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筋肉乙女は恋がしたい! ~平安「強力」恋絵巻~  作者: 若松だんご
五、美濃の強力娘、牛車をかりて活躍するの語
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(三)

 〝まったく、無茶するよなあ、アンタは〟

 

 〝いくらオレが授けた強力があるからって、無茶苦茶すぎんだろ〟


 暗いくらい、意識の沈んだなか、孤太の声が聞こえる。

 

 〝どんだけ強力でも、アンタの体は元のまま、普通の女の体だってのに〟


 うん。言われなくてもわかってる。

 無茶しすぎたせいで、今、すっごく体が痛い。ギシギシと軋む古い牛車のようだし、体が鉛でできてるんじゃなかって思うぐらいに重くてたまらない。

 こうしていろいろ言われてるのに、反論もできなければ、目を開けることも、体を動かすこともできない。


 〝何度やらかしても懲りねえヤツだよ、アンタは〟


 (うるさいな。多少は、これでも懲りてはいるんだよ)


 孤太を助け、強力を得たばかりの頃。川にあった巨石を砕いた後も、こんなふうにぶっ倒れた。あの時も、体の痛みにうなされて、〝強力だからって、普通のガキなんだから無茶すんな〟って孤太に叱られたっけ。


 〝これだから、オレがいなくちゃいけねえんだよあ。危なっかしくて目が離せねえ〟


 (悪かったわね。危なっかしくて)


 でもあそこでこの強力を使わなかったら、いつ使うってのよ。まだ今じゃないなって思ってるうちに、バッサリ殺されてたかもしんないのよ? そしたら、「あの時、力を使っておけば」ってあの世で後悔しちゃうじゃない。

 反論できない体がもどかしい。体、動かしたい。


 (え――っ!?)


 必死なわたしの体に流れ込む、温かいもの。

 頭から肩、腕、手、胸、腹、腰、尻、足、つま先。全身にそれが満ちていく。


 (これ、覚えがある……)


 岩をぶっ壊してぶっ倒れた時にも味わった感覚。重くて重くてたまらなかった体が、羽根のようにフワッと軽くなる。体はもう軋んだりしない。

 これ、孤太の妖力だ。どういう仕組みでわたしのなかに流れ込んできてるのか、どうやって体の痛みを取り除いてるのか知らないけど、でも、この感覚をわたしは知ってる。

 孤太が与えてくれる、優しい力。


 (気持ちいい……)


 頬が緩む。


 〝もう、これに懲りたら、あんま無茶な力の使い方すんなよ〟


 (うん。なるべく努力する)


 〝でねえと、心配ししすぎて、オレの寿命が縮まっちまう〟


 うるさいわね。アンタは妖狐なんだから、ちょっとぐらい縮んだってたいしたことないでしょ。

 しおらしくなりかけた心がムッとする。


 〝まあ、なんでもいいや。とりあえずこのまま休んでろ。明日には、動けるようになってるから〟


 (うん。孤太、ありがとう)


 言われるままに、浮かんできてた意識が溶けて沈んでいく。その感覚すら、今のわたしには心地いい。


 〝へへっ〟


 最後に、狐太のうれしそうな声を聞いた気がした。


*     *     *     *


 「――目が覚めたかい?」


 言われ、差し込んだ光の明るさに、思わずウッと目をすがめる。


 「……みや……さ、ま?」


 その光を背に浴びて、かたわらに座っていらしたのは安積さま。呼びかけたくても、カラッカラの喉では、うまく言葉が紡げない。


 「ああ、無理しなくていい」


 身を起こしかけたわたしを、安積さまが押し止める。


 「だいじょ、ぶ、です」


 声がうまく出ないだけで。ちょっとボーッとしてるけど、辛いとかそういうのはないし。


 「そうかい? じゃあ」


 安積さまが後ろをふり返り、そこにいた見知らぬ女房に無言で頷き、合図を送る。女房の方も心得てるのか、こっちも頷き立ち去っていく。――無言で、主の言うことが理解できる女房ってすごいな。一連の動きを見て、ぼんやり思う。


 「あの、宮さま、桜花さまは」


 わたしたちを攫った悪漢、クソ侍。

 牛車をぶっ壊して倒しての乱闘、そこから逃げ出したけど、安積さまのところにたどり着いてからの記憶が曖昧。ううん。乱闘、脱出まではハッキリ覚えてるけど、その先はあまりよくわからない。とにかく必死で、とにかく安積さまの元へって、それしか考えてなかった。

 桜花さまがご無事ならいいんだけど。


 「大丈夫だよ。今は寝ついているけど、無事だから安心して」


 「そう……ですか」


 それを聞いて、体中から力が抜ける。深くふかく息を吐き出す。

 桜花さまが無事なら、無事に安積さまのもとに戻られたのなら、無茶をしたかいがあってものよ。孤太には、叱られるだろうけど。


 (って、あれ? 孤太?)


 いつもなら、すぐそばに控えてたりする孤太の姿がない。安積さまがいらしてるから、遠慮してる? そんな気の利いたことのできるヤツじゃないのに。

 あの、苦しくて重くて辛かったなかで聞いた孤太の声。自分に流れ込んできた孤太の温かい力。それが今ないことに、秋風のような寂しさを覚える。


 「――宮」


 サヤサヤと絹がこすれるような音と、消え入るかどうかって風情の声。先程の女房が何か、捧げ持ってきたけど――ご飯? 汁粥?


 「ずっと寝込んでいただろう? 少し、食べられるかい?」


 「え? あの?」


 粥の載った膳だけ置いて、また立ち去る女房。そして、その粥に添えられた匙を手にする安積さま――って。


 「だ、だだだっ、大丈夫っ、大丈夫ですからっ!」


 「お腹空いてないの?」


 「いえ、そういうわけじゃないですけどっ!」


 粥の匂いにつられて、お腹がグゥッてへっ込みましたよ。でも、だからって、安積さまに給餌されるのはちょっと! 粥を匙ですくった安積さまを、全力で遮る。


 「なら、口を開けて。その手では食べられないだろう?」


 その手って。見れば、わたしの両手、グッルグルに分厚く布が巻かれてて、指が何本あるのかもわかんない状態。怪我でもして、手当てされてた? だから、食べさせてくれようとしてる? 安積さまが? 手ずから?


 「大丈夫です! ほら、もう治ってますから!」


 手のひらから指先まで。フンッと隅々まで力を入れて、中から布を引きちぎると、急いで治ってることを安積さまに見せる。体の辛さも、手の怪我も、全部孤太が治してくれましたから!


 「ほら! もう大丈夫です!」


 ヒラヒラと手のひら手の甲をかざして、無事なことをお知らせするけど。


 「……ブッ」


 一瞬目を丸くなさった安積さま。大きく吹き出した後、口元を押さえ、クックッと笑い出した。


 「そ、そうだね。ハハッ、治ってるね、よっ、よかった、ククッ……」


 笑いの合間に「よかった」って言われても、なんか全然「よかった」になってないような。


 「せっかく、きみに粥を食べさせてあげる栄誉に預かれると思ったのに。残念だな」


 いや、そんな栄誉はありませんって。


 「――まあいい。楽しみは次に取っておくことにしよう」

 

 コトリと椀と匙を置かれた安積さま。ってか「楽しみ」ってなんですか! 意味深すぎる!


 「今、きみの小舎人童には、きみたちが捕らわれてた所へ案内を頼んでるんだ。もう犯人の痕跡は残ってないかもしれないけど、それでも、ね」


 なるほど。

 それで、孤太がいなかったわけね。

 桜花さまは無事だったけど、誰がどういう目的で攫ったのか、調べる必要がある。けど、捕らわれてた場所がどこか、桜花さまにお尋ねすることはできないし、わたしはぶっ倒れてたしで、孤太に案内させたと。


 「ここは、真成の母、僕の乳母の屋敷だ。だから安心して、ゆっくり体を休めるといい」


 「あ、ありがとうございます」


 いいのかな。あんなことがあったのに、休んでていいのかな。

 孤太じゃないけど、わたしにも手伝えることがあるんじゃないのかな。

 そう思うわたしの前で、スッと立ち上がった安積さま。そのまま室から出ていこうとなさる。


 「菫野」


 御簾のところで、安積さまが立ち止まる。


 「――ありがとう。無事でよかった」


 ふり向かず、呟くように、囁くように言われたお礼。


 「いえ。これぐらいなんでもないですよ」


 桜花さまを守れてよかった。桜花さまがご無事でよかった。それだけですから、わたし。

 そう言って返すと、安積さまの横顔、かすかに口元が緩んだように見えた。

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