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第二章 新藤くん (3)

 食事がまったく喉をとおらず、両親に「ダイエットでもしているのか」とからかわれたその日の夜、私は自分の部屋をうろうろと徘徊していた。新藤くんの家に電話するべきかどうか迷っていたのだ。もちろん、彼に謝るためである。


 時刻は午後八時を回っていた。電話番号なら、連絡網のプリントにきちんと記載されている。始めは親が出るだろうから、あまり遅くなるとまずい。決断するなら早くしなければならない。


 いや、一応は電話する方向で決着はついている。学校で、真奈美ちゃんたちのいる前で謝ることなど絶対にできないのだから、やはり電話するしかない。


 ただ、新藤くんが電話にちゃんと出てくれるのか。出てくれてちゃんと私が謝ったとしても、許してくれるかどうか。そういった問題が私を躊躇させる。


 九時過ぎ頃まで悩んでいたが、ようやく私は意を決した。玄関に置かれている電話の前で数回深呼吸をしたあと、壁に貼られたプリントを参照し、新藤くんの家の番号をダイアルしていった。


「もしもし?」

 女性の声だ。


「あ、もしもし。夜分遅くすみません」あらかじめ用意しておいた台詞を、私はなぞった。

「ええっと、本山もとやまという者なんですが、し、新藤くんに代わっていただけますでしょうか」


「新藤くん? ああ、はい」


 チンチロリンというオルゴールの音色を聞きながら、私は受話器を握りしめて待った。やがて、ぶすっとした口調で「はい」と新藤くんの声で応答された瞬間、まくし立てるように謝罪の句を述べた。


「ご、ご、ごめんね、新藤くん! あれはただの罰ゲームで、別に新藤くんに嫌がらせするつもりじゃなくて! 靴はちゃんと弁償するから! だから……!」

「いや、別にいいし」


 がちゃっと通話は途ぎれ、つーつーと寂しい電子音が受話器の向こうから聞こえてきた。


 私はしばらくその場で立ち尽くしたあと、肩を落として受話器を置いた。


「あきちゃーん。あんまり遅い時間に電話したら駄目よー」


 母の小言を聞き流し、私は自分の部屋へ戻った。そして、魂が抜けたようにベッドの上にぐったりと仰向けになった。


 といっても、本当のところはそれほど絶望してはいない。私が歩み寄ったのだから、新藤くんにもそうしてもらいたいなどというのは、あまりにも勝手な言い分である。目的はあくまで謝意を伝えることなのだから――。


 とそこまで考えたとき、意識の隅で電話のベルが鳴っているのを聞いた。私は慌てて部屋を飛びだし、同じく電話機のもとへ向かう母を居間へ帰して、受話器をとった。


「ああ、新藤ですけど」

 私の予感どおり、新藤くんからだった。


 私はなぜかホッとしてしまったが、それも束の間で、今度はいったい何用で彼が電話してきたのかと不安になった。もしかしたらやっぱり許せなくて、許してほしければと何か無理な要求でも突きつけてくるのではないだろうか。


 しかし、それも自業自得である。お金なら五千円ぐらいまで、身体なら太ももぐらいまで私は譲歩する覚悟があった。


「あのさ」とそこで一端の間を置き、新藤くんは言った。

「俺、本当に本山さんのことが好きなんだ」


「私が、好き?」

「そう……」


 予想外であった。まさかそんな方法で、まさかそんな方法で――。


 仕返ししてくるとは!


 これは巧みである。私は新藤くんにひどいことをしてしまったという負い目があるわけで、罠だと知りながらも、自らそれにかかっていかねばならないのだ。残酷なり、新藤くん。


 だが、待てよとも思う。今回は人目がまったくないのだから、私は赤っ恥をかかなくて済むではないか。


 ははは、なんて詰めの甘い。真奈美ちゃんたちの前で笑われるのならともかく、一対一の状況で笑われたって、私にはたいした痛手じゃないのである。そこを計算していないとは、新藤くんもまだまだ未熟だな。


 唐突に話は変わるが――。


 ここらあたりで、そろそろ小細工をやめようと思う。もうみんな薄らと勘づいているだろうし、あまりぐだぐだと長引かせたところで、興ざめさせてしまうだけなのは充分に分かっている。新藤くんの呼び名を戻すことにしよう。


 んでもって続きだが、私は余裕の笑みを浮かべつつ言った。

「私も、新藤くんのことが好きです」


「……ほ、本当に?」

「え?」

「え?」


 こうして私と新藤くん――新藤拓人の十一年に渡る交際がスタートしたのであった。


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