玉座に潜む影
ルイフェルとアーシアは肩で息をし、疲弊の色を隠せずにいた。
戦いを終えたばかりの身体は重く、熱気と焦げ臭い空気が未だにまとわりつく。
槍のままのひめなが、低く、だがどこか優しい声音で問いかけた。
「……よくやった……二人とも……。ここは撤退だ」
その言葉に、ルイフェルの金色の瞳がぎらりと光る。
「何を言ってる、ひめな! 今からだろう!! 行くぞ!」
ひめなは少し間を置き、諭すように返す。
「しかし……」
その言葉を、珍しくアーシアが遮った。
揺れる銀髪を振り払い、真っ直ぐ前を見据える。
「大丈夫です! ……行きましょう!!」
その瞳には、もはや怯えも迷いもなかった。
戦いの中で確かに芽生えた“覚悟”が、彼女を支えていた。
ルイフェルは一瞬だけ彼女を見つめ、口角を上げる。
「……いいだろう。ならば共に突き進むぞ」
力を込め、重厚な双扉に両の手をかける。
軋む音が響き渡り、石造りの城に鈍い震動が走った。
――ギィィィ……ッ。
玉座の間へと続く扉が、ゆっくりと開かれていく。
闇の奥から吹き寄せる冷たい風が、ニ人の髪と衣を揺らした。
その風は、まるでこれから待ち受ける試練を告げるかのようだった。
ルイフェルとアーシアが慎重に歩を進めたそのとき。
ふと、アーシアの視線が端の柱の影を捉える。
「……えっ」
そこには、小さな女の子が立っていた。
幼い笑みを浮かべるその顔――アーシアは息を呑んだ。
「あの子は……! わたしを慕ってくれていたノエ! ……逃げてこれたのね!」
駆け寄ろうと一歩を踏み出した瞬間、ルイフェルが鋭く腕を伸ばして彼女を止めた。
「待て、アーシア! ……あの子は悪魔に取り憑かれている!」
「そ、そんな……あの子が……?」
アーシアの胸が締め付けられる。信じたくない現実を前に、銀髪が震えた。
ノエはにこやかに手を振った。
「やぁ〜おねーちゃん! 久しぶりだねぇ〜」
だがその笑みは、子供らしい無垢さではなく、どこか歪んだ冷たさを帯びていた。
「いつものように抱っこしてよ〜、アーシアおねーちゃ〜ん……ンン」
無邪気な声がねっとりとした響きに変わる。
次の瞬間――。
「ぞうぞう……みんなぁもぉ……王のそばにいるよぉ……はやぐ……いごう」
声が途中で野太い男のものへと変わり、ノエの顔が不気味に歪み始める。
黒い靄が目元から立ち上り、瞳には邪悪な光が宿っていた。
アーシアは唇を噛み締め、震える声を絞り出す。
「こんな……卑怯です……!」
ルイフェルは彼女を庇うように一歩前に出て、低く言い放った。
「とりあえず進むぞ。…」
二人が視線を前に戻すと、広大な玉座の間の奥――。
荘厳な玉座に、王らしき人物が静かに腰掛けていた。
その影は重々しく、圧倒的な威圧を放っていた。
アーシアの胸が強く鳴る。だがそのとき、別の動きが目に映った。
玉座の間を横切るように、ノエが現れた。
幼い少女の姿のまま、ふらふらと前に歩み出て――にたり、と不気味に笑う。
その笑みは無垢な子供のものではなく、醜悪な悪意に満ちた仮面のようだった。
「今だ! 斬れ!!」
ひめなの鋭い声が脳に響く。
「えっ……!」
アーシアが息を呑むよりも早く、ルイフェルが迷いなく槍を振り抜いた。
――ブゥンッ!!!
ノエの口から絶叫が迸る。
「ぎゃああああああッ!!!」
アーシアは目を見開き、声すら出せなかった。
幼い少女を前に、その光景はあまりにも衝撃的だったからだ。
しかし、ルイフェルは静かに言った。
「……大丈夫だ。中にいた悪魔だけを、魔槍で斬った」
その言葉通り、ノエの身体から黒い靄が吹き出し、しゅう……と音を立てて消えていく。
残された少女は力を失い、その場に崩れ落ちた。
「……もう大丈夫だ。あの子は気絶しているだけだ」
ルイフェルの声に、アーシアの胸の張り詰めた糸が緩む。
彼女は片膝をつき、倒れたノエをそっと抱きかかえた。
「ノエ……」
その光景を、玉座の主はただ黙って見つめていた。
無言のまま、しかし冷たい圧力がさらに濃くなる。
ルイフェルは立ち上がり、槍を肩に担いだ。
金の瞳をぎらりと光らせ、王の影を射抜くように睨む。
「やぁ〜……王様のフリをした悪魔さんよ」
挑発するように口角を上げる。
「おまえが王に取り憑いていたとしても、この通り我らに対処できる。今からでも――大人しく出てきたらどうだ?」
沈黙の後。
玉座の奥から、低く湿った笑い声が響いた。
「……ふははははっ……!」
その声は次第に大きく、重く、玉座の間を揺らすほどの嘲笑へと変わっていった。
「わしを、その小物どもと一緒にするとはなぁ……!」
玉座に座るその影がゆっくりと立ち上がる。
王の姿を模した何かが、ついに真の姿を現そうとしていた――。
つづく
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