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第一章 グッドタイミング (7)

【OFF】


「まあ、結果として私はその男の子に失恋して、その女の子に恋で敗れたっていうふうな扱いを受けるんですけどー、正直な話をしちゃうと、本当にその男の子のことが好きだったのかどうか、よく分かんないんですよねー」


 ヘッドフォン越しに、CMまで十秒前という告知を受ける。


「でも、好きだって言われた瞬間にときめいてしまったのは確かなので、初恋の相手は? って質問を受けたとき、一応その男の子だっていうふうに答えていますよー、ふふふ」


 五秒前から、カウントダウンが始まる。真鍋さんの声である。私は焦りを覚え、ものすごい早口でまくし立てた。


「えーっと、以上が、私が恋というものを始めて意識した瞬間でございます。新コーナー、〈アッキーの恋の軌跡〉。記念すべき第一回目はこれにて……CMです!」


 心地よいカフェミュージックをバックに「アッキーの真心伝えます。ホッとスイーとタイム!」と元気一杯に私が叫ぶ。そんなジングルに少しかぶってしまったが、なんとか間に合った。私はふうと一息つき、テーブルの上に置かれた紅茶を啜った。ちなみに紹介が遅れてしまったが、アッキーとは私のことだ。笑いたきゃ笑えばいい。


 さて、私の恋愛体験を赤裸々に語れというスポンサーさまのリクエストにお応えし、とりあえずは小学生時代の初恋の話を延々と語ってみたわけだが、スポンサーさまには満足いただけただろうか。


「けっこうよかったっすよ」

「あ、本当ですか。どうもです」


 嬉しい言葉をくれたのは、私以外で唯一放送ブースに入り、喋りはしないがアシスタント的な作業をやってくれている構成作家さんである。スポンサーさまではもちろんないが、なんとなく私は自信をつけた。


「初恋の話はよかったけど、もうちょいスムーズにCMに入れるようにしてほしいなー」

 リスナーから届いたメールの束を持って、真鍋さんがブースの中に入ってきた。


「ちゃんと、全部言えたからセーフですよー」

「言えてへん、言えてへん」


 今夜の〈アッキーの恋の軌跡〉は、ここまでだ。番組の枠は一時間あるのだが、そのほとんどはレギュラーコーナーで埋まっており、私のことばかりに時間は割けない。


「そういやさ」と真鍋さんは私の顔を見た。

「さっきの話に彼氏って出てきたん? 小学校も一緒やったんやろ?」


「ああ、拓人ですか」


 勇気をだして、私は本当のことを真鍋さんたちに話していた。


 私がまだ一人の男としかつき合ったことがないという事実を知ると、野波さんも真鍋さんも心底困ったような顔をしていた。本当に私のめくるめく恋の半生を当てにしていたらしい。


 しかし、その拓人とは中学二年の頃からずっとおつき合いしている仲なのだという話をすると、二人の顔色は見る見るうちに変わっていった。がばっと身を乗りだすようにして食いついてきた。


「それって、ロマンチックやない?」

「うんうん。そっちはそっちでありな気がするなあ」


 ふむふむ。盛り上がりに欠ける恋とはいえ、中学時代から十一年もつき合っているというだけで、充分にドラマになるのだそうだ。


 というわけで、私は赤裸々に、拓人との恋を語ることにしたのだ。それがもしつまらなかったら、野波さんが責任をとるとまで言ってくれた。言ったのは真鍋さんだが。


 拓人との恋を語るのだから、初回の初恋の話にも、一応拓人が登場していなければならない。


 しかし、大丈夫。名前はだしていないが、ちゃんと登場させてあるのだ。




 今年最後の生放送が終了し、午前3時15分を少し過ぎたところで帰路についた。いつもはスタッフ数人と一緒に帰るのだが、番組にとっては仕事納めだからか、今夜はみんな残業していくらしい。元スタッフの私も手伝おうとしたが、「邪魔になるから」と優しい言葉をかけてくれたので、一人で帰ることにする。


 あらかじめタクシーを呼んであった。タクシーは駐車場まで入ってこられないので、十階建ての局の正面玄関の前に堂々と停まっていた。私が大スターだったなら、もう少し丁寧な待遇となるのかもしれない。


 覚悟を決めた私は、正面玄関を飛び出た。すると、十二月の突き刺すような冷気に続いて、数人の男性が私に駆け寄ってきた。


「アッキー! 応援してるからね!」

「よいお年を!」


 えっへん。ここらじゃ、それなりに顔が知られているのだ。本日の出待ちは、にい、しい、ろお、はあ……五人のようである。中には、あどけない顔をした中学生のような子もいる。三時だぞ、三時! 親は何してるんだ。


「ありがとうございまーす。ありがとうございまーす」


 そそくさとタクシーに乗り込み、私は運転手に行き先を告げた。窓の外に向けて手を振りながら、ふうと溜息をつく。


 ああ、頭が痛い。


 仕事はもちろん楽しいのだが、それはそれとしてやっぱり疲れる。特にラジオパーソナリティというのは、リスナーにもそうだしスポンサーにもそう、局の上層部の人や気心知れたスタッフたちにさえも、何かと気をつかわねばならない。


 それなのに、結局は報われずじまいだ。割れものに触るようにして臨んでいる〈ホットスイーとタイム〉も、いよいよテコ入れせねばならないほど危うい立場になってしまったというじゃないか。そして、そのテコ入れによって事態が好転するのかどうかも正直いって怪しい。


 恋愛体験を赤裸々にか――。


 そういえば、自分たちのことをラジオで話す件について、まだ拓人に許可をえていないということを思いだした。あんな男だから別に反対などはしないだろうが、一応は訊いてみなければなるまい。


 もう真夜中だし、それに急ぎではない。朝起きてから、一番に電話することとしよう。まあ明日は休みだから、どうせ会うことになるのだろうが。


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