再会と許しの部屋
大神殿に到着した一行は、静かな回廊を進みながら息を整えた。
白い石造りの壁に光が反射し、どこか厳かでありながら、柔らかな空気が流れている。
神官に案内されたアーシアたちは、すぐに告げられた。
「大神官ダイナ様は、今はお部屋でお休みになっております」と。
アーシアは少し考えてから、皆を見回した。
「……あの、私、先に一人で会ってもいいですか?」
エルフィナは微笑みながらうなずく。
「もちろんですわ、アーシア様。ゆっくりお話してきてくださいませ」
⸻
大神官ダイナの部屋
アーシアは静かに扉の前に立ち、軽くノックをした。
「コンコン。」
しばらくして、中から年老いた男性の穏やかな声が響く。
「はい。……どなたですか?」
「アーシアです。聖女アーシアです。」
「……そうかぁ。入りなさい。」
その声に導かれ、アーシアはそっと扉を開けた。
部屋の中では、大神官ダイナがベッドの上で半身を起こし、弱々しくも優しい笑顔を向けていた。
「大神官ダイナ様……お体、大丈夫ですか?」
「ははは、ああ〜もう歳かもしれんが……大丈夫だよ」
彼は苦笑しながらも、柔らかく目を細めた。
「それよりも、アーシア。すまなかったね。操られていたとはいえ、あの時は施設の子どもたちやシスター、君たちにも迷惑をかけた」
アーシアは首を横に振り、優しく微笑んだ。
「そんな……仕方ないですよ。私こそ、いろいろとすみませんでした」
「いやいや、それからね……」
ダイナは照れくさそうに笑う。
「つい先日、シスターから聞いたよ。アイドル活動の件……あれも、嫌な思いをさせてしまったんじゃないかと反省しているんだ」
アーシアの目が潤んだ。
「いえ……そのことは、もうシスターからも聞きました。私のために、考えてくださったんですよね。私のことを心配して……本当に、ありがとうございます」
ダイナはしわだらけの手で胸を撫でおろし、穏やかに笑った。
「……じゃあ、許してくれるのかい?」
「もちろんです」
アーシアは涙をぬぐいながら、まっすぐに答えた。
「今の私があるのは、皆さんのおかげです。ダイナ様にも、ちゃんとお礼を言いたかったんです」
「……ありがとう、アーシア。優しくなったね。友人たちのおかげかな?」
「はい!」
アーシアは笑顔を取り戻すと、思い出したように声を上げた。
「そうだ、今日はダイナ様に会いたいって言ってる子たちも一緒に来てるんです!」
「おお、そうか! それはいかん、待たせちゃいけないな!」
ダイナは勢いよく布団を払って起き上がろうとした。
「法衣を着て、すぐ――うぐぅっ!? こ、腰がぁ……!」
「だ、大丈夫ですか!? 無理なさらないでください!」
アーシアは慌てて肩を支え、困ったように笑った。
「その子たちを……私が呼んできますね」
⸻
再び、皆とともに
やがてアーシアが戻ると、エルフィナ、ミャーリ、天使ちゃん、ルイフェルの姿があった。
部屋の中に明るい空気が広がる。
大神官ダイナはベッドに腰かけたまま、深々と頭を下げた。
「よく来てくださいました。ありがとうございます。
そして……そちらにいるのは、ルイフェル様ですね? 召喚された際は、邪険にしてしまい――申し訳なかった。代表して謝らせてください」
ルイフェルは腕を組んだまま、穏やかに言葉を返した。
「いや、我はもう何も思っていない。……頭を上げてくれ」
「感謝します……!」
ダイナはしみじみと頭を下げたあと、ふと金髪の王女に目を留めた。
「おや……そのお姿はもしや……?」
エルフィナは胸を張って優雅にお辞儀をする。
「トライヤ王国第五王女、エルフィナです。どうぞよろしくお願いいたしますわ」
「おおっ……王女様!? う、うわぁ、こ、こんなところに……ありがとうございます!」
ダイナは慌てて額の汗を拭き、顔を真っ赤にして手を振った。
そして、羽をぱたぱたと動かしていた天使ちゃんを見て、さらに目を丸くする。
「こ、これは……! まさか……天使様では!? わ、わたしを迎えに来たのですか!? もう寿命が――」
「ちがいますよ〜!」
アーシアが笑いながらツッコミを入れる。
「友達です!」
「……とも、だち?」
目を白黒させるダイナ。
天使ちゃんはにっこり笑って、手を振った。
「は〜い♡ 友達ですぅ〜!」
「わたしも友達にゃ! 耳あるにゃ〜!」
ミャーリも元気にアピールして、猫耳をぴくぴく動かす。
「おぉ、猫族かぁ。……なんだかホッとするわい」
「リアクション薄いにゃ……」
ミャーリはしょんぼりしながら、耳を伏せた。
その横で、エルフィナが勢いよく手を上げた。
「そ、そのぉ〜! わたくし……アーシア様グッズのことをお聞きしたくて参りましたのっ! ぜひ、詳細をっ!」
「えっ、あのグッズ!?」
天使ちゃんとミャーリも目を輝かせ、同時にうなずく。
ダイナは照れながらも嬉しそうに笑った。
「ほほぉ〜。あれは試行錯誤の末、ようやく形になりましてな。
“いかにアーシアを可愛く作るか”が肝だったのですよ〜!」
「可愛く……!」
エルフィナが食いつき、ミャーリも尻尾をバタバタさせた。
天使ちゃんは「うわぁ〜♡」と両手を合わせ、完全にファンの顔になっている。
その光景に、アーシアは顔を真っ赤にしながら苦笑いした。
ルイフェルが小声で囁く。
「……いいのか、アーシア」
「はい……もう、恥ずかしいですけど」
アーシアは照れたように微笑んだ。
「吹っ切れました。みんなが笑ってるなら、それでいいです」
やがて、部屋は和やかな笑い声で満たされた。
ダイナ、エルフィナ、ミャーリ、天使ちゃんが次々と“アーシアグッズ談義”を広げ、
その光景を眺めるアーシアの胸には、静かな温もりが広がっていった。
――戦いのあとの穏やかな時間。
それは、懐かしい“日常”のようでもあり、心の奥に灯る“希望”のようでもあった。
後日…船食堂
元気になった大神官ダイナは、新しいアーシアフィギュアをエルフィナ達の船に宅配した。
食堂のテーブルに運ばれてきた大きな木箱を開けた瞬間、
中には精巧に作られたアーシアのフィギュアが並んでいた。
エルフィナは目を輝かせて声を上げた。
「すごい可愛いですわ♡」
天使ちゃんは両手を胸に当て、うっとりと見つめる。
「ラブリーですぅ♡」
ミャーリは尻尾をぴんと立てて興奮気味に叫んだ。
「これはすごいにゃ!ハートぶち抜きにゃ♡」
その様子を、アーシアはジト目で見つめていた。
(……反省されたのかしら。大神官ダイナ様は本当に)
彼女の脳裏に浮かぶのは、笑顔でフィギュア完成を喜ぶ大神官ダイナの姿だった。
その表情は、どこか狂気じみた職人のようでもある。
アーシアは小さくため息をついた。
(……まぁ、元気になられたなら、いいんですけど)
船内には、今日も穏やかな笑い声が響いていた。
――つづく。
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