裂かれた海にて
海が荒れ、風が唸る夜の船上。甲板に立つ者たちの影が波間に揺れる。
「ふふふっ、かなり強気ですね、あめの嬢は」
黒いトリルビー帽を深く被った男は、仮面の奥で不敵に笑った。声は静かだが冷たく、海の息遣いに紛れて甲板に響いた。
「あんた、どっちからくる? それとも同時にかかって来る? はよ決めてー!」
あめのは肩越しに周囲を見回し、肩に担いだ大きなハンマーを軽く叩いた。軽口交じりだが、目は揺れていない。
「そうですね〜、蛇首海龍、帰りなさい。」
男――モリアートは片手をゆっくり突き出して制止のポーズをとる。その声は冷ややかに、しかし優雅に響いた。
その言葉に応じるように、三つ首の蛇首海龍は、咆哮とともに海面へと潜り、黒い波の下へ消えた。
「あら、ふーん。帰すんや〜。じゃあ相手するん、あんただけやなー!」
あめのは肩をすくめ、口元に笑みをのこした。だがその瞳には闘志が燃えている。
モリアートは片手で帽子の端を軽くつまむように触れ、きっちりと言った。
「少々お待ちください。」
彼が指をパチンと鳴らすと、海が猛り狂うように反応した。黒い海面が波立ち、真っ二つに割れていく。
「ザバァアアアアアアーー!!!」
割れた海の裂け目が、闇の中に明滅する帯のように伸びて――やがて、そこに一筋の通路が現れた。月光がその溝を薄く照らし、周囲の波音が不自然に遠のく。
「――あの先で戦いましょう。三つ首の蛇首海龍のときは、かなり周りを気にされて、フルパワーを出されてなかったですね。わたくしに、見せてください。あなたの“本気”を」
仮面の表情は見えぬが、その物言いには確かな嗜虐の含みがある。微かに、ニヤリとした気配すら伝わる。
「あ、わかったわー! 後悔することになるけどなー!!」
あめのは拳を固め、豪快に笑った。返事には一片の臆しもなかった。
ミャーリは不安げに、しかし小さく声を漏らす。
「……あめのちゃん……」
モリアートは帽子の端を片手でつまみ直し、穏やかに言った。
「あっ、そうそう──あめの嬢が本気じゃなかったときは、そこの猫ちゃんと船のクルー達を消しますよ。」
その言葉に胸の奥がきゅっとなる。冷たい脅しは、海の風よりも確かに重い。
「なんやって!! 心配せんかって! フルパワー出したるわー!!」
あめのは叫び、拳をさらに固める。その背中には、仲間を守る決意がはっきりと刻まれていた。
ミャーリがこっそりと囁く。声は震えているが、言葉は明瞭だ。
「わ、罠だよー、あめのちゃん。自分のエリアに誘う。」
あめの
「大丈夫やー待ってて!行ってくる。警戒しとくんやで、」
あめのはそお言うと船からポンと降り海と海の裂け目の通路を歩いて行く。
「海の中歩くんなんてー、不思議やな〜」
足もとに広がるのは、水ではなく、まるで透き通った硝子のような通路。
バシャ、バシャ、と一歩進むたびに小さな水音が響く。
やがて――視界が開ける。
「お! 大きいとこに出てきたわ!! ここなら暴れても大丈夫やなー!!」
海の底にぽっかりと空いた巨大な空洞。そこに月光が差し込み、青白い海流が渦を巻いていた。
その中央に、黒い影が立つ。
「お待ちしてましたよ、あめの嬢。」
仮面の男――モリアート。静かに杖を立て、まるで舞台の幕が上がるのを待っていたかのように微笑んだ。
「さぁ! 一丁やろかぁー!!」
あめのがハンマーを構えた瞬間、モリアートは空へと浮かび上がる。
「じゃあ、わたくしから。」
指先が軽く鳴った――パチン。
直後、海がうねり、上空から滝のように押し寄せた。
避けていた海水が、まるで生き物のようにあめのへと降り注ぐ。
あめのは瞬く間に海に飲まれた。
その姿を見下ろしながら、モリアートは再び指を鳴らす。
「――《凍結魔法》」
瞬間、冷気が走る。
波音が凍りつき、世界が静止する。
海全体が白く染まり、氷の世界へと変わっていった。
ザシュウウウウ……ッ!!
凍結は止まらない。海面どころか、船の近くの海までも瞬く間に氷の結晶で覆われていく。
まるで夜の海そのものが息を止めたかのようだった。
モリアートは杖の先で氷を軽く叩き、静かに言った。
「これで、どうでしょう? 動けますか?」
つづく
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イラストはこちら(Pixiv)
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