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深淵の静寂が破られる時

砂煙がゆっくりと晴れていく。

揺らめく暗闇の奥に、赤く光る双眸が浮かび上がった。


「ぎゃああああッ!! う、腕がぁーー!」

洞窟に獣じみた悲鳴が轟く。

ナイトロスが巨腕を押さえ、苦痛にのたうっていた。


「……たかが獣人悪魔が、粋がるな」


静かな声が響く。

黒いゴスロリ服に身を包み、漆黒の髪と白磁のような肌を持つ少女が、赤い光を放つ瞳で前を見据えていた。

その腕には、血に濡れたエルフィナが抱き上げられている。


「め、メネシス様……? 魔界で統治争いの渦中にあって、来られないと聞いていましたのに……」

エルフィナは呆然と呟いた。


メネシスは小さく優しく笑みを浮かべて、短く答える。

「……抜け出した」


「ククッ……五大悪魔……倒す……メネシス……!」

ナイトロスが獣じみた声を漏らし、血走った目で睨みつける。


メネシスはちらりと腕の中の少女を見下ろした。

「……エルフィナ。私を倒すと言ったか? あの獣人悪魔?……」


「ま、前ッ! 来てます!!」

エルフィナが慌てて叫ぶ。


赤い瞳が宝石のように強く輝いた。

「……動くな、《精神支配》」


その瞬間、ナイトロスの動きがぴたりと止まる。

「……尖った岩に、何度も頭をぶつけろ」


《精神支配》――。


ゴンー!ゴンー!!

次の瞬間。

「グシャァァァッ!!!」

ナイトロスは自ら洞窟の岩壁へと何度も頭を叩きつけ、崩れ落ちた。


「……朽ちたか」

メネシスは淡々と呟き、しかし視線をエルフィナに向けると、ほんの僅かに誇らしげな表情を浮かべ頬を赤くする。


エルフィナは小さく頭を下げた。

「ありがとうございます」


その言葉に、メネシスはわずかに、じゃかん拗ねたように不満げに眉をひそめる。

「……それだけ」

ぽつりと呟いた。


「え?」

エルフィナが首をかしげる。


「……体は?」

メネシスは視線をそらさずに問いかけた。


エルフィナははっとして自分の手足を見下ろす。

「……あれ? 痛みが……消えていますわ!? えっ……?」


「……細胞を活性化させた…《精神支配》で」

短い言葉で答え、わずかに得意げな瞳を光らせる。


「なるほど……」

エルフィナは驚きに息を呑む。


だが、その様子にまたメネシスは口を尖らせ、不満げに呟いた。

「……それだけ…」

少しシュンとなるのだった


「……メネシス様。帰りますよ」

低い声が、暗闇の洞窟奥から静かに響いた。


その声にメネシスはわずかに眉をひそめ、不満げに振り返る。

「……ニグラかぁ〜」


漆黒の糸を纏ったような気配を纏い、長身の女――ニグラ・フィラメントが姿を現す。

その瞳は冷静に光り、しかし忠義を宿した鋭さを帯びていた。


「お久しぶりです。エルフィナ様、そして……」

ニグラは冷静に視線を巡らせ、洞窟に横たわる二人を一瞥した。

「スケ様、カク様。そして……あちらの姫君も」


気絶したまま動かないティナ=カクとメイ=スケ。

その姿を守るように、メネシスは腕の中でエルフィナを抱きよせながら立っていた。


「……彼女らも含めて、メネシス様が安全にお仲間のもとへ転移させてくださいます」

ニグラは淡々と告げ、頭を垂れる。


メネシスはしばし沈黙したのち、小さく答えた。

「……わかった」


その声色には、どこか後ろ髪を引かれるような響きがあった。


エルフィナが瞬きをした瞬間――。

メネシスはエルフィナをぐっと抱きしめた。

白い腕が震えるほど強く、決して離したくないとでも言うように。


「……心配した」

低い声で、震えるように呟く。

「……無茶をしすぎるな」


エルフィナは目を丸くして、かすれた声を返す。

「メネシス様……」


メネシスは彼女の頭に手を添え、優しく撫でた。

その赤い瞳には、いつもの冷酷さとは違う色が宿っていた。


「……」

エルフィナは胸が熱くなり、言葉を失ったまま抱きしめられていた。


次の瞬間、眩い転移の黒光が洞窟を満たし――。

エルフィナ、シリア、そして気絶したスケとカクは、船の医務室へと転送されていった。


――残されたメネシスの表情は、誰にも見えなかった。



しばらくして――。

船の医務室に、エルフィナたちは転移していた。

仲間たちが慌ただしく駆け寄る中、ベッドへと横たわったエルフィナは、ほんのわずかに視線を遠くへ向ける。


(……メネシス様……)


指先をそっと自分の口元へ触れながら、ぽつりと呟いた。

「わたくし……もっと、言うことがあったような……」


「……あの、メネシス様の“抱きつき”は……?」

エルフィナが小首をかしげ、ぽつりと漏らす。


シリアは弾かれたように横のベッドから身を乗り出して、慌てて声を張り上げた。

「そ、それは! ご友人として心配なさっただけですわ! とても良い“ご友人”でございますの!」


「そ、そうよね〜……ふふっ」

エルフィナはあっさりと納得して、柔らかな笑みを浮かべる。


そのやり取りを横目に、メイ=スケは眠たげな瞳を細めながら――

小声でぶつぶつとつぶやいた。

「……エルフィナ様ぁ……それ、メネシス様ちょっと可哀想だよぉ……」


ティナ=カクが怪訝そうに振り向く。

「……何を言った?」


メイ=スケは肩をすくめ、聞こえるか聞こえないかの声で続ける。

「……ここにも、ちょっと鈍感がいるんだよなぁ……」


そのとき――。

医務室の窓辺に、小さな蜘蛛がひっそりと姿を現す。

その視覚と聴覚は遠くの主へと繋がり、魔界の女へと伝わっていた。



「……主人よ」

静かに告げる声が、 メネシスの城に響く。


メネシスは振り返り、その赤い瞳を細めた。

「……ん?」


傍らに立つニグラは、深々と一礼し、低い声で告げる。

「彼女は無事、医務室のベッドで元気でしております……しかし、本当に鈍感でございますね」


メネシスの頬がわずかに赤みを帯びる。

すぐにその色はかき消されたが、確かに一瞬、揺らぎはあった。


彼女はただ無言で前を見据えた。





つづく

【外部サイトにも掲載中!】


イラストはこちら(Pixiv)


https://www.pixiv.net/artworks/132898854


アルファポリスにて画像付きで作品を公開しています。

ご興味ある方はぜひこちらもどうぞ!


▼アルファポリス版はこちら

https://www.alphapolis.co.jp/novel/731651129/267980191

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