聖女アーシア覚醒
「ワンッ! ワンッ!!」
突然、ウルワが村の外れにある川に向かって走り出した。
「ウルワ!? どうしたの?」
後を追うようにアーシアたちがついていくと、村の人々が川辺に集まって騒然としていた。
「ど、どうしたんですか!?」
アーシアが声をかけると、村人の一人が振り向いた。
「お嬢ちゃんが……川に……!」
見ると、少女が川の中で動かなくなっていた。
すぐさま引き上げられたものの、ぐったりしていて息もない。
「アーシア様……お願いです、この子を……!」
少女の母親がアーシアに泣きながら懇願する。
「回復魔法で……助かる……かも……」
アーシアは震える手で魔力を集中させようとしたが、少女の脈はかすかすぎる。
(もう、魔法の範囲じゃない……)
そのとき。
──「大丈夫です。力を、使いなさい。」
どこか遠くから、柔らかな声が頭に響いた。
「……え?」
戸惑いながらも、アーシアは自然と両手を組み、祈りの姿勢をとっていた。
「どうか、この子に命を……」
彼女の身体から、眩い光が放たれた。
光に包まれた瞬間──アーシアの銀髪が、金色へと変わっていく。
村人たちは目を見開き、ただその奇跡を見守った。
そして──少女の小さな胸が、ふっと動いた。
「……っ!」
「……生きてる! 息してるわ!」
歓声と共に村に安堵が広がる。
「アーシア様……! ありがとう……!」
しかしアーシアはふらりと身体をよろけさせた。
「う……」
「ったく、無理しやがって……」
背後から手が伸び、ルイフェルがしっかりと支える。
「さっきのアーシア……あれは……もしかして」
ノームが空中でゆらりと浮かびながら、じっと彼女を見ていた。
──その夜。
アーシアは宿屋のベッドで静かに目を覚ました。
「……私……」
「お、起きましたな?」
横でノームがふわりと宙に浮きながら答える。
「助けられましたよ。あの子、村長の孫らしいですな。村中が感謝しておりました」
「……そう、よかった……」
安堵の息をつくアーシアは、ふと気になって尋ねた。
「……あの、ルイフェルは?」
ノームの動きが一瞬止まる。
「姫様は……アーシア殿の容体を確認したあと、少し思いつめたような表情で……」
「……?」
「『1人になりたい』と仰って、宿を出ていかれました」
「ルイフェル様が……?」
アーシアは起き上がろうとするが、まだ身体が思うように動かず、再び布団に沈み込んだ。
「……すみません、ちょっと、まだ身体が……」
「今夜はゆっくりお休みなされ」
ノームの声は、いつになく穏やかだった。
だが、静まり返る夜の空気の中、アーシアの胸の奥には妙な不安が残っていた。
──その頃、誰もいない川辺にて。
金色の月が水面に揺れる中、ルイフェルは黙って佇んでいた。
「……アーシアの力、あれは……まさか」
その赤い瞳が、静かに揺れる川面を見つめていた。
拳を強く握る。
その手は、かすかに震えていた。
次回──《EP11:金色の祈りと紅の影》
アーシアの力の正体に迫る影。ルイフェルの中に芽生える“焦り”と“記憶”とは──