本人ごと斬りたい聖女
場面はアーシアとひめなへと移る。
アーシアは辺りの空気を確かめるように息を吸った。
「さっきの地鳴りは……?」
ひめな(魔槍)が冷静に返す。
「感知。悪魔の群れが近づいて来ている。」
アーシアの目に決意の灯がともる。
「わかりました。急いで、施設の、私の家族を助けに行きましょう!」
ひめなは無造作に先端をこちらへ向け、短く指示した。
「私を投げろ。黒い鎧の悪魔など、すぐに滅する。」
「わかりました!」
アーシアはひめなを強く握り、敵陣へと放り投げた。
魔槍は空中で唸りをあげ、自ら加速するように舞った。次々と襲いかかる黒い鎧の悪魔たちを、一閃ごとに断ち、薙ぎ払っていく。刃は疾風のように走り、鋼の甲冑を裂き、敵の影を空へと撒き散らした。
そして――ブーメランのように、ひめなは軌道を変え、真っ直ぐアーシアのもとへと戻ってくる。握り手が掌に収まる瞬間、アーシアは深く息を吸い込み、再び前へ踏み出した。
その時、建物の影に静かに、しかし不気味な声音が響いた。
「やぁ──アーシアではないか? 久しいなぁ……」
アーシアは立ち止まり、その声の方へと視線を向ける。
そこに佇むのは――大神官ダイナだった。その表情はどこか歪み、目に宿る光は冷たく澄んでいた。
アーシアは尋ねる。
「大神官ダイナ……様。あなたは……悪魔ですか?」
ダイナは不敵に笑みを浮かべ、ゆっくりと答えた。
「ストレートに聞くね。君は、どう見えるかい?」
アーシアは迷いなく返す。
「うーん! やっぱり、悪魔にしか見えません!! 時間もありません! 積年の恨み、晴らします!!」
ひめな 汗
(恨みになってるぞぉ〜アーシア)
アーシアは咄嗟に顔を赤らめ、言い直す。
「あっ……もとい! 大神官ダイナ様に取り憑いた悪魔です! 覚悟!」
ひめなは短く答え、槍の軌道を再び整える。
「取り憑いているかは、わからないが――やれ、アーシア!!」
アーシアは胸に槍を当て、深く息を吸い込んだ。
アーシアは槍を握りしめ、声を張り上げた。
「ひめなさん! お願いします!!」
槍の中から声が響く。
「了解。――投げろ、奴に!」
アーシアは大きく踏み込み、魔槍デビルマスター〈ひめな〉を大神官ダイナへと全力で投げ放った。
槍は音を切り裂き、真っ直ぐに突き進む。
だが――。
「神聖魔法――【結界】」
ダイナの低く冷ややかな声が響いた。
直後、光の壁がバシィッと広がり、ひめなの刃先は弾かれて宙を舞う。
重々しい衝撃音を立てながら、槍はアーシアの手元へと戻ってしまった。
「なっ……!? 神聖魔法……? まさか……」
アーシアの瞳が大きく見開かれる。
――神聖魔法。
本来なら、聖職者や神殿の者だけが使えるはずの力。
それを“悪魔の敵”であるはずの存在が放ったのだ。
槍を受け取ったアーシアは自信ありげに
「やっぱり!大神官ダイナ、そのものが寝返ってたんですね!!」
しかし、槍の中のひめなが短く答えた。
「いや……違う。確かに神聖の結界だ。だが……かすかに……“悪魔の力”も混じっていた」
大神官ダイナは嘲笑を響かせた。
「久しいな、アーシア。……さあ、続きを見せてくれ。“聖女”とやらの舞台を」
アーシアはぐっと歯を食いしばり、ひめなを構え直す。
「やっぱり大神官ダイナは操られてますね。あの人、“聖女”とやらの舞台をなど言いません! 私をアイドルとして見てますから!!」
ひめな 汗
「そ、そうかぁ…」
アーシアは苛立ちを隠せず、吐き捨てるように呟いた。
「はぁー、寝返ってたら切り刻めたのに…」
ひめなが慌てて制すように声を出す。
「聖女の言葉じゃないぞぉ〜」
すると、大神官ダイナの体から別の声が響き渡った。
「どうした? かかって来ないのか? ふふふっ、大神官ダイナを打つのは嫌か、やはり。私は大神官ダイナに取り憑いた悪魔、ムーマだ! どうだ? 手が出せまい!」
アーシアは冷然と返す。
「いいえ、本人ごと斬りたいぐらいです。」
ひめなが驚きを含んだ声を漏らす。
「うわー、本音…」
悪魔ムーマはその言葉に一瞬、戸惑いを見せる。
「え? どういうこと??」
ひめなは含み笑いのように短く説明した。
「その男はアーシアを利用して自分の地位を上げるため、聖女の奉仕よりアイドルの仕事を強要した悪党だ!」
悪魔ムーマは皮肉交じりに確認する。
「じゃあ人質にならないってことか?」
ひめなは断言する。
「その通り」
その瞬間、悪魔ムーマが取り憑いた大神官ダイナの体がわずかに揺らぎ、隙が生じた。
アーシアはためらわずにトコトコと近寄り、魔槍デビルマスターの平たい部分でダイナの頭をどついた。
――ガィイイイーー!!!
その一撃で空気が震える。悪魔ムーマと大神官ダイナの結びつきが引き裂かれるように分離し、二つはばたんと地に倒れて気絶したように目を回す。
ひめなは呆れたように吐露する。
「と、とりあえず悪魔ムーマは消滅させておこう。」
そう言って、ひめなはひと呼吸置き、アーシアは胸の奥でルイフェルを案じた。
――その頃、玉座の間では。
ルイフェルは覇獣バルムートと殴り合っていた。
ズガァッ!!
ドゴォーーッ!!!
バゴォーンッ!!!
血しぶきが飛び交い、大理石の床と壁が砕け散る。
拳と拳の衝突が、まるで雷鳴のように玉座の間を揺るがしていた。
つづく。
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