第五章 最終回 (4)
【ON AIR】
いよいよ最終回でございまーす。このオープニングテーマも今夜が聞き収めというわけですね。
いやー。いざそのときがくると、やっぱり寂しいねー。私は春からお昼の番組へ移るので、これでお別れってわけじゃないけど、お昼と深夜じゃちょっと違うよね。
まあでも、しんみりした空気じゃやっていけないから、最後の〈ホッとスイーとタイム〉、元気に張りきって参りましょう。
オープニングコーナーでは、リスナーからのお便りを紹介していきます。先日募集しておいた〈ホッとスイーとタイムへの思い〉、たくさん届いていますよー。
まずは葉丘市のラジオネーム、ばるたんさん。おお、すごい! 五十四歳男性のお方です。
『〈ホッとスイーとタイム〉、毎週楽しみに拝聴させていただきました。このたびは活躍空しく放送終了が決定してしまい、まことに残念で致し方ありません。
アッキーさんの明るい声には、いつも励まされました。あと少しでその声が聞けなくなるのかと落ち込んでいましたが、なんと〈柿沼いさおのスーパースロウライフ〉にアシスタントとして出演することになったそうで。それは私にとっても、たいへん喜ばしいニュースであります』
はーい、ありがとうございますー。
『〈ホッとスイーとタイム〉の思い出については、特に〈アッキーの恋の軌跡〉のコーナーが印象深かったです。多感な時期のアッキーさんの心情がまざまざと伝わってきて、若かりし日の自分と重ね合わせて聞いておりました』
そ、そうなんですか。世代も性別も違いますけど、伝わってくれたようで嬉しいですー。
『かの男性とは、今もおつき合いしているのだとか。アッキーさんと彼が幸せになれますように、私も祈っております。長くなりましたが、一年間お疲れさまでした』
ありがとうございました。
ばるたんさんは〈柿沼いさおのスーパースロウライフ〉のリスナーさんでもあるみたいです。さようなら、そしてこれからもよろしくお願いします。
続いて前の番組からずっと聞いてくれているという、石鯛市のジョナサンさん。『志望大学受かりましたー!』と書いてあります。おめでとうございますー。
『アッキー、一年間お疲れさまー!』
ありがとねー。
『最初はうちのクラスで〈ホッとスイーとタイム〉を聞いてる子が全然いなくて寂しかったけど、必死に宣伝したから今ではクラスの女子のほとんどの子が聞いてるよ』
おー。それはそれは。なんてお礼を言えばいいか分からないねー。
『部活の後輩の男の子でショウくんっているんだけど、実は今、その子といい感じになってるんだ。仲よくなったきっかけは、その子がプロレス好きだったこと。始めは私も興味なかったけど、アッキーのおかげでプロレスに詳しくなったんだよー。
だから好きなコーナーは〈今週のベストバウト〉。もちろん、〈アッキーの恋の軌跡〉も大好き! 私もその子と仲よくなるから、アッキーも彼氏さんとずっと仲よくね!』
ありがとうございますー。またね、ジョナサン。
はあ――。
いやー、お便りを読んでいると、どうしてもしんみりしちゃうよねー。寂しいのはたしかだもんねー。でも、テンション上げなきゃ駄目だよ! 番組はまだ始まったばかりだー。
お便り紹介の続きは、エンディングでやります。そのときは泣いちゃうかもしれないけど、許してね。では曲を挟みまして、まずは最後の〈今週のベストバウト〉いってみましょー。
〈アッキーの恋の軌跡〉!
はーい。時刻は深夜零時半になろうとしております。いやー、このエロいタイトルコールも、もう聞けないんだなー。
さて、〈ホッとスイーとタイム〉のトリを飾るコーナーは、やっぱりこのコーナーです。
CM前にお伝えしたように、今回は最終回ということで、特別企画を用意してあります。いよいよその全貌を明かしちゃいましょう。ふっふっふ、みんなびっくりするぞー。
な、な、なんと! 今までこのコーナーで私が話した恋愛体験を、プロの声優さんがラジオドラマで再現して――。
……はい?
え? どういうことですか? 違う? 何が?
企画を変更して……電話が繋がっている? え!? ちょっとどういうことですか、野波さん?
あ、すみません。私はプロの声優さんが、私の恋愛体験をラジオドラマで再現してくれるって聞いていたんですけど、なんか手違いがあったみたいです。電話? 電話が繋がっているそうです。
……これってさあ、ドッキリかなんかですよね。そういうの、先に言っておいてほしいなー。言っちゃったら、ドッキリにならないんだろうけどさ。
電話? 誰だろう。もちろん、私に関係ある人だよね。まさか……それはないか。
と、とりあえず、相手を呼んでみましょう。
えーっと、もしもし?
「もしもし?」
…………
「もしもし? 秋実?」
な、何やってんの?
ち、ちょっと野波さん!? なんなんですか、これ! ちょっと、笑ってないで教えてくださいよ! どうすればいいか、分かんないですよ!
「まあまあ、秋実。ちょっと落ちついて」
落ちつけるわけないじゃん!
「最終回に電話で出演してほしいっていう話をね、あらかじめ野波さんからいただいてたんだ。〈ホッとスイーとタイム〉の放送終了が決定した頃かな。俺も少し悩んだけど、いい機会だから了承することにした」
さっぱり意味が分からない。
「秋実は俺に対して怒っているだろうけど、まあ、とりあえず理由を聞いてほしいな。あのとき俺が話をはぐらかしたのは、要するに今日のためなんだよ。野波さんにも相談したけど、やっぱり今日までは我慢しようって話になって」
…………
「詳しくは話さないけど、察してくれよ。俺の言ってること、分かるよね」
……そんなのさ、駄目じゃん。私、本気で別れたものだと思ってたよ。っていうか、たとえラジオのためだとしても、それで本当に関係がこじれちゃったらどうするの? とり返しのつかないことになったら――。
「野波さんと二人で、必死に秋実を説得するつもりだった。大丈夫、秋実は聞き分けのいい子だから」
私の何が分かるっての!
「分かるよ。十一年も一緒なんだから」
…………
ち、ちょっと。リスナーのみなさんは何が起きているのか分からないだろうから、先に説明しておきます。えーっと、電話の相手はお馴染みの私の彼氏であり、彼が何か私に言いたいことがあるのだそうです。
「先月喧嘩をして、別れる寸前でした」
黙ってて!
い、言いたいことってなんなんでしょうね。なんとなく想像はつくけど、それはまだちょっと分からないというか……現実味がないというか。
「いい?」
……うん。
「あはは。もう泣いてるじゃん」
別に! 安心したってだけだよ。いいから、さっさと言えば?
「えーっとね、まずは先に謝らなきゃ。長らくお待たせして、本当にごめん。しっかりと貯金して、充分に費用が整ってからって考えてたんだ。まあ、結局整ってないわけだけど」
費用なんて、必要ないと思う。
「でも、一応指輪だけは用意したよ。なかなか奮発した。サファイアだからね」
サ、サ、サファ……!
「禁酒した甲斐があった。式とか挙げるには、まだ不十分だけど、工面すればなんとかなると思うし……」
い、いいよ。式なんて。
「秋実がよくても、俺はやりたいの。悪いけど、ここは従ってもらう。じゃあ、本題だ。うーん、何か特別な言葉を用意しようと思ってずっと考えてたんだけど、何も思いつかなかったんだ。自分で言うのもなんだけど、きざな台詞は俺に似合わないような気がするし」
うん、似合わない。
「俺と結婚してください」
…………
本当にそれだけ? あまりにも飾り気がなさすぎると思う。
「うん、これだけ」
ふーん、どうしようかなー。今は仕事が楽しいし、生活も楽じゃないし、あまり気が進まないっていうのが――。
「俺と結婚してください」
……はい。
第五章 最終回 完