「Pandora-Passion」
また、彼女が泣いている。
何度目だろう。この一年で、こうして彼女の涙を見たのは。
その度に僕は思う。何もしてやれない自分が、どうしようもなく無力だと。
「また泣いてるの?」
僕が声をかけると、彼女はほんの一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を逸らした。
「……放っておいて」
彼女の声は小さく震えている。それでも、その言葉には僕を拒む力はなかった。
僕は彼女に近づいて、少し離れた場所に腰を下ろした。彼女の泣き顔を見ると、胸が締めつけられる。
「あどけない顔して泣くんだね」
僕がそう呟くと、彼女は目を見開き、驚いたように僕を睨んだ。
「馬鹿にしてるの?」
「してないよ。ただ、守りたくなるんだ。君みたいに泣いている人を見るとさ」
彼女はそのまま目を伏せ、膝に顔を埋めた。
僕が守らなきゃ、と心の中で強く思った。放っておけないんだ。いつも、そう思ってしまう。
彼女と出会ったのは、去年の冬のことだった。
仕事帰り、雪がちらつく夜道で、僕は泣いている彼女を見つけた。
薄手のコートを羽織り、ベンチに座って震えている彼女は、どう見ても幸せそうには見えなかった。
「どうしたの?」
そう声をかけると、彼女は一瞬驚いたように僕を見たが、すぐに目を伏せた。
「何でもないよ。放っておいて」
そう言いながらも、彼女の声には力がなく、助けを求めているように聞こえた。
僕は迷わずその隣に座った。
「僕がここにいるのは、君のためじゃなくて、自分のためだよ。放っておけないから、ここにいるだけ」
彼女は小さなため息をつき、わずかに肩を震わせながら言った。
「……そういうの、ずるいね」
その時から、僕たちは自然と一緒にいる時間が増えていった。
けれど、彼女は簡単には心を開かない人だった。
笑うときは優しく、話すときは穏やかで、誰からも好かれるタイプなのに、本当の自分を見せることは決してなかった。
僕の前でだけ、泣く彼女。それが嬉しいようで、でも胸が痛む。
「君は、そんなに孤独を数えなくていいんだよ」
僕がそう言うと、彼女は少し間を置いて答えた。
「……期待しないで」
「どうして?」
「私なんか、誰も幸せにできないから」
彼女の言葉が胸に突き刺さる。彼女が自分自身を信じていないことが痛いほど分かった。だからこそ、僕が信じ続けるしかないんだ。
ある日、彼女が言った。
「……もし私が遠くに行ったら、どうする?」
「行くの?」
「分からない。でも、もしそうなったら」
僕は少し考えてから答えた。
「君がいなくなるのは嫌だ。でも、君が幸せになるなら、僕はそれでいいよ」
彼女は目を見開き、そして静かに泣き始めた。その涙を拭うこともせず、ただ彼女を見守るしかなかった。
それから数日後、彼女は姿を消した。
残された手紙には、こう書かれていた。
「君が私のことを嫌いでも、私は君を好きでいていい?」
僕はその手紙を読みながら、声を殺して泣いた。
彼女の孤独を救えなかった自分を責めながら、ただひたすらに願った。
「もちろんだよ。君がどこにいても、僕は君を好きだよ」
その言葉は彼女に届かないかもしれない。だけど、僕はこの気持ちを手放せない。
彼女がどこにいても、僕はきっと、君を守りたいと願い続ける。