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神様シリーズ

神様だってサボりたい

作者: 遠野さつき

 神様も大変よね。


 屋台のイカ焼きを齧りながら、境内を見渡す。


 溢れんばかりの人、人、人……。祭りとはいえ、この数は異常だわ。それもこれも、大物YouTuberとやらが、動画でこの神社を紹介したからよ。


 そうでなきゃ、こんな辺鄙な場所に人が来るわけないじゃないの。電車もバスも一時間に一本レベルなんだから。


 いつもの静かで落ち着く空間が台無し……。私みたいな昔ながらの地元民にとっては、迷惑以外の何者でもないわ。


 あーあー、首も座っていない赤ちゃんなんか連れて来て。わかってんのかしら。ここの神様、飢饉で口減しに遭った子よ。人柱にされてね。


 奥宮に慰霊碑があるのに……。どうせ、見ていないんでしょうね。大抵の人間は、神社の御由緒なんて興味ないのよ。


 苛立ち紛れに奥歯を噛み締める。ガリっと嫌な音がした。


 最近のイカ焼きは過食部が少ない。歯形のついた串をゴミ箱に放り込んで、人のいない方を目指す。

  

 ここは陸からほど近い、海に浮かぶ小島。船着場の近くに本宮があり、拝殿裏手の石段を千段上った先に奥宮がある。


 この島に存在するのは神社と社務所だけ。拝殿の裏手は海に突き出た岬になっていて、奥宮まで行けば島の全景を見渡せる。ここから眺める夕日は実に見事よ。滅多に人は来ないけど。


 そう。この島は聖域なのよね。昔は橋もなくて、船で渡るしかなかった。上陸できるのも、氏子だけだったし。


 人口が年々減る今、どうにか参拝者を呼びたいっていう宮司の気持ちはわかるのよ。でもね……。


 ちらりと階段脇に目を向ける。等間隔に立てられた、やけに新しい『菊入(きくいり)神社』の幟が潮風にはためいている。


 そこに描かれているのは、SNSの有名絵師に描いてもらったという『お菊ちゃん』だ。二百年前は漁師の娘で、今は神様。この島のご祭神、菊入姫命(きくいりひめのみこと)


 私が巫女衣装を着ているのもこの絵のせいよ。動きにくいったらありゃしないわ。


 令和になって、神様が萌えキャラ扱いされるなんて想像できる? だから最近、不漁なんじゃない?


 不遇な背景をすっ飛ばして、こんなお目目キラキラに描かれたら、神様だってサボりたくなるわよ。人間だってサボりたくなるんだもの。


 真新しい幟が古めかしい幟に変わり、周囲の木々が一層深くなった頃、ようやく頂上に辿り着いた。


 慣れているとはいえ、やっぱり大変よね。


 今の宮司は代替わりしたばかりの若者だからいいでしょうけど、お年寄りはそうはいかない。前任者の時は、比較的若い氏子衆が、交代で日々の神饌を運んでいたわ。


 神饌は神様にお供えする食べ物。お米やお酒なんかが一般的ね。


 特にお祭りの日は町からたくさん届くの。でも、お米やお酒って重いのよね……。私はただついて行くだけだったけど、みんな顔を真っ赤にして運んでたっけ。


 最後の石段を上り、ふうと息をつく。苔の生えた石の鳥居をくぐると、そこはもう奥宮だ。


 愛嬌のある狛犬の向こうには、今にも腐り落ちそうなお賽銭箱と小さな祠がある。犠牲になった少女を悼む石碑も。


 ここに祀られているのは荒御魂。荒御魂っていうのは、字の通り、神様の荒々しい側面のことね。対するのが和御魂。こちらは本宮に祀られているわ。


 祠には日本酒が十数瓶と御神体の鏡……あっ、神饌がない。宮司が柏餅のパックを手に上ったのを見たのに。


 酷いわ。あの柏餅、お祭りの日にしか作られない特別品よ。あとで分けてもらおうと思って楽しみにしていたのに。カラスかしら? 本当に手が早いんだから。今度、対策を考えなきゃ。


 憤慨しつつ、祠の裏手――岬の先端に広がる海を覗く。荒々しく打ち寄せる波が、崖下の岩場をさらっていく。


 いつもより波が高いみたい。きっと、荒御魂が苛立っているのね。こんなに賑やかなのも久しぶりだから。


 かもめの鳴き声に混じって、祭囃子が聞こえる。強く吹き付ける風に運ばれて、焼きそばのソースの匂いも漂ってくる。


 ……人が多いのは嫌だけど、屋台は別ね。新品の衣装を汚さないようにって我慢していないで、もう少し何か食べておけば良かった。


 不意に、背後から子猫の鳴き声がした。ぎゃあぎゃあと騒ぐカラスの声も。


 振り向くと、鳥居の向こうにカラスが群がっているのが見えた。階段脇の茂みに……何かいる?


 あら、いけない。もしかして、迷い猫かしら。さっきはいなかったってことは、林の中から出てきたのね。


 介入するのは自然に反しているかもしれないけど、とても見捨てられないわ。境内の外とはいえ、奥宮の鼻先を血で汚すわけにもいかないし。


 颯爽と駆けつけ、カラスを追い払う。地面にうずくまる小さな体には、頭部以外に毛が生えていない。なんと、子猫ちゃんは人間の子供だった。


 獣と人間の区別がつかないなんて、私の耳、大丈夫かしら。


 ワンピースを着ているところを見ると、女の子みたいね。可哀想に。ビー玉みたいな目が涙で濡れているわ。まだ小学校にも通っていない歳かしら。よくここまで上ってきたものね。

 

 その小さな手には柏餅が四つ入ったパック。数は減っていないけど……。もしかして、あなたが盗ったの?


 子供がぶるぶると首を横に振る。何々? カラスが持って逃げようとしたところを、追いかけて取り返したって?


 その小さな足で林の中に入って、迷わず戻って来たの? 偉いけど、無謀なことをするわね。


 ママとパパはどうしたの? え? 下にいる? 一緒にお祭りに来たの。そう……。生まれたばかりの弟にかかりきりで、寂しくなっちゃったの。


 お姉ちゃんは大変ね。私も下の兄弟が多いからわかるわ。長男ならともかく、長女っていつでも貧乏籤を引かされるのよ。


 私がここでサボっているように、あなたもお姉ちゃんをサボりたくなったってわけね。


 いいのよ。ママたちには黙っていてあげる。だから、その柏餅を祠に返して、一緒に本宮まで下りましょう? 神様に怒られる前にね。

 

 あっ、泣いたらダメよ。ここの神様はうるさいのが嫌いなの。ただでさえ、神饌を境内の外に持ち出しているんだから、そんなに泣いたら……。


 子供がびくりと肩を震わせる。俄かに空が暗くなり、雷鳴が轟いたからよ。不穏な気配に当てられたのか、さっき追い払ったカラスも、林の中で口々に叫んでいる。


 マズイ。ここの神様は海に捧げられた子供。いわゆる土地神様で、この辺り一体の天候を操れる。今日はお祭りで力が強くなっているから、最悪、暴風雨が吹き荒れるかも……。


 そんなことを考えている間に、冷たい雫がぽつりと頬に落ちた。同時に、背後で殺気が膨れ上がる。


 あなた、背中に乗って!


 咄嗟に子供をおんぶして、階段を駆け下りる。次の瞬間、私たちがいた場所に闇が襲いかかった。


 子供が悲鳴を上げ、胸の前で柏餅のパックがガサガサと鳴る。重い? 重いわよ! でも、仕方ないじゃないの! それより、柏餅離さないでよ。捨てたりしたら、もっと怒るわよ。


 え? 怖いって? そうよね。でも、安心して。荒御魂が強くなっているなら、和御魂も同じ。本宮の境内に入ってしまえば何とかなるわ。生気が多い分、向こうの方が有利だもの。柏餅はあとで返しておいてあげる。


 背後からは轟々と荒れ狂う波の音が聞こえてくる。とても振り向く余裕はないけど、私たちを追っていると分かる。墨汁みたいな飛沫が、時折足袋を濡らすもの。


 闇の波なんて笑えないわ。飲み込まれたら、間違いなく異界に……あっ!


 草履の鼻緒が切れ、大きく前につんのめる。そのまま階段を転げ落ちるかと思いきや、石を沼に投げ込んだような音がして、体が闇の中へ深く沈み込んでいく。


 着地したのは、天地が逆になった世界だった。


 足元には煌めく夜空の絨毯。頭上には揺蕩う夜の海。目の前には、青い鬼火に照らされた真っ赤な千本鳥居がある。


 その上で三本足のカラスがしきりに鳴いているのは、私たちを誘っているから? それとも、柏餅を取り返した意趣返しかしら。


 鳥居の中、どこまでも続く下り階段の両脇には、季節外れの曼珠沙華が咲いていた。


 ――やられた。完全に異界に飲まれちゃったわ。こんな事態になるなら、宮司の懇願に負けずにジャージとスニーカーにしておくべきだった。仮にも島の管理を任されている身とは思えない失態よね。


 あなた、怪我は? ない? そう、良かったわ。もう少し我慢してね。私が必ずママたちのところに返してあげる。だから、しっかり捕まっていなさいよ。


 草履を脱ぎ捨て、一歩一歩階段を下る。時折、どこからか人の呻き声が聞こえたり、体が大きく膨らんだ異形が前方を横切ったりしても、子供は泣き声一つ上げなかった。


 泣くと命取りだとわかっているのね。賢くて何よりだわ。この異界を彷徨うのは、海で死んだものたち。陸で生きるあなたのことが羨ましくて仕方ないのよ。


 え? ここの神様も海で死んだって? よく知っているわね。お婆ちゃんに聞いた? 何よ、あなた観光客じゃなくて、地元民だったの。


 そうよ。


 海が酷く荒れた日が続いてね。漁師さんたちが魚を獲れずに、ご飯がなくなっちゃった時があったのよ。


 今なら科学的に説明がつくんでしょうけど、昔は祟りや呪いのせいとされていた。だから、鎮めるために子供を捧げたのよ。岬に祠があったでしょ? あそこから突き落としたの。酷い話よね。


 その子にはたくさんの弟妹がいて、責任感も強かったから、自分が守らなきゃって思ったのよね。やっぱり長女って損だと思うわ。


 え? あなたは大丈夫よ。今はもう、そんな時代じゃないもの。無事にママたちの元に戻って、人生を謳歌してから幽世(かくりよ)に行きなさいな。


 あなたが氏子なら尚更ね。信仰は神様の力になるの。可哀想だと思うなら、たまにでいいから参拝してあげて。うるさいのは嫌いでも、誰も来ないと寂しがるものよ。


 巻き込んでごめんなさい? やあね、急にしおらしくなっちゃって。気にしなくていいのよ。これが私の仕事だから。


 異界に来るのも初めてじゃないの。こんな仕事をしていると、不思議な目に遭うことが多くてね。


 昔、あなたみたいな迷子を保護したこともあったわ。あの頃は私も未熟だったから、道を間違えちゃって大変だったの。


 何とか現世(うつしよ)まで辿り着いた時は、二人で抱き合って喜んだものよ。あの子、今頃どうしているかしら。確か、名前はち……。


 最後まで言い終わる前に、頭上で骨と肉が潰れる音がして、黒い水が一斉に降り注いだ。下段に飛んだおかげで、かろうじて飲まれるのは避けたものの、そのまま濁流となって、私たちに押し寄せる。


 辺りに漂う鉄錆の匂いと、虫の大群が這い回る音。我先にと飛び出した一匹が、足袋の下で無惨に潰れる。


 ダンゴムシに似た見た目。鬼火に照らされて、闇の中でも鈍く光る甲殻。黒い水は、いつしかフナムシに変わっていた。


 ――そうね。人柱にされたあと、遺体はフナムシに喰われたものね。その追体験をこの子にさせたいってわけ?


 昔は子供でも、今は二百歳を超えているでしょ。大人気ないのもほどがあるわよ!


 背中の重みと温かさに勇気づけられながら、息をつく間も無く足を動かす。けれど、フナムシの勢いの方が強い。足首を齧られる度に、力が抜けていく感覚がする。


 ああ、もう仕方ない。あなた、柏餅投げて! 全部じゃないわよ。一個だけね!


 子供は私の言うことを素直に聞き、器用に開いたパックから柏餅を取り出して後ろに投げつけた。


 柏の葉は縁起物。何より、菊入姫命の大好物。案の定、フナムシの群れは柏餅に気を取られて速度を落とした。


 その隙に、下へ下へ逃げる。どこまでも伸びる螺旋階段に目を回しそうになる。


 追いつかれる度に柏餅を投げ、ついに残りが一つになった時、ようやく底が見えてきた。


 そこは洞穴のような空間で、最後の石段の先にはぽっかりと大きな穴が空いていた。中は透明な水で満たされている。


 今度はフナムシじゃない。闇でもない。頭上に広がる夜の海とも違う、昼の海だ。


 波打つ水面から、ほのかに潮の香りがする。水底から漏れるのは、現世の明かり。ここに飛び込めば、異界から抜け出せる。


 穴の淵に立つ私の背中で、子供が息を飲む気配がする。


 大丈夫よ。人間はみんな羊水の中に――母なる海の中に浮かんでいたんだから。


 それより、柏餅しっかり持った? 最後の一個なんだから、落とさないように気をつけてね。いい? 行くわよ。一、二の、三!


 空を飛ぶように、穴の中に飛び込む。全身が水に包まれる感触がするものの、服が体に張り付いたりはしない。まるで魚のヒレのように、巫女衣装の白い袖がゆらめく。


 苦しくはないでしょ? ここは異界。現世の物理法則は通用しない。水中で息ができても不思議ではないの。そのビー玉みたいなお目目を、しっかり開けて見なさいな。


 ――綺麗でしょう。きっと、高天原もこんな場所に違いないわ。


 目の前に広がるのは、果てのない青い海。頭上から降り注ぐのは、涙型の白い真珠。


 これね、私たちを追って飛び込んだフナムシなのよ。ふふ。とても信じられないわよね。 

 

 背中から感嘆の息が漏れ、その小さな唇からこぼれた泡がクラゲとなり、周囲をふよふよと漂う。かと思えば、ぱちんと弾け、極彩色の魚へと変化していく。


 その群れを掻き分けて、ゆったりと泳ぐのはジンベエザメ。まだら模様の体表には、映写機のように、ある少女の記憶が映し出されている。


 粗末な着物を着て笑う子供たち。岬から見下ろす紺碧の水面。決して豊かとは言えない生活の中でも、少女の世界は輝いていた。


 一転して、鼠色の空の下。荒々しくうねる大波に翻弄される船の上で、何もかかっていない網を見下ろす漁師の姿。


 岬の先端に立つ少女の背後には、怖い顔をした大人たちと、激しく泣き喚く男女がいる。彼らの顔は酷く腫れ、体には縄を打たれていた。


 血のように赤い夕焼けの中、少女は両手を広げる。まるで、空を飛ぶ鳥のように。


 そして、激しく景色がぶれ、眼前に海が近づくところで唐突に終わる。少女の終わり。人の生の終わり。みんなが望んだように、少女は神になった。


 やるせない想いを、その胸に残して。


 ジンベエザメがその場を去り、子供が大きく体を震わせる。ああ、泣かないの。氏子に泣かれちゃ、神様だって困るわよ。


 ほら、底に着いた。目の前に格子が見えるでしょう。あの向こうがママたちのいる現世よ。もうすぐ会えるからね。


 ぐずる子供をあやしながら、木造りの引き戸に手をかける。目が眩むような白い光が、私たちを包み込んだ。


菊花(きっか)!」


 拝殿の畳の上、顔を真っ青にした女性が子供を抱き締めた。子供はたった今、夢から覚めたと言いたげに、ビー玉みたいな目をぱちくりさせている。


 そう。あなたも『お菊ちゃん』なのね。だから、荒御魂に呼ばれたのかしら。


 外から差し込むのは眩い太陽の光。絶えず聞こえるのは祭囃子。空腹を誘うソースの香りも漂ってくる。無事に現世に戻れたみたい。


 若い女性は母親ね。首の座っていない赤ちゃんを抱いた父親もいる。拝殿の外には、安堵の表情を浮かべる宮司や氏子衆がいた。


「不思議やなあ。拝殿は真っ先に探したんに」

「そのあとも誰か一人は詰めとったはずじゃがなあ。目を離した隙に入っちまったんかもしれん」


 つるりとした頭を撫でる氏子衆に、母親が「お騒がせして申し訳ありません」と頭を下げる。

 

「心配したのよ。今までどこに行ってたの?」

「みさきのほこら……」


 お菊ちゃんの言葉に、その場にいるみんなが目を丸くした。それもそうよね。あんなところ、こんな小さな子が行けるわけないわよ。

 

「うそじゃないよ? こわいのにおっかけられて、かいだんをおりたもん。おねえちゃんが、ずっとおんぶしてくれて……」


 必死になって言い募るお菊ちゃんに、母親が首を傾げる。

 

「お姉ちゃん? そばには誰もいなかったわよ。どんな人だったの?」


 ふえ、とお菊ちゃんから間の抜けた声が漏れた。周囲をきょろきょろと見渡して、御簾の中に身を隠した私の隣――御神体の鏡の横に立てられた幟を指差す。

 

「あれ! おねえちゃん、あれきてた!」

「あれって……巫女衣装? ――失礼ですが、こちらの巫女様でしょうか? 私たち、地元に戻ってきたばかりで、何も知らなくて……」


 困惑した宮司が首を横に振る。


「いいえ。当神社に巫女はおりません。それどころか、年頃の女性もいない始末で……」


 失礼ね! ここにいるじゃない。


 声に出さずに抗議していると、氏子衆の中から老女が一人歩み出た。「お母さん。来てたの」と母親が言う。よく見ると、老女は母親によく似ていた。――お菊ちゃんにも。


 老女は拝殿の畳に両手をつくと、御神体に一礼して、お菊ちゃんに向き合った。ビー玉みたいな瞳を潤ませて。

 

「海の中は綺麗やったか?」


 その一言だけで通じ合ったらしい。お菊ちゃんは顔を輝かせて、「うん!」と頷いた。


 ――ああ、そうだったの。あなたの孫だったのね、千枝(ちえ)


 あれから何十年経ったかしら。すっかりお婆ちゃんになっちゃって。


 私が楽しみにしていたのは、お祭りの日にあなたが作ってくれる柏餅だけじゃないのよ。いつ会いに来てくれてもいいように、神社でずっと待っていたの。


 私の半身――荒御魂と一緒にね。


 どこからともなく現れたフナムシが、手の甲に這い登ってきた。もう一人の自分とはいえ、困った神様よね。あなた、お菊ちゃんに語り部になって欲しかったんでしょう。正しい歴史を紡ぐ語り部に。


 当代の宮司は、その辺りがどうも無頓着みたいだから。

 

 ようやく気配に気づいたのかしら。宮司が私を見て目を剥いたわ。なあに? パクパクと口を動かして。陸に打ち上げられた魚みたいで滑稽ね。


 いいでしょ? 神様だって、たまにはサボりたいのよ。巫女衣装を着てあげただけでも、感謝してよね。


 手の中には少し歪んだパック。子供みたいに大口を開け、最後に残った柏餅を頬張った。

柏餅食べたい。ということで生まれたお話でした。

後半まで会話文がなかったのは、すでに異界入りしていたからです。お菊ちゃんと出会い、階段を駆け下りるまでは和御魂の異界。闇に飲まれてからは荒御魂の異界です。お菊ちゃんは柏餅を手にした時点で、和御魂の異界に迷い込んじゃったんですね。和御魂の異界は限りなく現世に重なっています。


↓以下、登場人物まとめ。


私=菊入姫命。本名はお菊。菊が海に入ったから菊入姫です。酷いネーミングですね。島とその一帯を管理する土地神様。たまに迷い込んできた人間を現世に帰す役割も負っています。予期せぬバズりで人が押しかけ、最近はご機嫌斜め。荒御魂のことは、双子のように思っています。


幼女。本名は菊花。カラスから柏餅を取り返したのは、祖母が作ったものだからです。物語終了後は、定期的に神社に参拝しています。作中には書いていませんが、彼女は実は菊入姫命の弟妹の子孫です。


カラス。島に住む化けガラス。神饌を横取りするので、菊入姫命と仲が悪いです。『林の中で口々に叫んでいた』のは人語を話せるから。


荒御魂。菊入姫命の半身。萌えキャラ化されるわ、うるさいわでイライラしていたところ、柏餅を取られて堪忍袋の緒が切れました。途中で菊花が子孫だと気づき、過去の記憶を見せました。


宮司。代替わりしたばかりの若造。神社を有名にしたくて必死。菊入姫命のことは朧げながら見えます。あとで土下座しましたが、幟はそのままです。

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