」
交換屋と袋を抱えた男たちに言い放ちながら、リザードマンはミャーリを顔の近くに寄せる。
「おいしそうだなぁ〜」
その言葉を最後に、ミャーリは恐怖で気絶した。
⸻
……どこにゃ……?
うっすらと目を開けると、そこは暗い倉庫のような空間だった。隅からか細い声がした。
「お姉ちゃん、起きた? だいじょうぶ?」
見ると、そこには小さな女の子がいた。どうやら一緒に誘拐されたらしい。
「うん……ありがとうにゃ……」
自分よりも小さな子に心配され、ミャーリは自分の情けなさに悔しさがこみ上げる。
(しっかりしないと……私がこの子を守らなきゃ)
そう思った瞬間、外から声が――
「ミャーリーーーッ!」
その声は聞き覚えのあるものだった。倉庫の扉が勢いよく開かれる。
「ここにゃー! 助けてにゃー!!」
ドアを突き破って現れたのは――テイトだった。
「大丈夫か、ミャーリ!」
その瞬間、ミャーリはほっとして、再び気を失った。
⸻
再び目を覚ましたとき、ミャーリはふかふかのベッドの上にいた。
「ここは……どこにゃ?」
すると、天井からシュバッと音がして、黒髪のメイド服の女性が落ちてきた。
「にゃーーーーっ!?!?」
ミャーリが驚いて叫ぶと、その女性はすっと着地して微笑んだ。
「ど どこからにゃ!?」
「上からです。天井にいました」と少し妖艶に笑った。
そこにテイトがドアを開けて駆けつけてきた。
「どうした!?……あーやっぱり、こいつか……普通に出てこいよ!」
「はっ、親方様……」
「だから親方じゃなくていいってば。もう……」
テイトはため息をつきながら説明した。
「こいつは“さすけ”。メイドで、忍者だったんだが、訳あってうちで面倒見てるんだ」
ミャーリはちょっと苦笑いしながら思う。
(なんかテイトさんらしいにゃ……優しい人にゃ)
そしてテイトは、自分がトライヤの近衛兵団大隊長であり、誘拐事件を追っていたこと、そして少女も無事保護されたことを話してくれた。
⸻
その後、ミャーリはさすけとテイトに見送られ、宿へと戻った。
しかし心の奥に、モヤモヤが残る。
(……2人とも、心配してくれてるのかな……)
帰ってみると、アーシアとルイフェルはそれぞれの部屋で寝ていた。
「私なんて……やっぱりお荷物にゃ……」
落ち込むミャーリのもとに、ノームがふわりと浮いてやってきた。
「お主が帰らんから、アーシア殿もルイフェル姫も一晩中探しておったぞ。偶然出会ったテイト殿のところとわかり、安心したのか疲れて、今朝になって、ようやく寝たところじゃ」
「……ほんとに? ふたりとも……」
「心配で喧嘩どころではなかったのじゃ。まったく手のかかる……いやいや、優しい奴らじゃのう」
ノームの優しい言葉に、ミャーリは胸が熱くなった。
「……嬉しいにゃ……」
そしてミャーリは、キッチンへと向かった。
香辛料屋さんで買った材料を使って、2人のために手作りのシャンプーを調合する。手頃な瓶に、それぞれの好みに合わせた香りを詰め込んだ。
「……仲直りしてもらいたいし、心配させたお詫びにゃ……」
ノームはその背中を、静かに、そして優しく見守っていた。
――つづく。




