(三)
〝まったく、無茶するよなあ、アンタは〟
〝いくらオレが授けた強力があるからって、無茶苦茶すぎんだろ〟
暗いくらい、意識の沈んだなか、孤太の声が聞こえる。
〝どんだけ強力でも、アンタの体は元のまま、普通の女の体だってのに〟
うん。言われなくてもわかってる。
無茶しすぎたせいで、今、すっごく体が痛い。ギシギシと軋む古い牛車のようだし、体が鉛でできてるんじゃなかって思うぐらいに重くてたまらない。
こうしていろいろ言われてるのに、反論もできなければ、目を開けることも、体を動かすこともできない。
〝何度やらかしても懲りねえヤツだよ、アンタは〟
(うるさいな。多少は、これでも懲りてはいるんだよ)
孤太を助け、強力を得たばかりの頃。川にあった巨石を砕いた後も、こんなふうにぶっ倒れた。あの時も、体の痛みにうなされて、〝強力だからって、普通のガキなんだから無茶すんな〟って孤太に叱られたっけ。
〝これだから、オレがいなくちゃいけねえんだよあ。危なっかしくて目が離せねえ〟
(悪かったわね。危なっかしくて)
でもあそこでこの強力を使わなかったら、いつ使うってのよ。まだ今じゃないなって思ってるうちに、バッサリ殺されてたかもしんないのよ? そしたら、「あの時、力を使っておけば」ってあの世で後悔しちゃうじゃない。
反論できない体がもどかしい。体、動かしたい。
(え――っ!?)
必死なわたしの体に流れ込む、温かいもの。
頭から肩、腕、手、胸、腹、腰、尻、足、つま先。全身にそれが満ちていく。
(これ、覚えがある……)
岩をぶっ壊してぶっ倒れた時にも味わった感覚。重くて重くてたまらなかった体が、羽根のようにフワッと軽くなる。体はもう軋んだりしない。
これ、孤太の妖力だ。どういう仕組みでわたしのなかに流れ込んできてるのか、どうやって体の痛みを取り除いてるのか知らないけど、でも、この感覚をわたしは知ってる。
孤太が与えてくれる、優しい力。
(気持ちいい……)
頬が緩む。
〝もう、これに懲りたら、あんま無茶な力の使い方すんなよ〟
(うん。なるべく努力する)
〝でねえと、心配ししすぎて、オレの寿命が縮まっちまう〟
うるさいわね。アンタは妖狐なんだから、ちょっとぐらい縮んだってたいしたことないでしょ。
しおらしくなりかけた心がムッとする。
〝まあ、なんでもいいや。とりあえずこのまま休んでろ。明日には、動けるようになってるから〟
(うん。孤太、ありがとう)
言われるままに、浮かんできてた意識が溶けて沈んでいく。その感覚すら、今のわたしには心地いい。
〝へへっ〟
最後に、狐太のうれしそうな声を聞いた気がした。
* * * *
「――目が覚めたかい?」
言われ、差し込んだ光の明るさに、思わずウッと目をすがめる。
「……みや……さ、ま?」
その光を背に浴びて、かたわらに座っていらしたのは安積さま。呼びかけたくても、カラッカラの喉では、うまく言葉が紡げない。
「ああ、無理しなくていい」
身を起こしかけたわたしを、安積さまが押し止める。
「だいじょ、ぶ、です」
声がうまく出ないだけで。ちょっとボーッとしてるけど、辛いとかそういうのはないし。
「そうかい? じゃあ」
安積さまが後ろをふり返り、そこにいた見知らぬ女房に無言で頷き、合図を送る。女房の方も心得てるのか、こっちも頷き立ち去っていく。――無言で、主の言うことが理解できる女房ってすごいな。一連の動きを見て、ぼんやり思う。
「あの、宮さま、桜花さまは」
わたしたちを攫った悪漢、クソ侍。
牛車をぶっ壊して倒しての乱闘、そこから逃げ出したけど、安積さまのところにたどり着いてからの記憶が曖昧。ううん。乱闘、脱出まではハッキリ覚えてるけど、その先はあまりよくわからない。とにかく必死で、とにかく安積さまの元へって、それしか考えてなかった。
桜花さまがご無事ならいいんだけど。
「大丈夫だよ。今は寝ついているけど、無事だから安心して」
「そう……ですか」
それを聞いて、体中から力が抜ける。深くふかく息を吐き出す。
桜花さまが無事なら、無事に安積さまのもとに戻られたのなら、無茶をしたかいがあってものよ。孤太には、叱られるだろうけど。
(って、あれ? 孤太?)
いつもなら、すぐそばに控えてたりする孤太の姿がない。安積さまがいらしてるから、遠慮してる? そんな気の利いたことのできるヤツじゃないのに。
あの、苦しくて重くて辛かったなかで聞いた孤太の声。自分に流れ込んできた孤太の温かい力。それが今ないことに、秋風のような寂しさを覚える。
「――宮」
サヤサヤと絹がこすれるような音と、消え入るかどうかって風情の声。先程の女房が何か、捧げ持ってきたけど――ご飯? 汁粥?
「ずっと寝込んでいただろう? 少し、食べられるかい?」
「え? あの?」
粥の載った膳だけ置いて、また立ち去る女房。そして、その粥に添えられた匙を手にする安積さま――って。
「だ、だだだっ、大丈夫っ、大丈夫ですからっ!」
「お腹空いてないの?」
「いえ、そういうわけじゃないですけどっ!」
粥の匂いにつられて、お腹がグゥッてへっ込みましたよ。でも、だからって、安積さまに給餌されるのはちょっと! 粥を匙ですくった安積さまを、全力で遮る。
「なら、口を開けて。その手では食べられないだろう?」
その手って。見れば、わたしの両手、グッルグルに分厚く布が巻かれてて、指が何本あるのかもわかんない状態。怪我でもして、手当てされてた? だから、食べさせてくれようとしてる? 安積さまが? 手ずから?
「大丈夫です! ほら、もう治ってますから!」
手のひらから指先まで。フンッと隅々まで力を入れて、中から布を引きちぎると、急いで治ってることを安積さまに見せる。体の辛さも、手の怪我も、全部孤太が治してくれましたから!
「ほら! もう大丈夫です!」
ヒラヒラと手のひら手の甲をかざして、無事なことをお知らせするけど。
「……ブッ」
一瞬目を丸くなさった安積さま。大きく吹き出した後、口元を押さえ、クックッと笑い出した。
「そ、そうだね。ハハッ、治ってるね、よっ、よかった、ククッ……」
笑いの合間に「よかった」って言われても、なんか全然「よかった」になってないような。
「せっかく、きみに粥を食べさせてあげる栄誉に預かれると思ったのに。残念だな」
いや、そんな栄誉はありませんって。
「――まあいい。楽しみは次に取っておくことにしよう」
コトリと椀と匙を置かれた安積さま。ってか「楽しみ」ってなんですか! 意味深すぎる!
「今、きみの小舎人童には、きみたちが捕らわれてた所へ案内を頼んでるんだ。もう犯人の痕跡は残ってないかもしれないけど、それでも、ね」
なるほど。
それで、孤太がいなかったわけね。
桜花さまは無事だったけど、誰がどういう目的で攫ったのか、調べる必要がある。けど、捕らわれてた場所がどこか、桜花さまにお尋ねすることはできないし、わたしはぶっ倒れてたしで、孤太に案内させたと。
「ここは、真成の母、僕の乳母の屋敷だ。だから安心して、ゆっくり体を休めるといい」
「あ、ありがとうございます」
いいのかな。あんなことがあったのに、休んでていいのかな。
孤太じゃないけど、わたしにも手伝えることがあるんじゃないのかな。
そう思うわたしの前で、スッと立ち上がった安積さま。そのまま室から出ていこうとなさる。
「菫野」
御簾のところで、安積さまが立ち止まる。
「――ありがとう。無事でよかった」
ふり向かず、呟くように、囁くように言われたお礼。
「いえ。これぐらいなんでもないですよ」
桜花さまを守れてよかった。桜花さまがご無事でよかった。それだけですから、わたし。
そう言って返すと、安積さまの横顔、かすかに口元が緩んだように見えた。




