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第4話:数か月後

 魔王城に来てから、いつの間にか数ヶ月経った。

 不毛の大地は緑豊かな土地へと変貌し、陽光に当たるたびキラキラと輝く。

 ひび割れた地面は姿を消し、代わりにふかふかの草原が一面に広がる。

 パジーテを初めとしたたくさんの木々が生え、風が吹くたび爽やかな緑の匂いに包まれた。 もちろん、お城の裏手にある植物園も見違えるように立派になった。

 今ではシュナイダー王国の植物園より種類も数も多いと思う。

 植物が元気だと私も嬉しい。

 クロード様の態度も徐々に軟化しており、最近はお食事も一緒に食べるようになっている。 だけど、気になる点が一つ……。

 

「もう水やりはしなくていいんじゃないのか?」


 植物園で水を撒いていると、隣のクロード様に不機嫌な顔で言われた。

 日々、私の仕事を見学されるのだけど、最近はずっと植物の世話をしていると苦言を呈されるようになったのだ。

 今日もまた、仕事を始めてまだ三十分しか経っていないのに言われてしまった。


「いや、しかし、お水をあげないと枯れてしまいます。植物は毎日のお世話が大事ですから」

「……まったく、手間のかかるヤツらだ」


 このように答えるたび、クロード様は不機嫌そうに話す。

 植物のことは好きそうなのになんでだろう……などと思っていたら、クロード様の後ろに控えるセシルさんが言った。


「魔王様は嫉妬されているのです。ジュリエット様を植物に取られている気分になられておいでです」

「……え? 嫉妬……ですか?」


 尋ね返した途端、クロード様の目つきがひときわ険しくなった。


「セ、セシル! 意味のわからないことを言うな!」

「この態度が証明でございます」

「こらっ、やめろっ!」


 私もまた、なぜそんなに怒るのだろうとよくわからなかった。

 植物に嫉妬されるというのも不思議だ。

 二人の微笑ましいやりとりを見ていたら、心に寂しさが訪れた。

 ……考えないようにしていた寂しさが。

 

「私がここで暮らせるのも、そろそろ終わりですね」

「……なに?」

「……え?」


 ぽつりと呟くように言うと、クロード様もセシルさんも動きを止めた。

 悲しいけれど、私はもう魔王城を去らないといけない。


「お庭も植物園も復活したので、私の役目は終わりを迎えました。庭師として再び生きることができて幸せでした。栽培記録のノートをお渡しします。これがあれば、植物の世話で困ることはないと思います」

 

 数冊の分厚いノートを差し出して言う。

 元々、私はここにいられる立場ではない。

 邪魔な献上品であるわけだし。

 植物の栽培は難しいけど、クロード様やセシルさんならうまくやってくれるだろう。


 ――これからは近くの街で細々と静かに暮らそう。


 クロード様はノートを触ると……私に押し返した。


「……受け取ることはできない」

「え? で、ですが、庭師としての務めが終わりましたので用無しなんじゃ……」

「お前は……用無しではない。この先もずっとここにいろ」


 ぽかんとする私を、クロード様は真剣な瞳で見る。

 険しい顔つきではあるけど、その目からは恐怖や恐れなどではなく真摯な思いが伝わった。 以前の私だったら恐怖に震えていただろう。

 でも、今は少しも怖く思わない自分がいた。


「私は……ここにいていいのですか?」

「ああ、そうだ。何より、お前にはまだ頼みたいことがある。庭師の仕事だ」

「クロード様……ありがとうございます。そう言っていただけて……すごく嬉しいです。どんな問題でも解決してみせます」


 まだお城にいて良いと言われ、そして仕事があると言われ、私の心は明るくなる。


「城の地下には秘密の空間があるんだが……世界樹が植わっているのだ」

「せ、世界樹ですか!?」


 驚きで思わず聞き返すと、クロード様は静かにうなずいた。

 世界樹はこの世界で最初に生まれた植物とされる。

 私も文献で読んだことしかない。

 そんな貴重な樹があるなんて、さすがは魔王城だ。


「城の周囲にある植物と同じように、枯死一歩手前の状態だ。このままでは完全に枯れてしまう。だから、お前には……世界樹の治療を頼みたい。私たちの力の源となる大事な樹だ。この数ヶ月を過ごして、お前なら任せられると私は確信した。……やってくれるか? 私の庭師よ」


 クロード様の言葉は、私の心に優しく染み入る。

 聞いただけで、先ほどまでのしんみりした気持ちは消え去ってしまった。

 ピシッと敬礼してお答えする。


「はい、もちろんでございます!」

「ふっ……それでこそジュリエットだ」


 地下空間は転送魔法じゃないと行けないということで、私はクロード様の隣に立つ。

 ふと私の肩が腕に当たったのだけど、見た目より筋肉質な硬さにドキリとしてしまった。

 クロード様がパチンと指を鳴らせ、あの光が私たちを包み込む。


「ジュリエット様、何卒よろしくお願いいたします」


 光が視野を狭める中、セシルさんが深く頭を下げているのが見えた。


 ――世界樹の治療か……。絶対に成功させてみせる。


 そう強く決心しながら、暗黒領地へ来たときと同じように、私は転送魔法の白い光に包まれた。

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