沈黙の海に灯る影
船近く――氷漬けになったあめの。
凍てつく海の上、彼女を包む氷塊はまるで墓標のように静まり返っていた。
上空からその様子を見下ろす黒い影。
モリアートは帽子を深々と被り、仮面の奥で口角をゆっくりと吊り上げた。
「……残念。これぐらいで動かなくなるとは。
わたくしの勘違いでしたかね〜?」
氷の中――。
沈黙を破るように、ジュウゥ……ジュジュゥゥゥ……ッ!!
氷が焼ける音が鳴り始めた。
モリアートの視線がわずかに動く。
赤い光が氷の中心から漏れ出し、やがて泡のように膨れ上がる。
熱が、氷を内側から焦がしていた。
モリアートは指先で仮面の縁をなぞり、冷ややかに呟いた。
「ほう……まだまだ楽しめそうだ。ククッ……」
そして、空気を震わせる轟音が夜を裂く。
「どりゃあああああっ!!!」
ドガァアアアアーーン!!
分厚い氷が炎とともに爆ぜた。
火柱が天を貫き、海面が赤く照らされる。
その中心から、炎に包まれたあめのが姿を現した。
髪をなびかせ、燃える炎の柱の上で仁王立ちするその姿は、まるで炎の女神。
彼女はそのまま炎の柱をコントロールし、モリアートのいる上空の場所に近づける
「あんた……よう! やってくれたなー!!」
モリアートは帽子のつばを押さえ、落ち着いた声で笑う。
「ふふふっ……またお会いできましたね〜」
あめのはハンマーを肩に担ぎ、狙いを定めるように突き出した。
「倍にして返したるわー!!」
炎の渦がハンマーの周囲でうなりを上げる。
夜空に立つ二つの影――赤と黒の対峙が、再び始まった。
──そのころ、船甲板。
ミャーリは両手を胸の前で握り、オロオロと右へ左へ歩き回っていた。
「海が氷ついたと思ったら……ど、どうなってるにゃ!?
あっ、あめのちゃんが氷から出てきたにゃ! 燃えてるにゃあああ!!」
遠くの空で、炎の柱が夜を裂いて立ち上がっていた。
その異変に気づき、船の医務室からエルフィナがふらつきながら甲板へ出てくる。
ドレスの裾を押さえながら、息を荒くして辺りを見回した。
「いったい……これは? 氷……?」
ミャーリが振り返り、尻尾をぴんと立てて叫ぶ。
「あめのちゃんが敵と戦ってるにゃ! とても怖い敵が……!!」
遠く、氷の上では異様な動きをする影がいくつも蠢いていた。
それは――遠くで様子を見ていた悪魔の船にいた悪魔達が氷の上を走りこちらに向かって来ていた。
氷を砕くように足を踏みしめ、船へと一直線に走ってくる。
エルフィナはその様子を見て、すぐに判断した。
「ミャーリさん! 結界を強化してください! カクスケ! 力を貸して!!」
「はっ! わかりました!」
カクスケが剣を構え、氷の上に跳び降りる。
エルフィナもスカートを翻しながら船を降り、氷の大地を踏みしめた。
その青い瞳は真っすぐに悪魔達を見据えている。
ミャーリは甲板に両手をつき、結界を展開した。
光の輪が甲板全体を包み、魔力が軋む音を立てる。
「みんな……気をつけてにゃ!!!」
場面は変わり、
砕けた氷片が波間を漂い、空には稲妻が走っていた。
炎をまとったあめのの姿が、夜の氷の海を照らしている。
「なんやー! 空間転移かいな!? 当たらん!! 逃げるな! モリアート!!」
あめのの怒声が轟く。
ハンマーを振り下ろすたび、空気が爆ぜ、氷が溶けた海面が波立つ。
だがそのたびに、標的の姿は霧のように掻き消える。
「ふふっ……あめの嬢、焦ってますねぇ。」
モリアートの声が、どこからともなく響いた。
気づけば右、次は背後、またその上空。
まるで空そのものを歩いているようだった。
「遊んどるんかー!? 真面目に相手せぇ!!」
怒鳴るあめのを見下ろし、モリアートは片手を上げた。
手袋越しに指を鳴らすと、空間がわずかに歪み、姿がふっと現れる。
そして――まるで舞台上の紳士のように、
ゆったりと手をたたき始めた。
パン……パン……。
「さぁー、さぁー。当ててください、あめの嬢。」
すると、
一匹の黒いカラスに似た悪魔が、夜空を裂くように飛んできた。
闇を滑る影は、静かにモリアートの肩へと舞い降りる。
羽音ひとつ立てず、悪魔は小さく首を傾けて――
モリアートの耳元で何事かを囁いた。
モリアートはその言葉を聞くと、わずかに口角を上げ、
仮面の下で冷ややかに微笑んだ。
「ふふふっ……できたようですね。」
金の杖を帽子にあて
あめのへと視線を向ける。
「――あめの嬢、すまないが、ここまでのようです。
では、」
「待って!! どこ行くねん!!」
あめのが叫び、炎を纏ったハンマーを構える。
だが、モリアートの姿はすでに歪んだ空気の中へと掻き消えていた。
最後に、風の中に不気味な笑い声だけが残る。
「……舞台はまだ終わっていませんよ――あめの嬢。」
夜の海に、静寂が戻る。
氷と炎が溶け合う音だけが、かすかに響いていた。
――つづく。
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