決戦の幕開け ― 悪魔達、集結
朝方――。
夜の帳がゆっくりと明け、水平線の彼方から淡い光が差し込む。
冷たい潮風が甲板を抜け、不気味なほど張り詰めた空気を揺らした。
そのときだった。
甲板の中央に刻まれた召喚陣が淡く輝き、風が唸りを上げる。
――夜空を切り裂くように、不気味な風が吹き荒れた。
ルイフェル(低く呟き)
「……来る」
光の柱が立ち上がり、その中から三つの影が浮かび上がった。
やがて光が収まったとき――召喚された美しいブロンドの髪の三姉妹の姿が、そこにあった。
長女ステンノーは、深紅のドレスを纏い、その布には炎のような刺繍が走っていた。力強い腕には黄金の腕輪が輝き、背筋は剣のように真っ直ぐ。見る者を圧倒する威容を放っていた。
次女エウリュアレーは、紫紺のドレスを身にまとい、流れる布地はまるで夜の海のように艶やかだった。腰元に垂れたベルトには宝石が散りばめられ、微笑むだけで妖しい香りが漂う。
末妹メデューサは、純白に銀糸が縫い込まれたドレスを纏っていた。淡く輝くその衣は、朝焼けの光を反射し、神秘的な雰囲気を醸し出す。しなやかな肢体を包み込み、その瞳に宿る金の輝きが、まるで聖女のように荘厳だった。
三人はそれぞれ大盾を携えていた。
盾の表には蛇の意匠が彫り込まれており、まるで生きているかのように舌を伸ばし、目を光らせる。
ローラ(小声で息を呑む)
「うっ……美しいけど……怖い……!」
ミネルバ(眼鏡を押し上げながら)
「ただの美ではない……“魔眼”を宿す者たち……」
アーシア(驚きに瞳を見開いて)
「これが……メデューサ三姉妹……」
三姉妹は声を揃え、厳かに誓った。
「――われらは呼ばれし者。盾に宿る蛇は敵を縛り、石へと変える。
あなた様の母君達に姿を元に戻していただいた恩にも報いるため、
全身全霊を尽くすことを、われら三姉妹――果たさせてもらいます」
その言葉と同時に、三人の盾が淡く光り、甲板に蛇のような影が這う。
異様な威圧感と同時に、不思議な安心感さえ漂った。
ルイフェル(力強く頷いて)
「頼むぞ!」
メデューサ(三女が一歩前に出て、金の瞳を光らせ)
「……心得ました」
朝焼けの光が三姉妹の姿を照らし出し、その神秘的な輪郭が甲板に刻まれた。
神話の存在――「メデューサ三姉妹」。
その力が、決戦に向けて解き放たれたのだった。
甲板の上に、ルイフェルの声が響いた。
「――次は……リリス! 召喚ッ!!」
ポンッ!
甲板の中央に黒い煙が立ちこめ、赤黒い魔法陣が弾ける。
次の瞬間、甘い香りとともに、ひとりの少女が姿を現した。
黒を基調とした小悪魔衣装に身を包み、緑の髪は艶やかに揺れている。
瞳は悪魔特有の深紅に染まり、唇には小悪魔らしいピンクの口紅。
背中には小さな蝙蝠の羽が、ぱたぱたとせわしなく動いていた。
彼女は腰に手を当て、いたずらっぽく笑った。
「ルイちゃん、ひっさしぶり〜! ふぅん……なんか大人っぽくなったんじゃない? あー、これはぁ〜恋してる顔だねぇ?♡」
ルイフェルは顔を赤くし、汗を垂らしながら手を振る。
「……い、今はそんな話はいいから!」
リリスはさらに顔を近づけ、唇に笑みを浮かべた。
「はは〜ん♡ やっぱり図星だぁ〜! 相変わらず奥手なんだからさぁ、ルイちゃんってば〜」
ルイフェルはからかうリリスの問いを無視し
「リリス! お前の魅了で兵士たちを翻弄してくれ! 怪我させずに、戦えるだろ!」
リリスは目を細め、羽をぱたんと打ちつける。
「はぁ〜い♡ わかってるよ〜。魅了で操って、兵士たちを無力化すればいいんでしょ? でも……」
わざと顔を近づけ、耳元で囁いた。
「ご褒美、あとで忘れないでね♡」
「ご、ご褒美なんてないからっ!!」
ルイフェルは真っ赤な顔で叫んだ。
周囲で見ていた仲間達は、思わず目をそらし、気まずそうに苦笑する。
アーシアは頬をふくらませ、ミャーリはにやにやと尻尾を揺らしていた。
そんな空気を振り払うように、ルイフェルは手を掲げて叫んだ。
「……次だ! ベルゼバブ――召喚ッ!!」
再び甲板に魔法陣が浮かび上がり、重々しい轟音が夜明けの空気を震わせる。
血のように赤い光が走り、風が荒れ狂った。
女船長ゾイル(息を呑み)
「……なんだい、この威圧……!」
メデューサ三姉妹は片膝をつき、頭を垂れて敬意を表した。
リリスでさえ震えながら、声を押し殺すように呟く。
「べ、ベルゼバブ様……!」
魔法陣が炎のように赤く燃え上がり、黒き煙が吹き出した――。
そしてそこから姿を現したのは……。
「……えっ?」
皆の声が一斉に重なった。
ベルゼバブは、なんと寝巻き姿だった。
胸元にはアーシアのイラストが大きくプリントされ、両腕にはアーシアそっくりのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
その姿に、甲板の空気が一瞬で凍りついた。
ベルゼバブ(きょろきょろと周囲を見回し、寝ぼけ声で)
「ん……? ここ、どこ? え……?」
ルイフェル(あせあせしながら)
「あ、あの〜……召喚、こんな朝方にごめん……」
ベルゼバブ(眠そうに目をこすりながら)
「……えぇ? 召喚……? ……えぇぇぇ!? 召喚ッ!!?」
ルイフェル(困ったように)
「……はい」
ベルゼバブはしばらく呆然とした後、皆が凝視していることに気づき、顔を真っ赤にした。
「うわぁぁぁぁ! み、みんな見てるじゃないさぁ〜!!」
指をパチンと鳴らす。
瞬間、寝巻きは鮮烈な真紅のドレスに変わり、胸元の黒薔薇が妖艶に光を放った。
黒髪は風に舞い、赤い瞳がぎらりと輝く。
足元には赤いヒールが甲板をコツリと叩いた。
そこに立っていたのは――悪魔の王と呼ばれた存在。
ベルゼバブは妖艶に微笑み、あたかも最初から完璧な姿で召喚されたかのように振る舞った。
ベルゼバブ(咳払いしながら、堂々と)
「私が――“悪魔の王”とも言われたベルゼバブさぁ!
ちなみにねぇ、ルシフェー様とサタン様は“大悪魔王”なんだよ。
だから私は“悪魔の王”って名乗れるのさ! よろしくねぇ♪」
ルイフェルは冷ややかな目で彼女を見て、小さくぼやいた。
「……なんか締まらないなぁ。実力は折り紙つきなのに」
アーシアは引きつった笑顔で、思わずルイフェルに耳打ちした。
「……あの……ぬいぐるみ、まだ持ってますけど……?」
ベルゼバブはこっそり後ろに手を回し、ぬいぐるみを隠そうとした。
しかしメデューサ三姉妹とリリスの視線は、鋭くそこに突き刺さっていた。
ベルゼバブは甲板からひらりと飛び降り、砂浜に軽やかに着地した。
真紅のドレスが夜明けの風に翻り、彼女の赤い瞳が妖しく光る。
ベルゼバブ(両手を広げ、大声で)
「ハァー! 仕切り直しだよー! 我が配下――ハエ達よ、集え!!」
地面に魔法陣が走り、赤黒い稲光が砂浜を裂いた。
その光から、無数の影がぞろぞろと現れる。燕尾服を着こなした男たち……いや、ハエの顔を持つ紳士達が、きびきびと整列してベルゼバブを囲んだ。
「ベルゼバブ様――!」
その中で一際大柄なハエ男爵が片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
「ご命令どおり、集まりました!」
甲板から見下ろす女船長ゾイルは、思わず唾を飲み込む。
「……すごいねぇ。あの数を一瞬で召喚するなんて……」
メデューサ三姉妹も目を見開き、それぞれが口々に褒め称える。
「流石はベルゼバブ様……」
「お力、やはり本物……」
「畏れ多い……」
リリスはくすっと笑いながら肩を揺らす。
「でもさぁ、ベルゼバブ様ってば……なーんかお茶目だよね♡ ふふっ」
その様子を船から見ていたエルフィナは、ふと声を上げた。
「あっ! ハエ男爵様、お久しぶりですわ!」
ハエ男爵は大きな複眼を輝かせ、喜び勇んで顔を上げた。
「おおっ、麗しきエルフィナ姫! ご無沙汰しております!
ぜひこの場で、お互いの喜びを分かち合うため――ギュッと抱きしめ合いましょう!」
「セクハラ!」
即座にメイ=スケが飛び出し、エルフィナの前に立ちはだかった。
メイ=スケ(じと目で、だるそうに)
「……姫様の前に出て来るなんて、ずーずーしいんですよぉ〜」
エルフィナは慌てて両手を振った。
「えっ、メイ=スケったらまたぁ〜。そんなこと言うもんじゃありませんわ」
だがハエ男爵は気にせず胸を張った。
「さすが姫様! 寛大なお心! ではそちらに参ります!!」
その瞬間、ベルゼバブの手が彼の肩をがっしり掴んだ。
「行かせないよ〜。あんたさぁ、またセクハラしてるのかい?」
ハエ男爵は慌てふためき、ぶんぶんと腕を振る。
「め、滅相もございません! 決してそのようなことはっ……!」
ベルゼバブ(片眉を上げ、冷たい笑みで)
「ふーん……?」
一方、エルフィナは首を傾げて、ぽかんとそのやり取りを見ていた。
「??? ……わたくし、何か間違っておりますの?」
船上にいた全員が、苦笑いとため息を同時に漏らした。
甲板に立つルイフェルの金の瞳が、朝日に照らされて鋭く光った。
その声は戦場を告げる号令のように力強く響く。
ルイフェル(右手を突き出し、叫ぶ)
「ベルゼバブ! 町の人々の保護と、敵悪魔の討伐――頼む!!」
砂浜に立つベルゼバブは、真紅のドレスをひるがえし、にやりと口角を上げた。
「了解さぁ!」
彼女は大きく両手を広げ、夜明けの風を全身に浴びながら高らかに叫んだ。
「久方ぶりの……戦場だねぇ! さぁ暴れるよー!! ――あんた達ッ!!」
その号令に応えるように、ハエ男爵率いる燕尾服のハエ紳士軍団が一斉に翼を震わせた。
空気が振動し、低い羽音が大地を覆い尽くす。
「ベルゼバブ様に続けーーっ!!」
ハエ男爵の声に合わせ、兵団は一糸乱れぬ動きで進軍を開始する。
その光景に、女船長ゾイルは思わず目を細め、呟いた。
「……やれやれ、とんでもない援軍だねぇ……」
甲板で見守っていた仲間たちの胸にも、熱が込み上げる。
エルフィナは拳を握りしめ、ミャーリは耳をぴんと立て、天使ちゃんは涙を浮かべながら「すごいですぅ!」と声を上げた。
やがて――。
空も大地も揺るがすような羽音と共に、戦の幕が上がったことを告げる
つづく
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イラストはこちら(Pixiv)
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