仲間それぞれの戦場
朝日が甲板を照らし、海のきらめきが金色に輝いていた。
緊張感に包まれる仲間たちの前で、ルイフェルはひめなを槍の姿へと変える。
「行くぞ、アーシア」
その声は低く力強く、どこか決意を帯びていた。
アーシアは小さく頷き、ルイフェルに抱えられる。
彼女の銀の髪が潮風に揺れ、頬に当たった。
ミャーリが甲板の端から駆け寄り、涙目で叫ぶ。
「ルイフェル! アーシア様! ぜっったい帰ってくるにゃ!!」
ルイフェルは振り返り、金の瞳を輝かせて大きな声で答える。
「任せとけ! 我を誰だと思ってる!」
アーシアも胸に手を当て、優しい微笑みを浮かべた。
「大丈夫……必ず帰ってきます」
ミャーリの尻尾がぶんぶんと揺れる。
「約束にゃ!!」
次の瞬間――。
ルイフェルは甲板を蹴り、ひめなを掲げて宙へ舞い上がる。
アーシアを抱きかかえたまま、朝焼けの空を切り裂いて飛び立った。
残された船上では、ミャーリが両手を胸に当て、必死に祈るように二人の背を見送っていた。
白波を割って進む船と、黄金色の空を翔ける二人。
その光景は、決戦へ向かう勇者の旅立ちそのものだった。
しばらくしてーー
王城の外壁が目前に迫る。
長い飛行を終えた二人が石畳に降り立ったとき、アーシアは大きく肩で息をしていた。
その顔は蒼ざめ、今にも倒れそうなほどだった。
ルイフェル(慌てて)
「アーシア? だ、大丈夫かぁ!?」
アーシアは答えず、小さく呟いて自らに神聖魔法をかける。
身体から淡い光が立ちのぼり、少しずつ息が整っていった。
しばしの沈黙。
やがてアーシアは静かに顔を上げ――。
アーシア(低い声で)
「あの……ルイフェル様。あの回転は、なんですか?」
ルイフェル(きょとんとしながら)
「ん? あれは〜……アーシアがギュッと抱きしめてくれるから、嬉しくて……つい」
アーシア(目を吊り上げて)
「それから“きりもみ飛行”は? あれはなんですか?」
ルイフェル(頭をかきながら)
「えっと……それも嬉しくて……アーシアがいるから、つい」
アーシア(両手を腰に当てて)
「ついじゃないです!! 死ぬかと思いました!!」
ルイフェル(額に汗をにじませて)
「す、すまない……つい……」
アーシアは深いため息をつき、頬を赤くしながらも言葉を重ねた。
「普段、船酔いするくせに……なんでルイフェル様は酔わないんです?」
ルイフェルは一瞬だけ真剣な目をして、アーシアを見つめる。
「……アーシアを見てると、酔わないみたいだ。アーシアは、それだけ魅力があるんだよ」
アーシア(思わず頬を染めて、視線をそらしながら)
「……も、もう〜。今回は……許します」
ひめな(槍の中から冷静に)
「……アーシア、ちょろすぎ」
アーシア(耳まで真っ赤にして)
「ちょ、ちょろくないです!!」
ルイフェルは吹き出しそうになるのをこらえながら、ひめなを手に取り、改めて城の大扉を見上げた。
石畳に影が落ち、重苦しい空気が張り詰めている。
ルイフェル(低く呟き)
「……さて、開けるか」
ひめなの柄に力を込めた、その瞬間――。
――ギギィィィ……ッ!
甲高い音を立てて、大扉がゆっくりと内側から押し開かれた。
吹き込んできた冷気がアーシアの銀髪を揺らす。
アーシア(息を呑み)
「……っ!」
視界の先には、ずらりと立ち並ぶ影があった。
闇の中に待ち構えていたのは――悪魔たち。
ルイフェル(静かに目を細め)
「……歓迎ってわけか」
アーシアは緊張で胸に手をあてる。
場面はかわり、町の路地には重苦しい空気が満ちていた。
軟禁状態にある住民たちは家に押し込められ、窓越しに覗く視線は怯えと絶望で曇っている。
そのとき――。
兵士の姿に化けた悪魔が住宅の扉を蹴破り、中にいた小さな少女と、その父母に向けて剣を振り下ろした。
「きゃあっ!!」
母親が少女を抱きしめ、父親は必死に庇おうと両手を広げる。
だが刃が迫った瞬間――。
**ぱしぃんッ!**と音を立てて、透明な水の膜が弾けた。
淡く光る“水の守り”が剣を跳ね返し、悪魔は思わず手を痺れさせて後退る。
弾かれた水滴は霧のように宙を舞い、少女と両親の身体を優しく包み込んで消えていった。
「な、なんだ……!?」
悪魔は剣を構え直し、憤怒の声をあげる。
だが、その眼前に立ちはだかったのは――燕尾服姿の紳士たち。
「ベルゼバブ様に続けぇぇ!!」
ハエ男爵の咆哮と共に、ハエ紳士軍団が一斉に襲いかかる。
刃と刃がぶつかり合い、羽音が戦場の音をかき消す。
ベルゼバブは町並みに歩を進めながら、真紅のドレスの裾を翻した。
雨はすでに止んでいたが、その赤い瞳は「水の守り」がまだ町を覆っていることを鋭く見抜いていた。
「……やっぱり、あの子は流石だねぇ」
ベルゼバブは口角を上げ、高笑いし。
「海ちゃん。敵だけを弾いて、民を守るなんてさぁ……いい仕事してるじゃないか」
その言葉に呼応するように、別の家でもまた剣が弾かれる音が響いた。
町全体を覆う“見えざる守り”――それは、遠く離れた船上から海ちゃんが与えた加護だった。
ベルゼバブは兵士に扮した悪魔を毒により沈黙させ、声を張り上げる。
「さぁ! ここからだよ! 町の住民を守るんだ――進めぇッ!!」
その号令に、ハエ紳士たちと仲間達の雄叫びが重なり、戦火はさらに激しさを増していった。
いよいよ――エルフィナ、ティナ=カク、メイ=スケがいる第二軍が動き出した。
空気を震わせる羽音、遠くで響く剣戟の音が、次第に近く大きく迫ってくる。
メデューサ三姉妹は互いに視線を交わし、無言で一歩前へ。
全身に重圧のようなオーラを纏い、掲げた盾からは蛇の意匠が淡く光を放つ。
その存在感だけで、周囲の兵士達の背筋に冷たいものが走った。
エルフィナは深呼吸をひとつ置き、背後の仲間へと振り返る。
「――そろそろです。戦っている皆さんの間をすり抜けて行きましょう!」
ティナ=カク、メイ=スケは同時に頷き、剣と暗器に手を添えた。
戦場の喧騒を縫うように、第二軍は城を目指して動き始める。
⸻
その頃。
船の医務室では、別の戦いが繰り広げられていた。
負傷者が次々と転移の光に包まれて運び込まれ、白布に覆われた床が慌ただしく揺れる。
ノームはふよふよと浮いて叫ぶ。
「次じゃ! 早う担架を用意せい! こやつは腹を裂かれておるぞ!」
天使ちゃんは涙目で両手を広げ、淡い光を放つ。
「大丈夫ですぅ……! すぐ治しますからぁ……!」
彼女の神聖魔法が負傷者を覆い、血の流れを止め、傷を少しずつ閉じていく。
苦悶の声は次第に静まり、安堵の息が漏れる。
外の戦場とは違う。
だが、ここもまた確かに「命を懸けた戦い」のただ中であった。
――それぞれの場で、仲間たちは未来を繋ぐために全力を尽くしていた。
つづく
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