表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/147

波間の約束

船がゆるやかに揺れる。

医務室の窓から差し込む光が、淡く波の反射を照らしていた。

包帯に覆われたアーシアとルイフェルは、並んだベッドでぼんやりと天井を見つめている。


静寂の中で、アーシアがぽつりと呟いた。


「……私、もっとできたはずです」


その言葉に、隣のベッドのルイフェルがゆっくり顔を向ける。

彼女の金の瞳が一瞬揺れた。


「いや、アーシア……我こそ、こんな始末だ。情けない。

あめのや死神の二人に頼りきってしまった。我も、もっと……できたはずなのに」


アーシアは小さく首を振り、優しく笑った。


「いいえ……二人とも、ダメダメでしたね」


一瞬の沈黙のあと、ルイフェルは息を吐き、苦笑を浮かべる。


「……そうだな。もっと強くならないとな。お互いに」


「はい♡……好きです、ルイフェル様」


その一言に、ルイフェルは思わず目を見開いた。

頬がみるみる赤く染まり、慌てたように上体を起こす。


「な、なっ……なんだぁ、いきなり!?」


アーシアは、少し潤んだ瞳で微笑んだ。


「今回、ルイフェル様を失うんじゃないかと思って……辛くて。

だから、自分の気持ちに素直になろうと思ったんです。

……言いたくなりました。

ルイフェル様は?」


ルイフェルは視線をそらし、もごもごと唇を動かした。


「う、うん……あれだ、我も……す、好きだ……ぞ」


「聞こえな〜いです♡」


アーシアがいたずらっぽく微笑むと、ルイフェルは両手をバタバタさせながら真っ赤に叫んだ。


「あーもーっ! 好きだーっ!!」


アーシアは頬を染め、嬉しそうに笑う。


「てへへ……ルイフェル様、私もだーいすきです♡」


その瞬間――


ガチャッ!


医務室のドアが勢いよく開いた。


「うわぁぁぁぁっ!!!」


二人の悲鳴が同時に重なる。


扉の向こうに立っていたのは、猫耳をぴくぴく動かすミャーリだった。


「なにやってたにゃ〜? 二人でぇ〜?」


アーシアとルイフェルは顔を真っ赤にし、同時に首を振る。


「な、何も〜っ!!」


ミャーリはじとっとした目を向けたあと、にこりと笑った。


「まぁいいにゃ〜。

あめのちゃんと死神ちゃんの召喚時間が、もうすぐ終わるにゃ。

二人に来てほしいにゃ〜。動けるかにゃ?」


アーシアはハッと顔を上げる。


「あっ……そうみたいですね。気づくのが遅くなりました」


ルイフェルは包帯の腕を軽く回し、立ち上がる。


「よし、行くか」


二人はまだ少しふらつきながらも、扉の外へ向かって歩き出した。

波音と足音が静かに重なり、次の別れが近いことを、誰もがうすうす感じていた。



夜の海が、静かに波を揺らしていた。

食堂には、戦いを終えた仲間たちが集まっている。

漂う香ばしいスープの匂いと、遠くから聞こえる潮騒。

それでも、空気にはどこか寂しさが混じっていた。


長いテーブルの上座にはベルゼバブ、

その隣には、瀕死の重傷から奇跡的に回復したゾイル、

そしてリリスの姿もあった。


――だが、メデューサ三姉妹の姿はない。

召喚時間が尽き、先に帰還したという。


「ルイフェル、あんたよくやったよ」

ベルゼバブがニヤリと笑う。


「まだまだだけどね〜。……あ、私も召喚時間らしいよ」

(腕を見つめながら)

「体が透けてきた。――しっかりやりなよ! また召喚しておくれ! じゃあね!」


その言葉を最後に、彼女の身体は黒霧が渦を巻き、鈍い赤の閃光を残して消滅した。

残ったのは硫黄と花の香りが混じったような、どこか懐かしい匂いだった。


静寂が一瞬流れ――ゾイルが笑い声を上げた。


「リリス、ありがとう! あんたのおかげで命拾いしたよ!

また召喚されたら、ご馳走するよ!!」


リリスは肩をすくめて笑い、軽く手を振る。


「ふふっ、またね〜♡ ルイちゃんもいろいろ頑張ってね。

天使ちゃんもありがとう、すっかり体は治ったわ〜。じゃあ!」


その笑顔を残して、彼女も唇に微笑みを残したまま、リリスの体は黒薔薇の花弁のように崩れ、

闇の風に散って消えた。



やがて――海ちゃんとあめのちゃんが、アーシアの前に立つ。

海ちゃんは少し申し訳なさそうに微笑んだ。


「今回、私、全力尽くしちゃって……魔力がなくなっちゃったんでぇ。

残るのが難しいです。それでね、あめのちゃんに“召喚剰余”しようと思うの。

その方が、いろんな面でアーシアちゃんたちを助けられるって話になって……

リーダーの、あめのちゃんに任せることにしたの。

……ごめん。アーシアちゃんに相談しないで決めちゃって」


アーシアは驚いた顔で首を振り、真剣な瞳で海ちゃんを見つめた。


「いえ……いろいろ考えてくださって、ありがとうございます。

海ちゃん。また召喚の力が戻ったら……そのときは、またお願いしますね」


海ちゃんは少し涙ぐみながらも、笑って頷く。


「うん! 私も魔力回復に専念しとくね!」


その後ろで、死神ちゃんがアーシアの前に歩み出る。

次の瞬間――ぼろぼろと涙をこぼし、アーシアに飛びついた。


「帰りたくな〜い〜! うわ〜ん〜!」


(アーシアの胸に抱きつく死神ちゃん)


ルイフェルはそれを見て、少しジト目になる。


(むぅ……アーシアに抱きつくのは我の役目だろうに)


アーシアは困ったように微笑んで、死神ちゃんの背を優しく撫でた。


「いつも助けてくださって、ありがとうございます」


「リュミナ様〜! なんとか〜なんとか〜してぇ〜!」


死神ちゃんが泣きながら叫ぶと、

アーシアの身体がまばゆい光を放った。


「うわっ……!?」

ルイフェルが目を細める。


光の中で、アーシアは何かを感じ取ったように目を見開く。


「……死神ちゃんさん、残れます!

リュミナ様が私に言いました。召喚のレベルが上がって、三人なら大丈夫らしいです!」


死神ちゃんは喜びかけて――しかし、ふと顔を伏せた。


「……でも、海ちゃんに悪いから……」


海ちゃんはそんな死神の肩を軽く抱き寄せ、いつもの調子で笑った。


「気ぃ使わなくていいよ〜。ははっ、よかったじゃん、死神〜!」


「う、うん……ありがとう」


そのやりとりを見つめながら、天使ちゃんが涙をこらえて微笑む。


「海ちゃん……ありがとう。絶対、また会ってね」


海ちゃんは少し意地悪そうに口を尖らせて言った。


「どーしよーかなぁ〜?」


「え〜っ!?」


天使ちゃんが目を丸くすると、海ちゃんはいたずらっぽく笑う。


「うそうそ〜。じゃあー! みんなー! またねっ!」


その瞬間、あめのが立ち上がり、拳を軽く掲げる。


「あんたの分も、うちが責任持ってやるさかいなー!」


海ちゃんは少し驚いたように目を丸くして、ふっと微笑んだ。


「……頼もしいね、リーダー。じゃあ、お願いね」


手を振る海ちゃんの姿が、ゆっくりと光に溶けていった。


残されたみんなは、しばらくその光の跡を見つめ――

そして、誰からともなく笑顔を交わした。


夜はまだ長い。

涙をぬぐい、再び杯が掲げられる。


笑いと涙が交じり合う中、

祝杯の宴は夜通し続いた。


――そして、夜明けとともに。

彼らの新たな旅が、静かに始まろうとしていた。




つづく

【外部サイトにも掲載中!】


イラストはこちら(Pixiv)


https://www.pixiv.net/artworks/132898854


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ