崩壊の序曲
闇の奥――低く、鋭い声が響いた。
「防御魔法! 転移!」
直後、眩い光が弾けた。
だが、死神ちゃんの鎌はその防御魔法を難なく貫いた。
空気を裂く一閃。光の壁が粉砕され、波紋のように広がる。
しかし――そこには、もう誰もいなかった。
バルムートも、ゼレギアグレスの姿も。
「……?」
死神ちゃんは鼻をひくひくと動かした。
「くんくん……どこ〜?」
血の匂いも、砂の残り香も漂っている。
だが、相手の気配は掴めない。
彼女はゆっくりと大舞踏室の窓を開けた。
その瞬間――夜風が吹き込み、カーテンが揺れる。
視線を上げると、窓の少し上の空間に三つの影が浮かんでいた。
黒い巨躯のバルムート。
砂をまとい宙に漂うゼレギアグレス。
そして――その中央に立つ、仮面の紳士。
「わたくしは、モリアートと言います。死神さん――」
冷ややかな声。
死神ちゃんは鎌を構え、鋭い眼光で睨みつけた。
モリアートは帽子のつばを指で押さえ、優雅に微笑む。
「いやぁ、すみません。もう時間がきましてね。
わたくし達はここでおいとまします。――巻き込まれたくないですし。」
その口元に、にやりと不気味な笑み。
そのとき――
空間が歪み、あめのがノームの転移術によって大舞踏室に現れた。
「あっ! モリアート見つけたで!!」
死神ちゃんが窓越しにモリアートを見ているのを察し、
あめのはすぐに窓際へと駆け寄った。
「何たくらんでるねん、おっさん!」
モリアートは楽しげに手を組み、穏やかな声で語り出した。
「実はですね、わたくし――魔道具を集めるのも使うのも大好きでして。
このルイザにある“ある魔道具”を、少し使いたくなりましてね。
ずっと……魔力を注いでおりました。」
「あぁん? 魔力を注ぐ? どんな魔道具やねん?」
あめのが眉をひそめ、ハンマーを肩に担ぐ。
モリアートは笑いをこらえながら続けた。
「はい、それはですね――。
その魔道具に“かなりの魔力”を注ぐと、爆発が起きるんですよ。
しかも、かなりのスケールの!!」
彼の声が高ぶる。
「だから……このルイザが“消し飛ぶ”ほどの魔力を注いであげましたー!!」
仮面の下で嗤い、肩を震わせる。
「みなさん、消えちゃいますよ〜。はははっ!
――それは、上空にありまーす。」
モリアートの背後で、バルムートとゼレギアグレスが身構える。
そして、三人の姿がふっと消えた。
一瞬の静寂。
風の音だけが残る。
死神ちゃんとあめのが同時に空を見上げた。
そこには――黒と紫の魔力が渦を巻き、夜空を飲み込むように広がっていた。
あめのが眉をひそめた。
黒と紫の渦――魔力のうねりが、まるで空そのものを飲み込むように広がっている
「あれか? やばいやん!!!」
その声には焦りも怒りも入り混じっている。
彼女はハンマーを握りしめ、振り返った。
「死神! アーシア達連れてこの場から撤退やー!!
――ノームに転移してもらい!!」
「……了解。」
死神ちゃんは短く返事をして、鎌を背にかける。
ふわんになりながら問い掛ける
「……あめの、リーダーは?」
風に髪をなびかせながら、冷静に尋ねる。
あめのは笑った。
その笑顔にはいつもの軽さが戻っていたが、瞳の奥には決意の光。
「城の屋根や!」
「あそこが、このルイザでいっちゃん高いとこやからな!
そこで――あの爆発、防ぐわ!!」
ハンマーを肩に担ぎ、
あめのは一歩、空へ向けて跳び上がる。
「まかしときー!!」
稲妻のような残光が、夜空に軌跡を残した。
その光の中、あめのの背中は確かに“希望”を背負っていた。
死神ちゃんは、その背を見送りながら――
小さく息をついた。
「……あめの。」
その声は、ゆっくりとした調子の中にも、確かな信頼が滲んでいた。
彼女は振り返り、玉座の間へと歩を進めた。
そこでは――床に、アーシアとルイフェルが倒れ込んでいた。
二人の身体は魔力の消耗でぐったりとし、意識もほとんどない。
その傍らでは、魔槍ひめなが静かに倒れ、何も語らず沈黙していた。
死神ちゃんはしゃがみ込み、鎌の柄をそっと地に立てた。
「……転移、開始〜。ノーム、お願い〜」
柔らかな声が響く。
その瞬間、鎌の周囲から淡い光の粒が広がり、空気がゆらめいた。
白い風が舞い、三人の身体を包み込む。
「……行こ、アーシアちゃん、ルイフェル。
リーダーは……だいじょうぶ、だから……」
まるで自分にも言い聞かせるように呟くと、
死神ちゃんの姿は、倒れた二人とともに光の中へ消えていった。
――つづく
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