黒と白の仮面
夜の海が、不気味にざわついていた。
冷たい潮風が甲板をなで、帆を揺らす。
その闇の中、低く響く声が風に乗った。
「……お強いお嬢さん。びっくりしましたか?」
船を見下ろすその存在――
禍々しくも、底知れぬ力を秘めた気配を放っていた。
あめのは顔を上げ、その者を見据える。
黒いトリルビー帽を深くかぶり、素顔は左右で色の分かれた仮面に隠されている。
片側は白、もう片側は黒――
その境目に、血のような赤い紋様が流れていた。
全身を包む黒の紳士服には皺ひとつなく、
手には金の持ち手の杖。
白い手袋と白の紳士靴が、闇の中で静かに光を返していた。
まるで“夜の貴族”のような風格。
その佇まいに、船員たちは息を呑んだ。
あめのは腕を組み、眉をしかめる。
「なんや? 気持ち悪い奴やなー!!
あんたかー? あの結界は!
名前言うたらどうや?
うちはあめのやー!!!リュミナ様直属配下のリーダーやぁ!」
その勢いに、甲板の影からミャーリが顔を出す。
「ちょ、ちょっとあめのちゃん!
全部正直に言ってしまってるにゃ!
敵に情報渡したらダメにゃよー!!」
「あっ……そ、そうやなー!」
あめのは両手をぶんぶん振りながら叫ぶ。
「さっきのなしー!! なしやー!!」
「おそいにゃ〜……」
ミャーリがため息をついた。
黒いトリルビーの男は、低く笑う。
「クククッ……お嬢さん、いや、“あめの嬢”。
わたくしが怖くないのですか?」
その言葉に、あめのの頬がかすかに染まる。
「な、なんちゅーた? あめの嬢♡?
いやぁ〜うち、そんな呼ばれ方されたことないわ〜」
ミャーリが慌てて叫ぶ。
「あめのちゃーん!! 敵にゃ! 敵ーー!!」
「そ、そうやった!」
あめのは手をぽんと叩き、指を突きつけた。
「敵やー!! 名前はよ言え!!」
黒い男は一歩、前に出る。
その瞬間、海がざわめき、風が止まった。
夜そのものが息をひそめたような静寂。
「……仕方がないですねぇ。
面白いものを見物させてもらいましたし――言いましょう。」
その男はゆっくり空から静かに船の甲板に降り立ち
金の杖の先が、甲板を静かに叩く。
ドン……。
空気が震えた。
波の音さえ、遠く霞む。
「――わたくしは、モリアート。」
名が響いた瞬間、
空の星々までもが一瞬、瞬きを止めたかのようだった。
「五大悪魔の一人、モリアートです。
以後――お見知りおきを。」
その声には、絶対的な自信と、底の見えない悪意が混ざっていた。
ミャーリが小さく呟いた。
「……やばいにゃ……本物にゃ……」
あめのは真っ直ぐに相手を見据え、
ハンマーを肩に担ぎながら、にやりと笑った。
「ええ名前やなぁ。覚えとくわ――次叩き潰す相手としてな。」
夜の海が、再びざわめき始めた。
⸻つづく
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