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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
七、美濃の強力娘、今をときめく女房となるの語
32/35

(二)

 (なに、これ……)


 体が重い。まるで床に貼り付けられたような。そのまま地の底までのめり込んでいきそうなほど重い。指一本、持ち上げることもできない。体が鉛になったのか、それとも見えない鉛が体にのしかかっているのか。


 「無理に動くでない。体が砕けるぞ」


 「んなこと、言われ、たって……!」


 はいそうですかって、ベチャッと倒れていられるわけないでしょ!


 ボロボロのお堂に飛び込んできた侍たちと、それを従えた陰陽師。

 いきなり印? を結ばれ、埃だらけの床に変な模様が浮かんだと思ったら、次の瞬間、体を床に叩きつけられた。今も周りに広がる不思議な文様。結界?

 そのせいか、わたしの体は芋虫みたいに、床に這いつくばり中。

 

 「これがあの強力女か。牛車をぶっ壊したという」

 「そうだ、間違いない。この顔だ」


 夕暮れの、薄暗いお堂のなか、松明を持った侍たちが囁きあう。

 どうやらこの侍たちは、前の宇治の事件にも関わっていたらしい。こっちは「この顔だ、間違いない」って言えないけど、中に頬に傷のあるやつがいたから、多分そうだと思う。わたしが扇でぶん殴ったヤツ。


 「こんなアッサリ捕まるなんてなあ。ざまあないぜ」

 

 その腕をヌッと伸ばした侍。


 「やっちまうか?」


 ゲヒヒと笑う下卑た顔。

 こんな体が重くなかったら、腕の一つも動かせたら、そのムカつく顔をもう一発殴って、両頬におそろいの怪我を負わせてやるのに。


 「やめろ。餌を殺すな」


 もう少しってことろで、侍の指先にパシッと青白い光が弾ける。「イテッ!」と軽く叫んで手を引っ込める侍。多分陰陽師がやったんだろうけど。


 (餌ってなによ、餌って!)


 わたしを囮になにするつもりなのよ!


 「ふむ。来たようだな」


 来たって何が?

 思うわたしの耳に届いた、大地を蹴る音。――馬?


 「菫野っ!」


 「み、や、さま……? 孤太!」


 ベチョッと床に押し付けられたまま見えたのは、馬に跨った安積さま。その背後には、帯刀に抱えられた孤太の姿。


 「菫野!」


 安積さまだけじゃない。孤太も叫ぶ。でも。


 「逃げ、て!」


 ここに来てはダメ。どうして来てくれたのか知らないけど、二人とも帰って! こんな侍だらけの所、こんな陰陽師が待ち構えてるとこに来ちゃダメ!


 「よくも、菫野を……!」


 それまでグッタリと帯刀に抱えられてたのに。


 ケーン!


 孤太が雄叫びをあげる。


 「うわあああっ! き、狐! 狐だ!」


 抜刀して、堂の外に出た侍たちが騒ぎ始めた。

 それまで小舎人童だった孤太。それが見るみる間に大きく膨らんで馬より大きな狐に変化したのだから、侍でなくても驚く。わたしだって驚いた。帯刀は、驚く(怯える?)馬をなだめるのに、精いっぱい。

 お堂ぐらい大きくなった孤太。目の前の侍を、前脚で「テイッ」と薙ぎ払う。まるで毬で遊ぶコハクみたいと、場違いな感想を持った。


 「野狐か」


 落ち着いてるのは、堂の中に残った陰陽師だけ。

 侍に向けて飛び出していった孤太に、冷静に印を組み直す。


 「ダメッ! 逃げて、孤太!」


 わたしならベシャンですむけど、孤太だと調伏されちゃう!


 〝グウッ……!〟


 結ばれた印の効果なのか、暴れ、侍をふっ飛ばしてた孤太が苦しげに喉を鳴らした。無理やり上から〝伏せ〟をさせられるような。それに抗おうと必死な孤太が、グルルと喉をならし唸り声を上げた。


 「孤太! 安積さま!」


 暴れる孤太が押さえつけられたせいで、自由になった侍。それが、一斉に安積さまに襲いかかる。

 

 (このままじゃ、このままじゃ……っ!)


 ギリッと奥歯を噛みしめる。

 このままじゃみんなやられてしまう。安積さまも帯刀も必死に応戦なさるけど、数に差がありすぎる。孤太だってこのままじゃ陰陽師に調伏されちゃう。


 (わたしが、なんとかしなくっちゃ……!)


 「娘。やめておけ。体が砕けるぞ」


 孤太と向かい合ったまま、ふりむくことなく陰陽師が言った。


 「このまま狐を調伏しておいたほうが、そなたのためではないのか?」


 え?


 「その力、厭おておるのであろう?」


 え?


 「この野狐さえいなくなれば、そなたの力は失われるぞ?」


 その言葉に、振り絞りかけた力が抜ける。


 孤太がいなくなれば? 強力じゃなくなる?

 力を目当てに利用されることもなくなって。普通の娘になって、普通に恋ができる?

 ただの受領の娘として、平凡な幸せを?


 グラリ。

 心が揺れた。

 でも。


 「――舐めんじゃないわよ!」


 腕にさらに力を込める。


 「そんな幸せ、欲しくない、っての!」


 体が重い。それがなに?

 普通に戻れる。それがなに?


 「わたしはねえっ! 誰かを犠牲にしてまで、幸せになんてなりたくないのよっ!」


 歯を食いしばり、震える膝を叱咤して、なんとか立ち上がる。


 「驚いた。まだ立てるのか」


 ようやく振り向いた陰陽師。


 「うるさい! 孤太にヒドいことしたら、わたしが許さないんだからっ!」


 埃まみれの仏像を抱える。

 わたしの背の高さぐらいある仏像。右手で印を結び、左手に薬壺を持った木彫りの薬師如来立像。

 ブルンと一振りし、武器のように構える。


 「さあ、どこからでもかかってきなさい!」


 〝バカヤロ……、オ前、強力、封ジラレテルッテノニ。無茶シヤガッテ〟


 孤太が軽口を叩く。


 「っるっさい! 今やらなくていつやるのよ!」


 木彫りの仏像。とんでもなく重いし、振り回す腕は引きちぎれそうに辛いけど。


 「強力とかそんなの関係ないの! わたしは、守りたいからやるだけ!」


 強力だから誰かを助けるんじゃなくって、なんの力がなくても、か弱く非力であっても、大事な人だからどんなことをしても守りたいって思う。

 この体がどうなろうと、絶対戦って守ってみせるんだから!


 「うぉりゃああああっ!」


 ブルンブルン。

 仏像を抱え陰陽師に突進。それに気づいた侍を、仏像で力の限りぶん殴る!

 

 〝ハハッ、罰当タリ〟


 孤太が笑う。


 「大丈夫よっ、あの世に行ったら、頭を地に擦りつけて謝る予定だからっ!」


 それに如来さまは御心広い方だから、こんなことぐらいで怒ったりなさらないわ!


 ダンッと床を蹴り、飛び上がる。仏像を上段に構え、狙うは陰陽師!


 「ムッ!」


 気づいた陰陽師がとっさに印を切り直す。


 バィン!


 仏像が跳ね返される。けど。


 「今よ、孤太!」


 印が解けたその隙に!

 

 〝オッシャアアッ!〟


 立ち上がった孤太。そのまま鋭い咆哮をあげると、安積さまに襲いかかってた侍を加えて宙にぶん投げた。


 「助かった。礼を言う」


 〝ソレヨリ、菫野ダ。堂ノナカハ、壊レソウデ暴レニクイ〟


 「ああ。こっちは任せた」


 言うなり、安積さまが跳躍する。ダンッと、派手な音を立てて堂に飛び込んできた。


 「おしまいだ。印を解け」


 陰陽師に刀の切っ先を向ける安積さま。印を解けば、その刃に陰陽師は斬られる。


 「――フウ。致し方ありませんね」


 わざとらしいため息を吐く陰陽師。


 「あちらも間に合ったようですし」


 なにが?


 聞き返す間もなく、お堂の周囲が煌々と照らし出される。松明? 一気に明るくなって、一気に騒がしくなったお堂の周り。


 「この侍どもを捕らえよ! 安積親王殿下殺害を企てる大罪人である!」


 「ハッ!」


 号令に従い、侍たちと格闘、ふん縛り始めた男たち。胡簶(やなぐい)を背負って太刀を佩く、勇ましいその姿。――近衛舎人? まさか。


 「遅くなって申し訳ありません。殿下」


 堂々と馬に乗って現れたのは、近衛中将。ヒラリと馬から降りると、安積さまの前に膝をつく。


 「そこな陰陽師より式神が飛ばされてきた時は、何事かと思いましたが。どうやら私の手は必要なかったようですな。なかなかに勇ましい戦いっぷりでしたよ」


 ちょっとだけ威儀を正した中将さまを「カッコいい」と思ったのに。すぐに砕けて「いつもの中将さま」に戻ってしまった。


 「そんなことないよ。助かった」


 フウッと息を吐き、刀を鞘に収めた安積さま。


 「なんとかなったのは、彼女たちのおかげだよ」


 「ほう……」


 ん?

 中将さまの視線が、わたしに当たるんだけど、なんで? ――って。


 「あ!」


 急いで仏像を手放す。ズズンッと音を立てて仏像が床に転がる。


 「いやいや。これはなかなか……。近衛は不要でしたな」


 ブッと吹きだし、笑い始めた中将さま。つられるように安積さまも笑い出す。


 「こここ、孤太っ!? 孤太、大丈夫っ!?」


 そんな二人に居たたまれなくて、あわてて堂から飛び出す。そうよ、孤太、孤太の具合はどうなの? ちょっと言い訳がましいけど、気にならないわけがない。


 「ヘヘッ。まあなんとか」


 いつの間にか人型に戻っていた孤太。ニヤッと、いつもの意地の悪そうな笑いをしてみせた。


 「それより、アンタが無事でよかったぜ」


 ヨイセッと、あぐらをかいて座り直す。

  

 「オレのせいでアンタに死なれちゃあ、目覚めが悪――うわっ!」


 「ゴメン……!」


 その笑った顔に、どうしようもなく胸が苦しくなって、孤太に飛びつく。


 「わたし、アンタに、言っちゃいけないこといっぱい言った! アンタは全然悪くないのに、わたし、わたし……っ!」


 「いいって。気にしてねえよ」


 また勝手にあふれてきた涙。ポンポンッと孤太に頭を撫でられると、もうどうにもならなくて。


 「ウァァアァァン……!」


 声を上げて思いっきり泣いた。


 「ゴメン、ゴメン、ゴメ、ン……!」


 まるで「ゴメン」しか知らない子どものようにくり返して。


 「だからいいって」


 孤太が言う。


 「そ、それよりさ。ぐ、ぐるぢい……、い、息が……!」


 頭を撫でるんじゃなく、バンバンとわたしの背中を叩き始めた孤太。


 あ。


 力の限り飛びついてたせいで、首、絞めてたみたい。

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