導きと絆、それぞれの決意
ベルゼバブ達は、先にローラたちが偵察に使っていた山へと集まっていた。
霧が薄く流れるその山頂からは、王都ルイザの町並みが小さく見える。夜明けの淡い光に照らされながら、ローラは簡単な地図を広げ、ベルゼバブへ説明を始めた。
ローラ(真剣な顔で指差しながら)
「ここが町の入り口。兵士の数は多くて……ここ、路地裏を抜けると住民を逃せるかもしれません」
ベルゼバブは腕を組み、頷きながら地図に目を落とす。
「なるほどねぇ。逃がすルートと敵を足止めする場所、どっちも要るさぁ」
ローラは息をつき、少し視線を伏せた。
「……ベルゼバブさんってすごく綺麗で美人ですね〜。いいなぁ……。私も、そんな風になりたい。……でも私なんか、マーシャやミネルバと比べたら……」
その言葉に、ベルゼバブはふっと微笑んだ。
「ローラならなれるさぁ〜。女は化けるんだよ。自分がそう願えばね。……それに、二人と比べてどうすんだい? ローラにはローラの良さがあるだろう?」
その時――。
後ろで控えていたハエ男爵が、勢いよく一歩前に出た。
「そうです! ローラさんの……その綺麗な、スラーッとした脚! とても素晴らしいですぞ!!」
ベルゼバブは眉をひそめ、じと目で睨む。
「あんたが言うと、やらしいねぇ……! ほら、あっち行きな! しっしっ!!」
「しゅん……」
肩を落としたハエ男爵は、しょぼしょぼと離れていった。
その様子を見ていたローラは、思わず吹き出してしまった。
「あははっ!」
ベルゼバブはその笑顔を見て、真剣な目を向ける。
「あんたの笑顔は――女神もびっくりするくらい眩しいんだよ。自信持ちな、ローラ!」
ローラは胸に手を当て、瞳を潤ませながら大きく頷いた。
「……ありがとう、ベルゼバブさん!」
ローラは山頂の風に吹かれながら、心の中で静かに思った。
(……マーシャとミネルバには「危ないからやめて」って言われたけど……でも、わたし、やっぱり来てよかった。ベルゼバブさんと一緒にここに立てて……間違いじゃなかった)
彼女の視線の先では、ベルゼバブが真紅のドレスをひるがえし、堂々と地図を広げて指示を出している。
その姿はまるで嵐の中の灯台のように、強く、美しく――決して揺らぐことがなかった。
ローラは胸の奥が熱くなるのを感じながら、ぎゅっと拳を握りしめる。
(わたしも……ベルゼバブさんみたいに、誰かを導ける人になりたい!)
彼女の心は、決戦前の不安よりもはるかに強い光で満ちていた。
船の調理場――。
煮立つ鍋の湯気と、刻まれる野菜の香りが漂っていた。だが、その場にいるはずの二人は手を止めていた。
マーシャは目を赤く腫らし、包丁を握った手が震えている。
「ローラが……あんな最前線の場所に……ウッ、ウッ……!」
隣ではミネルバが眼鏡を外し、涙を拭っていた。
「……あまりにも、無謀です。どうして……ローラ……」
コック長おばちゃんは、大鍋をかき混ぜながら二人に鋭い視線を向けた。
「おいおい! あんたら! さっきから危ないよー、うわの空で。包丁で指でも落としたらどうするんだい!」
二人はハッとして顔を上げるが、再び涙で視線を落とす。
そんな二人に、コック長おばちゃんは大きなため息をついた。
「……あんた達、何のために偵察に行ったんだい? “町の人やみんなのため”だろ? それをやり遂げたからこそ、今ここに帰って来られたんだ。ローラはその続きとして、一歩前に踏み出したんだよ」
マーシャは鼻をすすりながら首を振った。
「でも……ローラが……!」
「泣くんじゃないよ!」
おばちゃんの声が、調理場に響き渡った。
「心配するんじゃなくて――帰って来た時に“よくやったね、ご苦労さん”って笑顔で迎えてやんな! そのために、今のあんた達ができることは一つだろう?」
ミネルバがぎゅっと拳を握りしめ、涙をこらえながら呟く。
「……料理を……作ること……」
おばちゃんは頷き、大きな鍋をかき混ぜる手を止めて笑った。
「そうさ。料理は戦場に持っていく“武器”だ。腹を満たせば勇気が湧く。町の人だって、兵士だって、仲間だって……食べるものがあれば踏ん張れるんだ。だから、あんた達の料理は“希望の味”なんだよ」
マーシャは涙を拭い、ミネルバと顔を見合わせる。
二人の胸に、小さな火が灯った。
「……そうだね」
「わたしたちにできること、やらなくちゃ」
包丁を持つ手に力が戻り、鍋をかき混ぜる音が再び調理場に響き出す。
ローラを信じて待つために。
仲間を迎えるために。
二人は涙を拭き、料理に全力を注ぎ込むのだった。
船の医務室――。
潮の香りがかすかに入り込み、窓から差し込む朝の光が白いシーツを淡く照らしていた。
海ちゃんは額に汗を浮かべながらも、静かな声で報告を続けていた。
「町と王宮に……雨は降らせた。……それから、怪我しないように……水の守りを町の人々と、王宮の人々に張った。悪魔を除いて……悪魔が必ず兵士になりすましているはずだから……そのことを伝えて、ノーム」
ノームは杖の体を浮かせて
「わかり申した。念話で皆に伝えましょうぞ」
一方、天使ちゃんは羽を小刻みに震わせ、落ち着かない様子でその場をうろうろしていた。
「でも……でも……!」
その姿を見て、海ちゃんは小さく笑みを浮かべた。窓から差し込む光に濡れたように、彼女の水色の髪が輝いていた。
丸メガネの奥でオーロラ色の瞳が揺れ、巫女風の衣の袖口から細い手がのび天使ちゃんの肩を優しく掴む。
「ここは“海”。わたしの力が一番発揮できる場所だよ。だから、大丈夫。わたしが守ってあげるから、落ち着いて」
だが、天使ちゃんは首をぶんぶんと振った。
「そおいうんじゃなくて……! 海ちゃんが心配なの! 力、使いすぎだよー!!」
その瞬間、海ちゃんの身体がふらりとよろける。
「……っ」
天使ちゃんの瞳が大きく揺れ、今にも涙がこぼれ落ちそうになる。
「ほ、ほら……よろけてる……! いーつも無理ばっかりして……! 小さい頃だって、わたしが大事にしてたブローチを探して……何日も海に潜って探してくれたじゃない!
それに……ほかの天界の人たちにバカにされたときも……いつも庇ってくれた……! うわーん! うわーん!!」
泣きじゃくる天使ちゃんに、海ちゃんは優しく手を伸ばし、その頭をぽんぽんと撫でた。
「……よしよし」
涙に濡れた天使ちゃんの瞳は、少しだけ安心したように揺らめいた。
そのやり取りを見ていたノームは、
「やれやれですなぁ……。」と一言つぶやく
一方その頃――。
エルフィナ達は、メデューサ三姉妹とハエ軍の第二軍と共に、王都ルイザの外れに潜んでいた。
夜明けの光はすでに町を包み、第一軍の羽音と地響きが遠くから響いてくる。
それはまるで大地そのものが震えているかのようだった。
エルフィナは深呼吸をし、仲間を振り返る。
その瞳には炎のような決意が宿っていた。
「――第一軍が王宮近くまで攻め込んだら、それに準じて城に潜り込みましょう」
背筋を伸ばしたティナ=カクと、眠たげな瞳をしていながらもきりりと気配を引き締めたメイ=スケが、声を揃えて応じる。
「はっ! わかりました!」
メデューサ三姉妹は無言で頷き、携えた盾を静かに地へ突き立てる。
蛇の意匠が彫り込まれた盾は、淡く光りながら、不気味な生命感を漂わせていた。
ハエ軍の第二軍もまた、息を潜めてその時を待つ。
つづく
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イラストはこちら(Pixiv)
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