涙のあとに
話は数日前に戻る
施設跡地で泣き崩れたアーシアは、その後、力なくルイフェルに担がれて船に戻された。
ベッドに横たえられた彼女は、目を開けていても虚ろなまま、ただ呼吸だけを続けていた。
エルフィナ、ティナ=カク、メイ=スケが謁見を終えて戻ってきたとき、船室は重苦しい沈黙に包まれていた。
ルイフェル(低く、押し殺した声で)
「……アーシアの施設は、燃えて跡形もなかった。誰も、何も……残っていなかった」
その報告に、全員が息を呑んだ。
エルフィナは口元に手を当て、カクとスケは驚愕のあまり言葉を失った。
船長までもが険しい表情を浮かべ、黙ってアーシアの寝顔を見つめた。
やがてリーザとマリン、ミャーリが自然とベッドの傍に座り込み、冷たいタオルを当てたり手を握ったりして、アーシアを見守った。
その間に、海ちゃんは窓辺に立ち、水の精霊に語りかけていた。
「ねぇ〜、お願いだから、あの施設で何があったのか……水の流れが覚えているはずだよね」
天使ちゃんは小鳥を呼び寄せ、両手でそっと包み込んでささやいた。
「……空から見たことを教えてください。お願いしますぅ」
それぞれが手を尽くしながらも、アーシアの瞳は虚ろなままだった。
⸻数日後。
海ちゃんと天使ちゃんは顔を見合わせ、静かに頷いた。
「じゃあ、やるね」
二人は並んで立ち、柔らかく声を重ねた。
歌声が重なり合い、優しいハーモニーとなって船室を満たしていく。
清らかな旋律は波紋のように広がり、沈んでいた空気を少しずつ温めていった。
天使ちゃん(歌を止めて小声で)
「これはきっかけを作っただけ……後は、誰かがアーシア様に声をかけて、現実に戻してください」
ルイフェルは真剣に頷いた。
そしてベッドの傍に腰を下ろし、アーシアの上体をそっと抱き起こす。
ルイフェル(肩を掴み、叫ぶ)
「アーシア! 我はお前が好きだ!! 笑った顔、怒った顔、拗ねた顔……ぜんぶ、ぜんぶ大好きだ!! 目を覚ませ! アーシアーー!!!」
その叫びは、船室を揺るがすほどの熱を帯びていた。
天使ちゃん、海ちゃん、ミャーリは思わず顔を見合わせ、心の中でつぶやいた。
(……すごい告白じゃん……!)
恥ずかしさに頬を赤らめながらも、誰も止めようとはしなかった。
しかし、アーシアはまだ反応を見せない。
ルイフェル(歯を食いしばり)
「ならばっ……!」
思いきり額をぶつける。
ゴンッ!!
アーシア
「いたぁーいっ!! 痛いですぅ〜ルイフェル様〜!!!」
その声に、ルイフェルの目が見開かれた。
ルイフェル(喜びと安堵で声を震わせ)
「アーシア! 目を覚ましたかぁーっ!! ヘッドバットしたのは、あいつらだ!!」
指差された天使ちゃん、海ちゃん、ミャーリは、慌てて両手を振った。
「いやいやいや!」「ちがうよぉ〜!」「にゃにゃ!?わたしじゃないにゃ!」
アーシアはジト目でルイフェルを見つめ、頬を膨らませた。
「……頭突きしたのはルイフェル様でしょぉ!」
ミャーリはぱぁっと顔を輝かせて両手を広げた。
「やったぁ! アーシア様が目覚めたぁー!!」
天使ちゃんと海ちゃんも同時に歓声を上げ、船室は一気に明るい笑い声に包まれた。
アーシアは涙目で頭を押さえながら、ジト目でルイフェルをにらんだ。
「……もうっ、痛いですぅ……ルイフェル様のせいですからね!」
ルイフェルは両手を挙げて、とぼけたように笑った。
「違うぞ! あいつらがやったんだ! なぁ、天使ちゃん、海ちゃん、ミャーリ!」
「えええ!?」「いやいや〜!」「にゃにゃっ!?」
三人は慌てて手を振って否定するが、頬は笑みをこらえきれずに引きつっていた。
そんなやり取りを見ていたエルフィナが、胸を押さえて小さく安堵の息を漏らした。
「……よかった……アーシア様が……戻ってきてくださって……」
ティナ=カクも深くうなずき、短く言葉を添える。
「もう、安心ですね」
メイ=スケは眠たげな目を細めながら、にやにやと笑った。
「ふふっ……なんだか、告白みたいでしたねぇ〜、ルイフェル様ぁ?」
ルイフェルは真っ赤になり、机をドンッと叩いた。
「こ、告白じゃない!! あれは我流の目覚ましだ!」
アーシアは顔を赤らめながらも、柔らかな笑みを浮かべる。
「……ありがとうございます。ルイフェル様。皆さん……心配をおかけしました」
そう言って小さく頭を下げると、ミャーリが勢いよく飛びついた。
「アーシア様〜っ!! よかったにゃ〜!!」
「きゃっ……!」
押し倒されそうになりながらも、アーシアは必死に笑みを浮かべ、ミャーリの頭を撫でた。
天使ちゃんと海ちゃんも駆け寄り、両手を握りながら微笑む。
「よかったですぅ……ほんとに……」
「やっと……戻ってきてくれたね〜」
その温もりに包まれて、アーシアの胸から張り詰めていた糸が少しずつ解けていくのを感じた。
アーシア(心の中で)
(……わたしは、ひとりじゃない……みんながいてくれる……だから、立ち上がらないと……)
涙を拭ったアーシアは、改めて皆を見渡した。
「……もう大丈夫です。必ず、この手で真実を確かめます」
ルイフェルは誇らしげに頷き、力強く言葉を返した。
「そうだ。その気迫だ、アーシア」
船室は重苦しい沈黙から一転、再び温かな灯火を取り戻していた。
海ちゃんと天使ちゃんは、戻ってきた仲間たちの前で、真剣な面持ちで報告をした。
海ちゃん(眼鏡を直しながら)
「……あのね〜、水の精霊たちに聞いたんだけど……施設のみんなは“連れていかれた”って」
天使ちゃん(小鳥を抱きしめながら、うるんだ目で)
「鳥たちも……言ってましたぁ。焼ける前に、子供たちやシスター様は……馬車で運ばれていったって……」
アーシアの肩が震えた。涙が再びこみ上げそうになったが、彼女は唇を強く噛みしめた。
ルイフェル(低く、怒りを抑えた声で)
「……連れていかれた、だと? では、まだ生きている可能性があるのか」
海ちゃん(小さくうなずき)
「うん……ただ……その運んだ先に、“大神官ダイナ”の影があるって、精霊たちが囁いてたんだよね〜」
天使ちゃん(両手を胸に当てて)
「……おかしいです。大神官様がそんなことするなんて……」
場が重くなる中、エルフィナが静かに口を開いた。
エルフィナ(まっすぐアーシアを見つめて)
「……アーシア様。実は、わたくし達も王女シリア様から“王がおかしい”と相談を受けましたの。どうやら、この事件と無関係ではない気がいたします」
アーシア(驚きに目を見開き)
「……シリア様が……?」
エルフィナは椅子から身を乗り出し、アーシアの手をそっと握った。
「アーシア様……どうか、一緒に解明しましょう。この国に何が起きているのかを」
アーシアは震える手で涙を拭い、かすかに笑みを浮かべてうなずいた。
その様子を見て、エルフィナは立ち上がった。
「では……わたくし達はシリア様との待ち合わせに向かいますわ。必ず繋がるはずです」
メイ=スケ(あくび混じりに伸びながら)
「じゃあ〜、行きますかぁ〜」
ティナ=カク(真剣な眼差しで)
「警戒は怠りません」
去り際、エルフィナはふと振り返り、にやりと笑った。
「……あ、それからルイフェル様。アーシア様への“頭突き”の件……あとで少しお話ししますわぁ?」
ルイフェル(ぎくりとして)
「なっ……!? 違う! あれは儀式だっ!!」
エルフィナは肩を揺らして笑い、カクとスケを伴いカフェへと向かった。
ルイフェルは顔を真っ赤にしながら振り返り、アーシアにジト目で見られてさらに動揺する。
「ち、違うのだアーシア! 我は悪くないぞっ!!」
ミャーリ、天使ちゃん、海ちゃんはその様子を見て、こっそりと吹き出していた。
⸻
つづく
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