追い出された魔女と蘇りの薬を求める公爵
ちょっとだけ残酷なシーンもありますので、苦手な方はお勧めしません。
でも、ハッピーエンドになります。
王都の西側に位置する『さえずりの森』には赤い髪の魔女が住んでいる。
魔女は森の一軒家に住んでいて、かれこれ三百歳をゆうに超えていると噂されているが、本当は代々母親や祖母がそこに居を構えているので、現在の魔女はまだ二十歳になったばかりだ。
「ふぅ~。これで薬草採取も終わったし、今年の冬も薬ばかり作って生活できそうね」
魔女のサラは、額の汗をぬぐい採取した薬草を乾燥させるために、室内や庇のいたるところに干していた。
サラがウッドデッキで薬草を干すのに夢中になっていた時のこと。
「こんにちは」
(うわっ! びっくりした!! 気を抜き過ぎて、人なんて訪問してこないのだと思っていたけれど…この人、近くに来るまで気配を全く感じなかったわ!)
魔女サラは魔女としての血は徐々に薄まりつつあるけれど、毎日、魔法を使っているからそれほど力は衰えていないはずだ。母親と同じくらいは魔法が使えると自負していた。
(過信するのは良くないわね。 気を付けないといけないわ)
この世界で魔法が使えるのは魔女だけではない。
母は、王都の貴族学院や王族にも魔法が使える者がいるのだと言っていた。
(この人も…少しは魔法が使えるのかしら? だから気配を消してここまでやってきたとか?)
サラはそんなことを考えながらも、きちんと身なりがよい金髪の青年に挨拶を返した。
「こんにちは。こちらに何か?」
「えぇ、あなたに会うためにやって参りました。少し宜しいでしょうか?」
言葉だけを聞くと、ご令嬢ならときめいてしまうような言葉だけれど、サラにはそう解釈できなかった。
その男性を上から下までチラッと観察する。
帯剣しているし、外套に隠れた肉体は鍛錬を重ねて出来上がった身体のようだ。一歩一歩長い足を進める様や所作はとても美しい。貴族で間違いなさそうだ。
「えぇ、ご用件をお聞きしますわ」
サラは、恐らく薬を直接買いにきたのだろうと察して、笑顔で彼の次の言葉を待つ。
「ここには、あなたしか住んでいないのですか?」
「えぇ」
「それは、良かった。すぐに準備できますね」
「……何の準備ですか?」
(どこか診てもらいたい患者がいるとかかしら……)
サラは首を傾げながら、意図のわからない発言に質問をする。
「申し遅れました。私は新しくここレオポルト公爵領の領主となりましたアムール・レオポルトです。以後、御見知りおきを…。この度、この森の住居は全て取り壊すことが決定いたしましたので、別の場所に引っ越しを宜しくお願いいたします」
「……そんな!!」
サラは慌てて、驚きを隠せない言葉を発する。三百年前から代々住み続けて受け継がれてきた家を急に立ち退くように言われても、露頭に迷ってしまう。
「なぜここに家があってはいけないのですか?」
サラは反論しようとして、正当な理由を確認しようとする。
するとアムールは胸ポケットから一枚の紙きれを取り出した。
「この家は数百年前から地代を治めておりません。ざっとその金額は…二百ルルです。こちらをお支払いいただけましたら、引っ越しをしていただく必要はございません」
「そんな大金…」
(おばあ様もお母様も地代を払わないといけないなんて、知らなかったのかしら。それともお金を踏み倒してここに居座っていたの?!)
すでに他界してしまっている先祖たちに意見を聞くことはできそうもない。
サラはガックリと肩を落として、手持ちのお金では支払うことができないのだと伝える。
「えぇ、簡単にお支払いできる金額ではありませんからね」
「……時間はかかりますが、少しずつお支払いしますわ…」
サラはいつの間にか多額の負債を抱えてしまい、気分はどん底だった。
引っ越しをするにしても、何かと資金がいる。それくらいは何とかしたかったけれど、その日暮らしを続けている魔女には、貯金をするという概念がそもそも無い。
「はぁ…それで、いつまでにここを退去すれば良いのでしょうか?」
「……何をおっしゃっているのですか? 今すぐに決まっていますよ」
冷たいアムールの声音で、サラは泣きたくなるのを我慢しながら急いで必要な物をリュックに詰め込んで、長年、先祖が住んでいた家を離れる決意をした。
■■■
サラが荷物をまとめ終わるのを確認したアムールは、自分が乗ってきた馬に共に乗るように促した。
(そんなに、急かしてまでこの地から出て行ってもらいたいのね…)
サラは、拒絶することもできずに、言われるがままアムールの前にちょこんと座り馬に乗せてもらった。
「わっ」
生まれて初めて乗る馬上はとても不安定だ。
サラが馬上でよろけると、落っこちないようにアムールが自分の腹部にもたれるようにサラの身体を自分の方に引き寄せた。
(馬に乗るのも、…殿方と触れ合うのも初めてなんだけれど…)
サラは恥ずかしくて顔が火照っているのを自覚してしまい、俯いてしまう。
「ほら…サラ……見て下さい。森を抜けたところにあるあの花畑。綺麗だと思いませんか?」
「えぇ…そうですね」
サラは、自分のことで精いっぱいで名乗ってもいないのにアムールが名前を知っていたことを疑問に感じることはなかった。
■■■
アムールに連れられて到着したのは、公爵家だった。
「えっと……」
サラは家がない状態だから、ここで馬から下されるということは、彼は家に帰り、ここから自分で宿屋を探す必要がありそうだと受け止めた。
「乗せていただき、ありがとうございました。宿屋を探して…これからどこに住もうか旅をしながら探そうと思います」
サラは道中のお礼を告げると、通り道で見かけた宿屋に宿泊してどこの方向に旅をしようか考えようとした。
「サラ。あなたはこの公爵領から離れることは許されておりませんよ。借金を踏み倒されても困りますから、私の監視下に入ってもらいます」
「あ…そうですね…」
(私はこの地を離れることはできないのね…。金額を払い終わるまでは、ここに留まって支払い続ける義務があるということね…はぁ…)
サラは小さくため息をつくと、若きアムール公爵を見上げる。背も高くて、見た目は紳士に見えるけれど、容赦はしてくれない。初対面の人間にも言うべきことを言う強い心の持ち主だという事はわかった。
「わかりました…では、この公爵領から出ないように宿屋を探します」
サラはアムールの意思をくみ取って、この地から離れないと約束をすると、その言葉を聞いたアムールは首を横に振った。
「あなたは払えるお金もないのでしょう? ちょうど人手を探していたんです。私の屋敷で働いて、滞納していた地代を納めていただきます。逃げようだなんて思わないでくださいね」
「……わかりました……」
サラは、家もないし仕事をすぐにでも見つけないといけないということは理解していた。だから、アムールの提案を飲むしか道は無い。
■■■
サラがアムールの屋敷で働き始めて一週間が過ぎた。
アムールはサラが森の家で乾燥させていた薬草と同じ物を用意して、調合して薬を作るという仕事を与えている。
(もっと掃除とか家事や料理をするのかと思っていたけれど、意外にも私の得意分野の仕事に就かせてもらえて助かったわ)
サラは自分の仕事として、薬作りができる環境を整えてくれたことに感謝していた。
その日の午後。
アムールは、サラの調合室兼仕事場として与えている一室にやってくると、真面目な顔をしてある質問をしてきた。
「サラ。死んだ人を蘇らせる…蘇生する薬を作れますか?」
サラは森に住んでいたことを思い出す。確かに祖母や母もそう頼み込みに来る人がたまにいるんだと話していたし、材料さえ集まれば可能だった。それでも、材料を揃えるのに膨大な金額が必要なので、よほどの金持ちでないとその薬を買う事はなかったし、母も死ぬまで二回しか作成したことがないと言っていたのを思い出す。
「えぇ、できますよ。ただし、材料が手に入れば…ですけれど」
サラはかつて母が話していた台詞をそのまま引用して、アムールに答える。
「どんな材料だ?」
「一角ウサギ百匹分の心臓が必要ですが、一角ウサギは絶滅してしまったと聞いております。それの代用として使えるのは……人間の心臓です。と言っても、誰の心臓でも良いというわけではございません。蘇らせたい人を一番愛して、心から生き返って欲しいと願っている人間の心臓になります」
(さぁ。こんな無理難題の薬を本当に欲しがる人なんているのかしら。ここまで話すとたいていの人間は、項垂れて肩を落とすのよね)
サラは今まで森にやってきた人と同じような行動をとるのだろうと、アムールの様子を窺った。
「それ以外の材料は?」
アムールは、材料に人間の心臓か必要だという部分には触れずに、他に必要な材料を尋ねてくる。
「……他ですか? 他には、この部屋にある薬草と、オオトカゲの尻尾が3匹分あればできますけど」
「そうか、わかった。そのうち蘇生できる薬を依頼することになるだろうから、薬草は常に切らさないようにしておいてくれ。その薬の値段は?」
サラはまさか本当に調合を依頼してくるとは思っていなかったので、目を丸くする。
(え? 本当に作るの? お母様たちはいくらで売っていたのかしら?)
サラは適正価格がわからずに口を閉ざしてしまう。
「じゃあ、こうしよう。二百ルルにしよう。その薬が完成したら今まで踏み倒して未納だった地代を支払ったことにして、解放することにしよう」
「え!! 本当ですか?!」
サラはあまりの嬉しさに手を叩いて喜ぶ。思っていたよりも早くに借金生活から解放されそうだとわかり、安堵の息を漏らす。
「人間の心臓を取り出してから、薬ができるまでどれくらいの日数が必要なんだ?」
「えっと……半日もあればすぐに作れます」
サラは一度も作ったことはないけれど、先祖から受け継いでいるレシピの本には書かれているから、作り方は頭に入っている。初めて作るとしても、作り方は難しくはないので失敗しないはずだ。
「わかった。薬を作ってもらう日が決まったら連絡するから、その日は空けておくように」
「……わかりました」
サラは、アムールの指示に静かに頷き、調合する日が決まるのを待つことにした。どうやって、心臓を用意するのかは深く考えないようにして…。
■■■
蘇りの薬を作る日が決まった。一週間後だ。
アムールからの説明では、心臓を取り出して欲しい人間に麻酔を打った状態でシーツに包んで運び込むから顔は見ないようにして、心臓だけを取り出しすぐに調合するようにと指示される。
「出来上がった薬は、誰に届けたらいいのですか? アムールに渡せば良いのですか?」
「……薬は、ここにいる我が家の執事長に渡してくれ。彼が管理するから」
「わかりました」
サラは、気になっていることを確認する。
「本当に蘇生したい人間を心から愛している人間なのですよね? 中途半端な気持ちの人間の心臓で調合しても蘇りませんよ」
「あぁ、問題ないはずだ」
(すごいわね。自分の命を差し出してもいいと思えるほど、蘇らせたいのは家族かしら? それとも恋人なのかしら?)
サラは詮索することはないけれど、どんな人物なのか少し気になった。
■■■
いよいよ蘇りの薬を調合する日がやってきた。
アムールは仕事で忙しいから立ち会えないと前もって聞いている。
「さぁ、始めるわよ!」
私は大きな布に包まれたまだ麻酔で眠っているだけの人物の胸の部分だけ、布を切り取って心臓を取り出すための道具を用意した。
(時間との勝負ね。手際よく調合しないと、鮮度も大事だとレシピに書かれていたわ)
サラは魔法とナイフを駆使しながら、心臓を取り出し、自分の手で死に追いやってしまい、息を引き取ってしまった人物の身体の切り口を魔法で縫い合わせた。
「よし。心臓の提供者は、あとで執事長に運び出して埋葬してもらいましょう。今は薬を作らないと!!」
サラはレシピ通りに死んだ人を蘇らせる薬を調合していった。
その過程で、自分のオリジナルの薬にならないかと、追加で魔法をかけておく。
『愛する人が蘇生したら…心臓の提供者も生き返りますように』
サラの両手から光が降り注ぎ、薬が金色に輝いたと思ったらすぐに光は消えてなくなってしまった。
「成功したのかしら? よくわからないけれど、まぁ追加の魔法が失敗しても誰も気が付かないわ。心臓提供者も生き返ればラッキーってくらいかしら」
サラは深く考えずに、そんな魔法が発動したら二人とも幸せになるかもしれないわねと思って気まぐれにかけた魔法だった。
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蘇りの薬が完成した日。
執事長に薬を渡すと彼はハンカチで目元を押さえて涙ぐんでいた。
(執事長の知り合いでこの薬を必要としている人がいたのかしら? これで蘇らせたいから嬉し泣きをしているのね)
サラは、心臓を取り出した人間を運び出した執事長の後をついて、埋葬される場所を確認しておこうと一緒に弔いに行った。
アムール公爵家から近い場所にある墓地に、執事長は布に包まれたままの息を引き取った人間を運ぶと手際よく、棺に入れてお別れの言葉をかけている。
予め地面が掘られているのは、すぐに埋葬できるようにアムールが指示を出していたのだろう。
しかもすでに墓石に名前も刻まれている。何と手際の良いことだろう。
(棺に入っているのなら、もし追加魔法が発動したら、この人間が生き返って自力で出て来られるかしら?)
サラの気まぐれでかけた追加の魔法が発動するどうかは定かではない。それでも、執事長に一言注意事項は伝えておいたほうがいいかもしれない。
「泣いているところ悪いのだけれど、棺の蓋は中から開けられるようにしておいてね。地中深くに埋葬しないで頂戴。棺にかぶせる土も少なくていいわ。そうね。棺の中に元気の源になる薬を一緒に入れておくといいかもしれないわね」
サラは自分の考えていることをペラペラと伝え、持ち歩いていた元気が出る丸薬を棺の中に一緒に入れておいてもらった。
不思議そうな顔をしている執事長だったけれど、深くは聞いてこない。優秀な執事は言われた内容からある程度推察して動くことができるとアムールが褒めていたから、きっとここまで説明すれば何か起きる可能性があると察してくれるだろう。
その時。
サラが住んでいた「さえずりの森」の空が厚くて黒い雲に覆われるのが、墓地から確認できる。
厚い雲に亀裂が入り、パカッと空が割れたかと思うと一体の大きな魔物が飛び出してきた。
「魔物だ!! 早く逃げてください!!」
執事長が一緒に墓地に集まっていた公爵家に仕えている人たちに避難を呼びかける。
(あれが…魔物…)
サラの母親は大きな魔物と交戦して、息を引き取った。
時々、魔界から時空の歪を利用して大きな魔物がこちら側にやってくることがあるのだと聞いている。
だとすれば魔法の使えるサラも母がしたように交戦しようと棺から手を放し、立ち上がる。
「こっちに向かってきています!! 早く、逃げて下さい!!」
執事長は大きな声を張り上げて、墓地にいた人を誘導している。
サラは、母より魔力が少ないけれどここにいる人たちよりは戦える。一度も戦った経験などないけれど。
大きな魔物はサラ目掛けて、飛翔してくる。ドラゴンと呼ばれている魔物だろう。本でしか見たことがないけれど、近づくにつれてその巨体と翼の風圧で魔物の強さを感じてしまい、思わず尻込みをしてしまいそうになる。
(サラ、お母様も戦ったのよ。魔女としてできることをやらなければ!!)
サラは自分を叱咤激励して、気持ちを奮い立たせる。
ギリギリまで魔物が近づいたら、サラが知っている攻撃魔法をあの大きな的に当てようと心に決める。
(相打ちになるってお母様はおっしゃっていたわね)
サラが使える渾身の一撃である攻撃魔法は一度きり。命と引き換えに発動させる魔法だ。
「これで仕留められれば一人前よね」
震える手を高く持ち上げ、口をあけて迫りくる魔物に向けて強く魔法を解き放った。
ズッドーーーーーーーーーーーーーーン
大地が揺れ、魔物にサラの攻撃魔法が入ったのは確認できた。
(当たったわ!!)
サラは、攻撃魔法が当たり落下していく魔物の姿と、魔物が口の中からサラを攻撃しようと吐き出した炎が自分に向かってきたところまでは意識を保っていたけれど、その後、魔力を切らしたサラは地面に崩れ落ちた。
ドォーーーーーン
ドラゴンが吐き出した攻撃魔法の炎はサラの身体に当たり、サラを一瞬にして焼き焦がし、黒い塊にしてしまった。
「サラさん!!」
一部始終を見ていた執事長は、魔物が落下して息をしていないことを確認すると黒い塊になってしまったサラに駆け寄り、大事にしまい込んでいた蘇りの薬を胸ポケットから取り出すと、口と思しき場所に液体を流しこみ、黒い塊にもその液体を振りかける。
「サラさん!! サラさん!!」
何度も大声で呼び続ける執事長は、何としてもこの目の前の魔女を救おうと必死だった。
その時。
パァーーーーーーーーー
黒い塊だったサラの身体が黄金に輝き、自ら強い光を放つとサラの身体が元の可愛らしい姿に一瞬のうちに戻っていた。
「サラさん!!」
「……ん……」
サラは何度も自分の名前を呼ばれるので、重たい瞼を開けると泣いている執事長が目の前にいる。
(あれ? 私、魔物と戦って相打ちになったはずだけれど…)
サラはなぜ自分が生きているのか不思議で、ぼんやりと動かない頭で考える。
「良かった!! 蘇りの薬が効いて!!!」
「あっ…」
執事長の言葉で何が起きたのかサラは悟ってしまう。
蘇りの薬は自分用に用意されていたのだ。
「…ということは…」
サラは、自分のオリジナルで追加した魔法が機能したのか確認したくて、埋葬途中だった棺に駆け寄ると、棺の蓋をずらして、包まれていた布をはぎ取っていく。
(この心臓をくれた人物も生き返るのかしら……)
自分の追加で施した魔法が発動するのか半信半疑で、布を必死でめくっていくとそこに横たわっていたのは、サラの知っている人物だった。
「……アムール?」
(なぜ彼がここにいるの? 彼は確か、今日は仕事で不在だと言っていたのに…)
サラはなぜアムールがここにいるのか理解できないまま、自分の追加した魔法が発動しているのか確認したくて、アムールの顔をそっと優しくなでる。
「ほら…発動しなさい。私は魔女なのよ」
私は自分の魔法がなかなか発動しないので、失敗したかもしれないと思いながらもアムールの顔をひたすらなでる。
「……何をしているんですか? くすぐったいですよ…」
「アムール!!」
突然、閉じていた瞼が開いてアムールと視線が交わった。
傍には公爵家に仕えている人たちが涙を流しながら集まってきている。
「良かった…サラは…助かったのですね…」
「えぇ、あなたもですよ…」
サラとアムールはお互いが生き返ったことを喜び、安堵の嗚咽をこぼす使用人たちに囲まれながら、公爵家に再び戻ってきた。
■■■
その日の夜。
「さぁ、何がどうなっているのか洗いざらい吐いてもらいますよ」
アムールは、問い詰めるようにソファの横に座っているサラの腰に腕を回して逃げられないようにする。
「わかりましたから…腕をのけて頂けませんか」
「却下します」
「うぅ…実は蘇りの薬を自分のオリジナルにしようと思って、追加で魔法をかけてみたんです。『蘇りの薬を飲んだ人が生き返ったら、心臓の提供者も生き返るように…』って……」
アムールは、まさか依頼した内容の薬に追加で魔法が付与されているとは思っていなかったようで、目を大きく見開いた。
「……だから、私は生き返ったのですね? わかりました」
「私も聞きたいことがあるのですが、一つ質問してもいいですか?」
サラは、なぜアムールが心臓を提供しようとしたのか不思議でしょうがなかった。
「えぇ、どうぞ」
「アムールは、私が魔物と交戦する事を知っていたのですか?」
「……そうですね。私は高位貴族として魔法が使えるのですが、予知する能力があるのですよ」
「予知する能力…」
サラは森に住んでいたころに「予知できなくして欲しい」と悩みを抱えた少年が尋ねてきたことを思い出した。この国の貴族には未来を予知できる人間がいるのだと、その時知ったのだ。
「えぇ、サラがあの墓地で亡くなるのを予知していたのです」
「それで、死んだ私を蘇らせようとご自分の心臓を差し出したのですか?」
「えぇ、そうなりますね」
「何をやっているんですか!!」
私はいとも簡単に心臓を提供したアムールの行動に多少なりともいらだちを隠せなかった。
「なぜ、心臓の提供者がご自分だと言わなかったのですか?」
「言って欲しかったですか?」
「うっ…」
質問に質問で返される。確かに、自分の知っている人物の心臓を取り出す時は、動揺してしまうので魔法のレシピが失敗することがあると先祖のレシピには書かれている。
「サラが動揺しないように打ち明けなかったのですよ」
「…そうですね。ご配慮ありがとうございます。それにしても、もう一つ疑問があります」
「何でしょうか」
「蘇りの薬は、死んだ人を愛している人物の心臓が必要なのですよ。なぜ、今回、発動したのでしょう?」
「それは、私があなたを愛しているからですよ」
甘い言葉を急に囁くアムールは、腕の中のサラを抱きしめようと力を強めてくる。
「はい?」
「愛していますよ。サラ。ずっと前からね」
サラは、初めての異性からの告白にたじろいでしまう。
「いつからですか?」
冷静になろうとして、サラが振り絞った言葉がこれだった。
「覚えていませんか? 私は以前、あなたのお母様に薬を調合してもらいに何度も森に行っていましたけれど、あの時、サラに一目惚れしてからずっと愛しているのですよ」
「……えーー!!」
私は、驚愕の事実を知らされて大きな叫び声を出してしまう。
「まさか、予知する能力を止めて欲しいと言っていた男の子は、アムールですか?」
「そうですよ。私は、あの頃、あなたに出会い…将来、ここで命を落とすのを予知していたのです。だから、サラの母親に相談したんですよ」
「……母は何と?」
「予知する能力をそのまま活用して、サラの命を救って欲しいと。娘には蘇りの薬のレシピを伝えておくから…と言っていました」
「そうなのですね……」
「それから、私はきちんと将来サラに結婚を申し込みたいけど、どうだろうかともお聞きしました」
「……母は何と?」
「喜んで!! 幸せにして頂戴とのことです。ちなみに、当時の私には生き返ったあなたと幸せな家庭を築いていく未来も視えていましたよ」
「……そうなのですね……」
サラは一連の騒動が、全て予知された上で行われた行動でしかも母親も一枚かんでいたとわかり、少し腹立たしい気持ちもあったけれど、全てが丸く収まって良かったと心の底から安堵する。
「では…私が追加魔法を発動させて、心臓を提供してもご自分が生き返るとご存じだったのですか?」
「いえ…そこまではわかっていませんでした。私がわかるのは、将来に起こり得る一部分が予知できるだけで、どういうルート、どういう行動でそうなるのかはわかりませんからね」
どうやら、アムールはサラが追加魔法を付与していたことまではわかっていなかったようだ。
「素晴らしい魔女のサラ……今更ですが……私の伴侶になってもらえませんか?」
「……仕方がないですね。心臓まで差し出していただいのですから、無下に断れないじゃないですか」
「愛していますよ」
アムールはサラをギュッと抱きしめて、長年の片想いがようやく実りサラと幸せになれそうだと喜びを噛みしめる。
アムールとサラは共に素敵な家庭を築き、晩年には「さえずりの森」に移り住み仲良く一生を終えることになるのだとアムールは再び予知をしているが、まだしばらく秘密にしておくようだ。
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