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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
六、式部卿の宮、物思ひ煩ひたまふの語
30/35

(五)

 「よう、目が覚めたか、宮さん」


 その声に、意識が覚醒する。

 眩しい光の差し込む寝所。その端で、柱にもたれて腕組み座る少年。


 「きみは、確か、菫野の――」

 「小舎人童だ」


 そうだ。

 彼女に仕える少年。


 「それよりアンタ、具合の悪いとことかねえか?」


 「ああ。それは大丈夫だ。問題ない」


 なぜここに彼がいるのだろう。真成はどこに行った?

 ぼんやりした思考をハッキリさせたくて、手を動か――重い。


 「えっ!?」


 腕の先、僕の手をしっかり握って転がる菫野。倒れたのかと思ったけれど、聞こえてくるのは、気持ちよさそうな寝息だった。


 「アンタが倒れてから、ずっと看病し続けてたんだよ」


 少年が言いながら立ち上がる。


 「僕はどれぐらい寝込んでいたんだ?」


 「三日」


 「三日!?」


 そんなに長く?


 「アンタが目を覚ますまで、絶対寝ねえって騒いでからな。さっき無理やり眠らせたんだ」


 よっこらしょっと、少年が眠りこけた菫野を肩に担ぎ上げる。ズルリと抜け落ちた手のひら。吹いた風に冷たさを感じる。


 「アンタも、もう少し寝てろ。もう問題ねえだろうけど、人間ってのは、大したことなくても、アッサリ死ぬこともあるからな。ちゃんと用心しておけ」


 「きみは、不思議なヤツだな」


 「そうか?」


 「ああ」


 人の生死を突き放して見ているような言い方。


 「なあ、宮さんよ。アンタ、コイツのこと、どう思ってる?」


 「どうって。――好きだよ」


 突然の問いかけに、一瞬どう言おうか悩んだけど、出してみればとても単純で、それでいて揺るぎない言葉になった。


 好き。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 「そっか」


 少年が深く息を吐く。


 「なら、いいや」


 その言葉を最後に、少年が姿を消した。彼女を休ませるため、曹司に向かったのだろうか。それにしては素早い身のこなしだと思うが。


 (好き――か)


 改めて自覚した感情。

 その気持ちに、もう大丈夫なはずの胸が、心地いい痛みに締め付けられた。


*     *     *     *


 フンフンフフンフン~。フフフンフ、フンフフン~。


 自然とこぼれる鼻歌。


 フンフ、フンフ、フッフンフ~。


 「なんだよ、気持ちわりいな」


 薬を用意するわたしの横で、孤太が顔をしかめる。


 「なんとでも言ってなさいよ~だ」


 今のわたしは機嫌がいい。何を言われても、特に気にしない。


 安積さまが目を覚まされた。

 

 それだけで心が弾んで、ソワソワと浮き立ってくる。

 あの夜、急変した容態。呪詛と毒が原因だってわかった時の絶望。

 中将さまの持ってきてくださった解毒の薬と、孤太が呪詛を払ってくれたおかげで、三日かかったけど、安積さまはようやく体調を取り戻された。

 予断は許されないかもしれないけど、それでも安積さまが目を覚まされたことは、鼻歌が出ちゃうぐらいにうれしい。


 「そういや孤太。さっき表のほうが騒がしかったけど、なんかあったの?」


 「ああ。あの帯刀が帰ってきたんだよ」


 「帯刀が?」


 桜花さまのもとに道具を届けに行ってた帯刀。

 その彼が戻ってきてるのなら、桜花さまのご様子を聞くことができるかもしれない。


 「ねえ、孤太、早くお湯を沸かして!」


 帯刀なら、きっと安積さま元にいる。早く薬湯をお持ちして、そこにいる帯刀から桜花さまのことを訊きたい。


 「無茶言うなよ。ってか、アンタの方は薬を用意できたのか?」


 「やってるわよ!」

 

 ゴリゴリと薬種を鉢で砕く。ゴリゴリ、ゴリゴリと。ゴリゴリゴリゴリ、ゴリゴリゴリゴ――バキッ!


 「あっ!」


 「力の入れすぎなんだよ、アンタは」


 「――ごめん」


 ハアッと、深いため息を吐いて、孤太が、割れた鉢と散らばった薬種を拾い集めてくれた。


 「後で、オレが届けてやるから。アンタは先に宮さんのとこに行ってろ」


 「うん」


 急いだ理由は、お見通しだったんだろう。後のことは孤太に任せて安積さまのもとに向かう。

 後で、お礼にお菓子を用意してあげよう。

 そんなことを思いながら。


*     *     *     *


 「――そのようなことが」


 「でも彼女のおかげで助かった」


 話を聴き、青ざめた真成に頷いてみせる。


 「不思議な子だよ、彼女は」


 とんでもない強力の持ち主なのに、とても華奢な体つき。

 クルクル変わる感情、裏表のない表情。

 死の淵に立った僕をこの世に呼び戻した不思議な力の持ち主。


 「――解毒の薬は、近衛中将が持ってきたと言っていたけど」


 「中将どのが?」


 「ああ」


 先の左大臣の息子がどうして。

 先の左大臣は、僕を亡き者にしたい人物の筆頭。その息子がどうして僕を助けるのか。

 真成でなくても疑問に感じる。

 毒を盛ったのは、左大臣一派ではないのか。


 「それにしても。僕まで彼女に助けられるとは思わなかったよ」


 「宮……」


 「桜花を守るために、あの強力が欲しくて美濃から呼び寄せたのに」


 フウッと、深い息を天井に向けて吐き出す。


 「なあ、真成。僕が彼女を好きだって言ったら驚くかい?」


 「それは……」


 「春の空を見上げて、満開に咲く桜を散らさぬように守ろうとして、野に咲く菫を踏みにじろうとしていたのにね」


 皮肉っぽく笑う。

 菫野の強力が欲しくて美濃から呼び寄せた。桜花を守るためと言えば聞こえがいいが、そのためなら、菫野がどうなろうと構わないとすら思っていた。

 けれど今は、その菫も愛しみたい。野に咲く薄紫の花を大事にしたい。

 僕をこの世につなぎ止めた花。


 「彼女には、全てを話すよ。そして、許してもらえるなら、彼女に愛を乞いたい」


 その力を利用しようとしていたこと。それを許してくれるなら。彼女が笑ってくれるなら。

 その時初めて、「生きていてよかった」と実感できる気がする。


*     *     *     *


 ――桜花を守るために、あの強力が欲しくて美濃から呼び寄せたのに。


 立ち聞きしてしまったその言葉に、息が止まりそうになる。


 あの強力?

 欲しくて?


 (安積さまは、わたしの力のことをご存知だったの?) 

 

 桜花さまを守るために。そのために、わたしの強力が欲しかったの?

 のぼせ上がってた血が、一気に足元に押し下げられる感覚。


 (じゃあ、今までずっとわたしを利用してたの?)


 桜花さまを守るために。そのためだけにわたしを呼び寄せた。

 それはいい。

 わたしだって、桜花さまをお守りしたいと思ったから。

 けど。


 (今までのことも全部そのためだったの?)


 耳の奥がキーンと鳴って、目の前が暗くチカチカしてくる。

 安積さまがわたしをからかったのも、好いたようなことをおっしゃったりしてたのも、わたしが忠実に桜花さまを守るように仕向けるため? 気持ちよくおだてておけば、わたしが桜花さまを守るとでも思われてたの?


 (バカみたい……)


 まんまとその口車に乗せられてた。

 力を求められて呼ばれたのに。いいように利用するため口説かれてたのに。

 それを真に受けてた。安積さまにときめいてた。

 

 (バッカ……みた、い……っ!)


 目元がどうしようもなく熱くなって、うつむいた拍子に涙がポタポタと落ちていく。

 悔しい?

 憎い?

 腹立たしい?

 それとも、悲しい?

 よくわからない。よくわからないけど、歯を食いしばって嗚咽をこらえる。


 「おい、どうしたんだよ菫野」


 盆に薬湯を乗せて運んできた孤太。


 「アンタのせいよ!」


 心配そうにわたしを見るその目に、感情が爆発した。


 「アンタなんて助けなきゃよかった!」


 「菫野?」


 「アンタなんて、アンタなんてっ!」


 ヒドいことを言ってる。頭の奥深くでその自覚はあるのに、言葉は止まらない。


 「こんな力なんて欲しくなかった! アンタなんか狐汁にされてしまえばよかったのよ!」


 「菫野?」

 「女房どの?」


 わたしの声に、室のなかにいた安積さまたちまで、何事かと顔を出す。


 「――――っ!」


 「おい、菫野!」


 孤太の制止もきかず、顔をグイグイ拭きながら庭に駆け出す。


 もうやだ。

 何もかも。

 泣いてる自分も。メチャクチャな自分も。

 何もかも、全部、ヤだ。

 

 力の限り走って、塀を乗り越え、外に飛び出す。


 「菫野!」


 もう何も聞きたくない。 

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