第2話:(元)宮廷庭師として
「えっ……い、いや、しかし、私は人柱でして……。今日のご夕食にされるのでは……」
まさか、出て行けと言われるとは思わなかったので、恐る恐る聞き返した。
魔王様はめんどうそうに、ため息を吐きながら話す。
「献上品など要らぬと言っているのに、お前の国は頻繁に贈ってくる。正直に言って迷惑だ」
「……そうなのですか?」
なんだか、王国で聞いてきた話とだいぶ違う。
魔王様は献上品を大変に心待ちにしていて、届かなかったら激怒するはずじゃ……。
「高性能な魔導具だの貴重な秘薬だの……。どれも私にとってはガラクタに過ぎない。しかも、今回は生身の人間ときた。これほど処分に困る献上品は初めてだ。なにせ勝手に動く。極めて邪魔だ」
「……申し訳ございません」
苦言を呈され謝罪する。
魔王様は犬でも追いはらうように、シッシッと手を振って言った。
「別に人間など食ったりせん。食うわけあるか。お前は自由の身だ。わかったらさっさと出て行け」
なんと、自由の身になった……らしい。
人柱から解放され、また命の危機がなくなりどっと安心する。
本当に救われた思いだ。
でも、一つだけ確認させていただきたいことがある。
「出て行けとは……暗黒領地にでしょうか」
「他にどこがある」
確認するまでもなかった。
暗黒領地は大変に広い。
もちろん、荒れ果てた大地に食料なんてないだろう。
暗い空や飛びかう悪霊を思い出し、ぶるっと身が震えた。
「ち、近くの街までは歩くとどれくらいかかるのでしょうか」
「徒歩三週間ってところだな。頑張れ。ちなみに、この城に住もうなどと考えるなよ? 人間ごときを置くつもりはない」
徒歩三週間と聞き、気が遠くなる。
また新たな命の危機が訪れてしまった……。
そこまで考えたところで、とあることを思い出した。
命の危機といえば……。
「あの……実は、私は植物の栽培が得意でして、立ち去る前に魔王城の周りに生えている樹をお世話させてもらえませんか? 枯れそうでかわいそうなのです」
「……なに? 植物の栽培が得意?」
そう言うと、魔王様は眉をひそめた。
「ここに来る前は宮廷庭師として、シュナイダー王国の宮殿で働いておりまして……」
「……詳しく話せ」
そのまま、宮廷庭師としての経験をお話しすると、魔王様は真剣な顔で最後まで聞いてくれた。
「……というわけで、私は植物の世話が得意なのです」
「だが、ここには庭仕事に使えるような道具がないぞ」
「いえ、大丈夫です。必要な物は全てここにあります」
鞄から諸々の道具を取り出す。
宮廷庭師になると、宮殿から収納魔法がかけられた庭師鞄を支給されるのだ。
私の鞄には、シャベルやスコップの他、肥料や栽培中の苗、植物や花の種まで入っている
庭師として必要な魔法も磨いてきたし、これだけあれば植物の栽培には困らないと思う。
魔王様は顎に手を当て何やら考えていたけど、やがて静かに言ってくれた。
「よろしい。お前の実力を見せてもらおう」
「ありがとうございます、魔王様!」
「外まで歩くのは面倒だ。転送魔法を使う。そこを動くなよ」
「えっ! あの……!」
魔王様がパチンと指を鳴らすと、魔王城の前に着いていた。
傍らにはセシルさんも。
単独で転送魔法が、しかも無詠唱で使える人なんて初めて見た。
やはり、魔王様はすごい人物だ。
「……なんだ?」
「いやっ、何でもありませんっ」
思わずしげしげと眺めていたら怒られてしまった。
気を取り直して、目の前の植物と向き合う。
3mほどの背丈で、カクカクと曲がった枝が特徴的な樹。
幹はひび割れが目立ち、常緑樹なのに葉は全て落ちている。
枯死の一歩手前だけど、何の樹かはわかった。
「これはパジーテですよね?」
「……よくわかったな」
常緑樹、パジーテ。
簡易的な防具に流用できるほど硬い樹皮が特徴的で、夏には小さいけど甘い木の実をつける。
宮殿でもよく見かけた樹だ。
慎重に幹を触るだけで、ひび割れた樹皮から厳しい状態が伝わる。
「枯死一歩手前……ですね。長いことこんな状態だと見受けします」
「お前が言う通り、もうずいぶんと前からこの有様だ。頻繁にポーションをかけたり回復魔法を使ってはいるが、枯れるを防ぐので精一杯でな。どうしたものかと困っている」
魔王様はやるせない表情で話す。
私に対するときとは違い、その顔にはやるせない思いが滲む。
植物が好きなのかな? と思うと、ほのかな親近感が湧いた(怖いは怖い)。
「では、さっそく治療を開始させていただきます」
庭師鞄から諸々の道具を出す。
まずはパジーテ専用に調合した栄養たっぷりの特製肥料を、これまた鞄にしまってあったバケツに入れる。
魔法で出した水を注ぎ入れながら、ひしゃくでゆっくりと混ぜる。
いきなり大量の栄養を与えられると、樹もびっくりしてしまうから。
根の周囲に満遍なくふりかけ、下準備は完了だ。
枯死一歩手前なので、肥料をあげるだけでは状態の改善は厳しい。
幹に手を当て、魔力を少しずつ込める。
――お願い……元気になって。
驚かないよう、ゆっくりと魔力を注ぐ。
しばし魔力を注いでいたら、全体が淡い黄色に光り出した。
光が消えた瞬間、枝から美しい葉っぱが芽吹き始めた。
あっという間に緑でいっぱいになる。
幹のひび割れも消えており、力強い生命力にあふれた姿となった。
傍らからセシルさんと魔王様の息を呑む音が聞こえた。
「パ、パジーテが元気になりました……。あんなに枯れそうでしたのに……」
「お前は……何をしたんだ?」
「パジーテ専用の肥料を撒いて、私の魔力を注いだんです」
自分のやったことを伝えると、魔王様は疑問そうな表情を浮かべた。
「それだけでこんなに変わるのか?」
「はい。庭師として働いているうちに、魔力で植物を癒やす術も習得したんです。樹の種類や状態によって、魔力の質や量を調整すれば樹も元気になってくれます」
うまくいって、ホッとひと息つきながら話す。
魔王城の周囲には、パジーテがたくさん生える。
一本ずつ状態は異なるものの、同じ方法で治療できるはずだ。
この調子で他の樹も元気にするぞ……と、思ったとき、魔王様が言った。
「おい、人間……名をジュリエットと言ったか。魔王城に住む許可を与える。というか、住め」
「え! よろしいのですか!?」
驚いて問い帰ると、魔王様は無言でうなずいた。
や、やった!
住む場所が確保された!
怖い荒れ地を歩かなくてすむとわかったら、それだけで嬉しかった。
「そして、お前の功績を讃え、私の名を呼ぶことも許可する。私の名はクロードだ」
「ありがとうございます、クロード様!」
相変わらずぞんざいに言われるのだけど、次から次へと嬉しいお話を伝えられる。
やっぱり、魔王様……いや、クロード様は良い人だったんだ!
「その代わり」
「は、はい……」
喜んだのもつかの間。
きつく睨まれて緊張感が蘇る。
ゴクリと唾を飲むと、クロード様は淡々と、だけど力強く言ってくれた。
「この荒れた土地を豊かにしろ。お前は今日からこの城の庭師だ」
その言葉は、私の胸に染み入る。
やがて、徐々に嬉しさがこみ上げてきた。
「はい……もちろんでございます!」
喜びがあふれ、力一杯お返事する。
もう一度庭師として生きられるなんて、まさしく願ったり叶ったりだ。
――植物をたくさん栽培して、この荒れ地を緑豊かな土地にする!
拳を硬く握り、強く強く決心した。




