第四章 抗争 (1)
【アッキーの恋の軌跡】
ストライキなんてできるはずもないので、高校時代編の続きを語ることにする。
「好きにしていいよ」という私の台詞は、今まで生きてきた中でこれ以上ないほどに色気がこもっていたはずである。しかしながら、拓人は私を好きにしようとせず、
「キスしていい?」
「どうぞ」
「んー、チュ」
という、いつもどおりの健全なキスしか求めてこなかった。もっとも、拓人の家には家族がいたし、そのときとなってはラブホテルに誘う勇気も萎えていたので、私としても異存はなかった。
ところが困ったことに、それ以来三ヶ月近く、私たちは電話のみの仲となる。そのメカニズムを解説しよう。
「好きにしていい」と私が宣言してしまった手前、次会うときはすなわち、拓人が私を好きにするときなわけだ。私は私で、もう二度と自分から誘うというふしだらな真似はしたくないし、拓人は拓人で、今の関係を壊したくはないという、愛溢れた停滞である。
恵那ちゃんとのつき合いは続いている。彼女は相変わらず私をビッチだと信じてくれているが、二股を告白されて以来、話題が過激になってきたのは言うまでもないだろう。
「あきちゃんって、おっぱい大きいよねー」
いつものファーストフード店である。恵那ちゃんがハンバーガーでもつまむように私のおっぱいをつまんできたので、私は「きゃん」と子犬のような声を上げてしまった。
「私さ、彼氏からよく『おっぱい小さい』ってからかわれるの。あきちゃんが羨ましいなー」
どちらの彼氏だろうと疑問に思ったが、わざわざ訊ねやしない。ちなみに恵那ちゃんの彼氏は二人とも年上で、一人はなんと二十七歳のサラリーマンだという。愛があれば、犯罪なんかじゃないのだ。
「そんなことないって。私は恵那ちゃんに憧れるなー」
今まで内緒にしていたが、高校に進学したのを機に、おっぱいも急成長を始めていた。だが、当時はそれが悩みでもあった。おっぱいが成長する分、体重まで上昇してしまうのである。このまま体重が五十キロを超えてしまうようなら、おっぱいなんてないほうがマシだ。
「でも、おっぱい大きいほうが彼氏も喜ぶでしょ?」
「そ、そうかなー。そうでもないけどなー」
拓人とおっぱい談義を交わしたことなどないが、とりあえずそう答えておいた。
「そうに決まってるじゃん! あきちゃんの彼氏、おっぱいばっかり責めてこない?」
「い、言われてみればそうかも……」
その日の夜の電話で、私は思いきって拓人に訊いてみた。
「拓人ってさ。おっぱいが大きい女の子と小さい女の子、どっちが好き?」
「え? なんで急にそんなこと……」
「参考までに」
「うーん」拓人はひとしきり悩むようすを見せたあと、
「あきちゃん、大きいから、大きいほうが好きかな」
うぎゃー! やっぱり私のおっぱいの大きさを熟知していた! おっぱいの急成長は高校に進学してからのことなので、たった一度しか会っていないはずなのに、うぎゃー!
おっと、取り乱している場合ではない。試合への拓人の意思が、再確認できたのは収穫である。
「そ、そう」
衝撃を抑えつつ、私は意図的に沈黙を作った。彼が「会いたい」と言いだすのを待つためだ。あの日以来、電話で話すとき、たびたびこれを行っているのだが、一向に彼のお誘いはない。まるで猪木を追い回す前田の心境だ。
世の女性諸君、拓人はあまりにも卑怯ではなかろうか。告白したときもファーストキスのときも私からなのだから、そろそろ拓人の番なはずである。
「学校はどう? 楽しい」
違う違う! そんな話題はどうでもいい!
「学校ねえ」
本当は楽しくやらせてもらっているのだが。
「最近、ちょっと」私はわざとらしい溜息をついた。
「嫌なことがあってさ。直接会って、相談に乗ってもらいたいな」
「相談? 俺に?」
「他に誰がいるの」
またしても、永遠のような沈黙。拓人の返事を、私はひたすら待ち続けた。さすがにここまで言えば、彼も宣戦布告を受け入れてくれると思った。
しかし――。
「今ここで話したほうがいいよ」
「えっ?」私は狼狽した。
「いや、会って直接話したいんだけど」
「大丈夫。相談なら電話で乗れる」
私はかちんときた。この瞬間、一度拓人を見限ったのである。
「もういい! またね」
私は乱暴に受話器を置いた。
なんたる不躾な! 百歩譲って、無制限一本勝負に挑む勇気が湧かないのであれば許してやってもいい。だが彼は、恋人の「ただ会いたい」という願いさえも無気に踏みにじってきたのだ。
今考えると、私のこの言い分は矛盾している気がしないでもないが、そのときは本気で拓人が憎らしく思えた。なぜなら、重大な疑惑が私の胸の中をどす黒く染め上げていたからだ。
拓人のほうこそ、私を見限っているのでは――。
だって、拓人はもう中学時代の根暗な拓人ではない。その姿を一目見れば、誰もが魅了されてしまう、ナイスガイに生まれ変わっているのである。
一方の私は過去の栄光もむなしく、横にばっかり成長してしまった発情期女。拓人が私に執着する意味など、どこにもないではないか。意味があるとすればおっぱいだけで、彼はおっぱいのためだけに私をキープしているに違いない。私はキープちゃんなのだー!
それなら、なぜ誘いを拒むのかという疑問は湧かなかった。もう、思考回路が拓人を一方的に敵視してしまっている。
私と拓人の抗争が始まった。