笑顔の先に、
王都ルイザの城門前。
賑わっているはずの町並みに、どこか影が差していた。
メイ=スケは首を傾げ、眠たそうな目で周囲を眺める。
「なんか町自体の活気がなかったですね〜」
エルフィナは足を止め、少し考え込むように視線を落とした。
「そうね……なんとなく変な空気感でしたわ〜」
ティナ=カクも真剣な表情でうなずく。
「そうですね。皆、疲れた様子でしたし……」
エルフィナは両手を軽く叩き、場の空気を切り替えるように笑顔を作った。
「まぁ〜、とりあえず。お城に向かいましょう」
⸻
謁見の間
荘厳な扉をくぐると、広間の奥に玉座があった。
エルフィナは優雅にドレスの裾を広げ、姫らしく一礼する。
ティナ=カクとメイ=スケは片膝をつき、深々とお辞儀をした。
デエル王は玉座からゆっくりと立ち上がり、にこやかな笑みを浮かべる。
「よくはるばる来られた。長旅、疲れたであろう」
エルフィナは胸を張り、朗らかに微笑んで答えた。
「いいえ。久方ぶりの遠出でして、胸が高鳴り、疲れなど微塵もありませんでしたわ」
デエル王は目を細め、ニコッと笑う。
「なんと!? 元気で活発な王女じゃ! その元気をうちの王女シリアにも分けてもらいたいわい」
和やかな空気が広がり、場が少し緩んだかに見えた。
しかし──次の瞬間、デエル王の眼差しが鋭く変わる。
「それで、エルフィナ姫よ……何をしに? 王都ルイザに様で?」
突き刺さるような視線に、ティナ=カクの手が無意識に剣の柄へと動く。
メイ=スケは肩をすくめ、気配を抑えた。
エルフィナは一瞬、真剣な眼差しを浮かべたが、すぐに唇に笑みを戻した。
「ただの気まぐれ王女の観光でございます。ふふふっ」
デエル王はしばし沈黙し、それから声を張った。
「そうであるか。それなら案内人をつけようではないか!」
エルフィナは軽やかに首を振り、優雅に笑う。
「いえ〜、道がわからないほうが、いろんな発見があり楽しめます! ありがたいのですが……お断り致します」
デエル王はわずかに眉をひそめ、それでも無理に笑顔を保った。
「そうかぁ……優秀な案内人なのじゃがなぁ」
エルフィナは微笑みを崩さず、深々と礼をした。
「勝手ばかりを申しまして、申し訳ございません」
デエル王は手を振り、力の抜けた声で返す。
「いやいや、よいのじゃ」
それからしばらくは、取りとめのない世間話が続いた。
やがてエルフィナはドレスの裾を整え、二人の護衛と共に静かに立ち上がる。
三人は揃ってお辞儀をし、謁見の間を後にした。
お城の長い廊下を歩きながら、メイ=スケが眠たそうに首を傾げる。
「王様〜、普通でしたねぇ〜」
エルフィナは指を口に当て、きょろきょろと周囲を見渡しながら小声でたしなめた。
「しっ……まだ城の中ですわ。迂闊なこと言わないように」
ティナ=カクは背後を一瞥し、わずかに眉を寄せる。
「……用心しろ」
三人は城を後にし、石畳の通りを抜けていった。
ティナ=カクは声を落とし、低く告げる。
「……誰かつけてきますね」
エルフィナは目を細め、ふっと口角を上げる。
「そうみたいね。ひとけのない路地に入りましょう。そこでどう出てくるか見ましょう」
ティナ=カクは即座にうなずいた。
「わかりました。メイ=スケ、わかったな?」
メイ=スケは欠伸を噛み殺しながらも、軽く手をひらひらさせる。
「わかってるよ〜」
三人はわざとひとけのない細道へと入った。
角を曲がる瞬間、エルフィナが合図すると同時に三人は駆け出す。
後方から靴音が響いた。追いかけてくる足音。
ティナ=カクは息を潜めて待ち構え、角を回り込んだその人物を素早く捕らえた。
「す、すみません! 離してください!」
聞こえてきたのは、澄んだ女性の声だった。
エルフィナは驚いて目を見開く。
「……女性の声?」
捕えられた人物は必死に名乗りを上げた。
「わたくしは王女シリアです! エルフィナ様!」
⸻
カフェの奥にて
人気の少ない路地を抜け、場を変えて。
彼女たちは城下町の小さなカフェの奥に腰を落ち着けていた。
カップの縁に揺れる水面越しに、改めて目を向ける。
そこに座っていたのは王女シリア。
窓辺の光を受けて輝くプラチナブロンドの髪は、肩先で柔らかく揺れていた。
ラベンダー色の瞳は静かに、けれど不安を帯びた光を宿している。
白と淡いクリーム色のシンプルなワンピースに身を包み、宮廷での華やかさを隠そうとしながらも、儚げな気品は隠しきれなかった。
その佇まいは、ただの少女ではなく──王女であることを強く印象づけていた。
カフェの奥。控えめに揺れるランプの灯りの下、王女シリアは重い口ぶりで口を開いた。
「実は……あの今の父は、父じゃないんです。絶対に」
メイ=スケは眠たげな目を大きく見開き、驚きの声をあげる。
「えー、それって?」
エルフィナは人差し指を唇に当てて制した。
「メイ=スケ、聞きましょう。それで、シリア様……根拠などありますか?」
シリアは唇をきゅっと噛み締め、言葉を探すように視線を落とした。
「根拠ですかぁ……根拠と言えるかどうか。でも……目が違います。とても怖い……無機質な目に」
エルフィナは小さく頷き、身を乗り出す。
「目ですかぁ。他に、気づいたことは?」
シリアは少し考え込み、両手を膝の上で握りしめる。
「そういえば、何日か前からですが……使用人の一人がツボを割ってしまって……。その時、かなりの剣幕で怒って罰を与えていたんです。普段なら、そんなに怒らないのに……ましてや罰など……」
(声を震わせながら)
「その頃から、臣下やメイド達にも、些細なことであたり散らすように……」
エルフィナは片手を口に当て、深く考え込む。
「うーん……調べる価値ありそうですねぇ……」
メイ=スケは肩をすくめ、のんびりした声で言う。
「気のせいでは?」
エルフィナはすぐに首を振った。
「いいえ。シリア様は家族で、長年一緒に暮らして来た親子です。何か違和感があれば、異変に気づくでしょう」
その言葉にシリアは少し安堵し、かすかに微笑んだ。
「信じてもらえて……心強いです。ありがとうございます、エルフィナ様」
エルフィナは紅茶を一口飲み、表情を崩さずに尋ねた。
「シリア様、それで……護衛の者達などは?」
シリアは目を伏せ、恥ずかしそうに告白する。
「じつは……エルフィナ様を見かけて。お伝えしたかったので……そのままお城を抜け出して来ました」
エルフィナは思わずくすりと笑う。
「ふふっ、シリア様もおてんばさんですね♪」
メイ=スケはすかさず突っ込みを入れる。
「いやいや、エルフィナ様のは“可愛らしい言い方のおてんば”とかのレベル超えてます!」
ティナ=カクは真面目な顔で声を張る。
「おい!失礼だろ!!……事実だけど! 他国の姫の前で!」
エルフィナはふくれっ面になり、頬を染めてむくれる。
「事実って! もーう!!」
シリアはそんなやり取りを見て、微笑みを浮かべる。
(……いつからだろう。心から笑えなくなったのは……)
その思いが胸を締めつけ、気づけば涙が頬を伝っていた。
「……うっ……うっ……ぐす……」
エルフィナは柔らかい声で寄り添う。
「誰にも相談できなくて、泣けなかったんですね。どうぞ、今は泣いてすっきりしてください。わたくし達は……シリア様の味方ですわ」
シリアは顔を覆い、声をあげて泣いた。
胸に溜め込んでいた悲しみを、喉が枯れるまで、すべて吐き出すように。
やがて涙が止まったのを見届け、エルフィナは優しく微笑んだ。
「シリア様……もう泣き尽くされましたわね。それなら、あとは進むだけですわ! この現状を打破するために、共に頑張りましょう!!」
その言葉と同時に、エルフィナはそっとシリアの手を取った。
温かく、柔らかなその手を両手で包み込む。
「……シリア様、わたくし達はどんな時でも、必ず味方ですわ」
シリアは一瞬驚いたが、次第にその手を握り返した。
(……こんなふうに、心から信じられる人に触れられるのは……いつ以来だろう)
胸に広がる安堵に、シリアは静かに涙の余韻を笑みに変えた。
つづく
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イラストはこちら(Pixiv)
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