毒と砂、二つの支配者
洞窟前――
ベルゼバブとゼレギアグレスは対峙していた。
だが、ゼレギアグレスは大木にもたれ、いつの間にかすやすやと寝息を立てている。
ベルゼバブはあきれたように肩をすくめた。
「やれやれ〜……余裕だね。まぁ、こっちは助かるけどさぁ〜」
そんな折、ノームから念話が届いた。
『転移、すべて完了したぞい』
ベルゼバブが小さく頷くと、ゼレギアグレスが目を開けて立ち上がる。
「もーいいよねぇ? 待ちくたびれちゃった〜」
ベルゼバブの声は低く、静かな威圧を帯びていた。
「いいさぁ。私はベルゼバブ――悪魔王ベルゼバブさ。
よーく、いろいろやってくれたねぇ……」
ゼレギアグレスはにやりと笑い、舌なめずりをする。
「ギャハハ〜楽しんでくれたぁ〜?♡」
砂が舞い散り、足首の鈴が**チリン……**と音を刻む。
その音が、戦いの合図となった。
ベルゼバブは片手を上げ、冷たい声で呟く。
「――《毒霧》。」
空気が紫に濁り、世界そのものが腐食を始めた。
風も、土も、音さえも毒に溶け、静寂が広がる。
しかし、ゼレギアグレスは笑っていた。
「そうくるかぁ〜? あはは〜。じゃあ、私はぁ!」
砂が壁のように立ち上がり、彼女を包み込む。
「吸っちゃうね〜。……そして返すよっ!」
霧の粒子を吸収し、圧縮された砂が毒砂へと変わり、弾丸のように放たれる。
ベルゼバブは微動だにせず、それを受け止めた。
「ふふ……毒を私に渡して効くとでも?」
ゼレギアグレスは頬を膨らませた。
「そっかぁ〜そだね〜。じゃあこれならどう?」
彼女は足を広げ、砂の上で舞う。
チリン、チリン…… 鈴の音が風に乗って響く。
空気が歪み、ベルゼバブの視界が霞む。
ベルゼバブは眉をひそめ、呟く。
「精神系魔法か……果たして、私に効くかな?」
踊り終えたゼレギアグレスは、楽しげに舌を出した。
「ふ〜ん、効かないようねぇ……。
ねぇ、ベルゼバブさん? あの“ルイフェル”とかいうガキに、なんで仕えてんの?
あんたの方が格上じゃないの?」
ベルゼバブは目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
「……あんたにはわからないさ。
“魅力”があるんだよ、あの子には。
強ければいいってわけじゃないんだ。
あんたには――一生わからないね。」
ゼレギアグレスは一瞬、言葉を失った。
「……はっ、バカみたい。悪魔が“誰かに惹かれる”なんてさぁ!」
「惹かれるさ。」ベルゼバブは微笑む。
「そういう矛盾を抱えてる奴ほど……私は嫌いになれない。」
その瞬間、ゼレギアグレスの表情が歪み、叫んだ。
「黙れぇぇぇぇっ!!!」
砂塵が爆発する。
ベルゼバブは視界を奪われながらも冷静に構えた。
「視覚を奪うつもりね……《蠅の目》!」
全方向視覚が発動し、砂中を舞う針の軌跡が鮮明に見える。
ベルゼバブはそれを片手で払い、前へ進んだ。
「ハァ〜、なんだかんだで攻撃が通らないや〜……」
ゼレギアグレスは苦笑しながら指を鳴らす。
「じゃあ、仕方ないけど……主人に禁止されてる力、出そっかなぁ〜?」
その瞬間――。
空気が震え、どこからともなく声が響いた。
「もう……いいですよ。そこまでしなくても。」
落ち着いた声。だが、その威圧感は圧倒的だった。
ベルゼバブが顔を向ける。
「誰だい!?」
その隙に、ゼレギアグレスの姿が掻き消えた。
「ベルゼバブさ〜ん♪ また遊ぼうね〜。バイバーイ♡」
風が止み、毒霧が静かに消えていく。
ベルゼバブは片膝をつき、顔をしかめた。
「くっ……しっかり置き土産してくれたね……」
見ると、片足には数本の針が深く刺さっていた。
ベルゼバブは針をゆっくりと引き抜き、地面に叩きつけた。
「次に会う時は、あんたの“主”ごと相手してやるよ……」
夕陽が沈み、赤く染まる地面の上で、
悪魔王は静かに息を整えた。
つづく
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